カテゴリーアーカイブ:社会の見方

世界の政治経済システムの変化

2014年2月3日   岡本全勝

読売新聞2月2日の「地球を読む」白石隆・政策研究大学院大学長の「平和と安定へ新システム」から。
・・21世紀に入り、世界の政治経済システムは、大きく変わりつつある。これには2つの側面がある。1つは、新興国の台頭である。世界の国内総生産(GDP)は、2000年の33兆ドルから2010年の64兆ドルへとほぼ倍増し、IMF(国際通貨基金)によれば、2018年には97兆ドルに達する。主として新興国の高成長のためである。
その結果、1990~2000年には世界経済に占めるG7(先進7カ国=日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)のシェアは65~66%だったのが、2010年に50.5%、2018年には44.7%に低下する一方、新興国のシェアは1990年~2000年の20%から2010年に34.3%、2018年には41.5%に伸張すると予想される。
かつてG7だけで世界経済の3分の2を占めた時代は、G7で事実上、世界経済運営に関わる重要課題に対処することができた。だが21世紀に入り、新興国の台頭とともに、G7の力は相対的に低下した。2008年の世界金融危機を契機にG20(主要20か国・地域)が作られた理由は、そこにある・・
毎年の変化は少しずつでも、10年20年とそれが積み重なると、構図が大きく変わります。それがある分岐点を超えると、これまでの全体バランスが崩れ、新しい状態に変化します。「量の変化が質の変化を生む」と、いっても良いでしょう。そして、いま世界は、そのような大きな「地殻変動」の中にあるようです。かつては、西欧近代では、パックス・ブリタニカから、パックス・アメリカーナへ。東アジアにあっては、中華世界から、その解体へと。
挑戦者側の国は、自らの膨張が支配国への挑戦であるだけでなく、それが世界システムの改革を伴うことを意識してません。そこに、移行期の混乱が生じます

政府が企業に賃上げを要請すること

2014年2月1日   岡本全勝

1月26日の日経新聞「日曜に考える」「ベアは広がるか」、早川英男さん(富士通総研エグゼクティブ・フェロー)の発言から。
「政府の賃上げ要請をどう受け止めていますか」との問に。
・・賃上げは労使の交渉に委ねるのが原則で、政府の要請は本来好ましいことではない。だがデフレ均衡から抜け出すには、だれかが背中を押す必要がある。今回に限ってはあってしかるべきだ。
第2次石油危機のさなかにあった1980年には官民の連携で賃上げを抑制した。第1次石油危機後の大幅な賃上げがインフレを悪化させたという反省からだ。おかげで不況もインフレもそれほどひどくならずにすんだ。今回は逆のケースと言える・・
「継続的な賃上げに必要な条件は何ですか」
・・何よりも企業が生産性を高め、付加価値を増やさなければならない。コストの削減だけに目を向けるのではなく、魅力的なモノやサービスを提供していく必要がある。その努力を支えるような政府の成長戦略も欠かせない・・
・・だが持続的な賃上げのカギを握るのは第3の矢の成長戦略だろう。特定の分野に企業を誘導する「ターゲティング・ポリシー」ではなく、企業が自由に動ける環境づくりこそが政府の役割だ・・

政治評論の役割、2

2014年1月23日   岡本全勝

御厨先生の指摘を読んで、私は、アカデミズムとジャーナリズムの罪を考えました。もっとも、これは私のオリジナルではなく、多くの識者が指摘していることです。
これまで日本のアカデミズムは、海外の理想的な政治制度を紹介して、それを基準に日本の政治は遅れていると、国民を教育してきました。その際に、イギリスやフランス、アメリカでも、ここに至るまでにどのような経験と犠牲を払っているかを、捨象しています。そして、それらの国々でも、日々の政治の運用では、そんなに単線的にかつきれいに進んでいるのではないこと、利害対立が激しいことを教えません。
ジャーナリズムもまた、その理想を基準に、「日本の現実政治はダメだ」と批判します。それはある面必要です。しかし、「あれもダメ、これもダメ」と批判するだけでなく、「ここはダメだが、ここは良い」と指摘しないと、「全て悪い」では、改良と進歩がありません。また、理想に近づく道筋を指摘しないと、無責任です。
子育ても、部下職員の教育も同じでしょう。欠点をしかってばかりでは、子どもは育ちません。良いところを誉め、欠点は修正の方向を示す必要があるのです。
あわせて、政党の扱いが小さすぎると思います。日本は、議会制民主主義をとっているのですから、政党を通じて政策を実現するのが、正当な道です。すると、それぞれのテーマ・政策について、各党の主張を検証し、より正しいと思われる政党を支援することが必要でしょう。政党を誉め、批判して、育てることが必要です(官僚批判をしているだけでは、良い政治は実現しません)。

