カテゴリーアーカイブ:社会の見方

官民ファンドの成果と評価

2017年8月7日   岡本全勝

8月6日の日経新聞が、「国のリスクマネー試練」という表題で、官民ファンドを取り上げていました。
官民ファンドは、国と民間が特定の目的のために資金を出し合って、融資を行う仕組みです。地域産業振興や、苦境の産業へのてこ入れ、ベンチャー企業育成などがあるようです。
この記事では、産業革新機構によるベンチャー投資が、扱った案件のうち8割で損失を出しているとのことです。もっとも、確実にもうけが出るなら、銀行などが融資するでしょうから、官民ファンドの出番はないでしょう。何をもって、成功・失敗と見るのか。難しいところです。
とはいえ、国の予算(税金でなく投融資)ですから、国民への説明責任はあります。設立時に、一定の指標を設定しておくのが、よいのでしょうか。

また、関連記事「官民14ファンド乱立 予算消化優先、収益二の次」で、官民ファンドが14あることが紹介されています。これだけも設立されているのですね。
政府にも、「官民ファンドの活用推進に関する関係閣僚会議」があります。

政治と行政では、「何をする」と表明することも重要ですが、「その結果どれだけの成果が出た」ということも重要です。そしてそれを検証することも。「爬虫類行政」と「ほ乳類行政」の違いです。

海水浴に行かない

2017年8月5日   岡本全勝

海水浴に行く人が減っているのだそうです。8月5日付け朝日新聞「いちからわかる」によると、1985年頃には3500万人だったのが、昨年2016年では730万人。5分の1です。
何割減と言ったものではなく、激減です。これは驚きですね。若者が行かないのだそうです。

国民の一体性の崩壊

2017年8月3日   岡本全勝

読売新聞7月31日の「論壇誌」(文化部・小林佑基)から。
・・・ジャーナリストの会田弘継氏は、政治学者の宇野重規氏との対談「ポスト真実時代の言語と政治」(『中央公論』)で、アメリカでは格差や不平等の進行で、かつて貴族と庶民の間にあったような、文化的な断絶が生じ始めているかもしれないと述べた。宇野氏も近年、国民は一体だという、国語によって作られた近代国家のストーリーが通用しなくなっていると指摘。国民の一体性を確認する言葉が嘘くさくなり、国内の他者への想像力も及ばなくなっているとした。大声の極論ばかりが称賛され、中庸の人々が沈黙することで、相手を説得しようとする言葉や、少しでも妥協できる基盤を作ろうという努力が失われたと嘆く・・・
原文をお読みください。

近代革命で、封建制の身分制社会を壊すことで、平等で自由な国民国家を作りました。熱狂的な革命を伴ってです。フランス革命やアメリカ独立革命から200年余り。国民国家は、耐用年数を迎えたのでしょうか。
西欧では経済発展が滞り、移民の流入が社会に分断を持ち込み、国民の一体性という神話が維持されにくくなりました。独裁国家ならずとも、自由主義・民主主義国家でも、何か「敵」を設定し、それへの戦いに国民を誘導しないと、一体性は保てないのでしょうか。
敵でなく、目標を掲げて国民を導くことで、社会の安定と一体性を保つことも、政治の役割でしょう。

平成は明るいけれど、不安な時代

2017年7月26日   岡本全勝

7月23日の朝日新聞が、世論調査結果から、平成という時代にどのような思いを抱いているのかを分析しています。
・・・平成を「全体として、どんな時代」だと思うかと尋ねたところ、「明るい」が12%、「どちらかといえば明るい」が54%だった。「暗い」は5%、「どちらかといえば暗い」は26%で、平成を肯定的にとらえる人が3分の2を占めた。
一方で、今の日本社会の課題について個別に問うと、決して楽観的とは言えない意識が浮かび上がる。例えば、「経済的な格差が広がってきている」と思う人は78%に上る。また、非正規雇用が増えることが「不安」「どちらかといえば不安