政治評論の役割

2014年1月22日   岡本全勝

御厨貴著『馬場恒吾の面目―危機の時代のリベラリスト』(文庫版、2013年、中公文庫)を読みました。
馬場恒吾は、1875年生まれ、1956年死去。20世紀前半のジャーナリストで、昭和前半を独立した政治評論家として活躍しました。戦後は、読売新聞社長を務めています。
勉強になったか所を、引用しておきます、
・・「戦後」70年近くになるが、今や「政治評論よ、何処へ行く」の感を深くする。55年体制と自民党一党優位体制の確立は、まちがいなく政治評論を不毛にした。では55年体制の崩壊とその後の「政治改革」の20年は、どうだっただろうか。いやいっこうに政治評論ははかばかしくなかった。
55年体制下で紡がれたのは、ミクロな政局の叙述と、マクロな政治の展望との二つに集約される議論であった。ミクロとマクロのつなぎの部分が実はない。ジャーナリズム出身者による政治評論はミクロを得意とし、アカデミズム出身者によるそれはマクロに傾斜した。知らず知らずのうちに、相互不可侵の態勢ができあがり、自己満足以上の成果はなく、現実政治に影響力を与える筆の力はなまくらなまま打ち過ぎた。
政治構造の転換を余儀なくされたこの「政治改革」の20年も、小選挙区・二大政党制・政権交代の三題話に収斂する政治評論しかなかった・・(p3、文庫版まえがき。なぜ今、馬場恒吾か―政治評論の復活のために)
この項続く。

国家はなぜ衰退するのか。制度の重要性

2014年1月19日   岡本全勝

ダロン・アセモグル、ジェイムズ・ロビンソン著『国家はなぜ衰退するのか―権力・繁栄・貧困の起源』(2013年、早川書房)を紹介します。貧しい国と豊かな国がなぜできるかについては、関心があるのですが、昨夏に出版されたときは、「いくつもある見方の一つだろう。まあいいや」と読みませんでした。書評で取り上げられていたので、年末年始の休みに読みました。
著者たちの主張は、経済的発展の違いは、地理的条件でも、気候の違いでも、文化の差でもない。為政者の無知でもない。問題なのは、政治経済の制度である、というものです。古代から現代まで、アフリカから中南米まで、具体的な例が豊富に検証されています。近いところでは、アメリカとメキシコの国境に接する2つの市や、韓国と北朝鮮が隣り合っていながら、なぜこれだけ経済発展に違いがあるのか。近代において、イギリス、アメリカ、日本などが経済発展に成功しながら、それまで栄えたスペイン、中南米、中国が取り残されたのか。
経済を発展させるのは、私有財産制度、自由主義市場経済であり、それを保障する民主主義が必要なのだということです。それら「制度」が組み込まれた社会が、発展するのだと主張します。独裁下や天然資源があることだけでは、一時的な発展はありますが、永続はしないのです。その主張には、納得できます。ご関心ある方は、お読みください。
ただし、次の2つの点を指摘しておきます。
一つは、このような経済発展と社会の安定は、近代と現代においてなり立つものであって、古代社会などに当てはめるのは無理があると思います。例えば、古代エジプトや平安時代の日本には、この物差しは当てはめられないでしょう。著者は、古代ローマやマヤ文明にも当てはめていますが、そこまで射程を広げると、「制度」の内容が曖昧になります。
二つ目は、文化の要素です。私は、拙著『新地方自治入門』で、地域の財産を、自然環境、公共施設、制度資本、関係資本、文化資本に分類しました(p190)。著者のいう「制度」は、私の分類では、公共施設と制度資本にかなり重なります。しかし、民主主義を支える意識や、治安の良さ、他人を信頼する関係など(関係資本と文化資本)は、民主主義や市場経済を支える重要な要素です。彼らが言う「制度」の重要性は否定しませんが、それを成り立たせるには、国民の「文化」が必要なのです。もちろん、これらの文化は、一定の経済発展があり、社会の安定があってこそ、育つのですが。
著者は、違いを「包括的な経済制度・政治制度」と、「収奪的な経済制度と政治制度」と表現していますが、これは、いささかわかりにくい表現です。全ての国民が権利を保障され、政治と経済活動に参加できる制度が確立していることを、指しているようです。「包括的」は、今はやりの日本語に言い換えると「包摂」(排除されない)かもしれません。
上下巻合わせて、約700ページです。これでもかこれでもかと、古今東西の実例が出てきます。それはそれで、なるほどと思うのですが、ふだん新書くらいしか読んでいない身には、重いです。「結論と概要だけを書いてくれないかな」と、身勝手なことを考えてしまいます。社会科学系の洋書は、和書に比べて分厚いですね。本屋の洋書売り場に行っても、その厚さと重さに感心します。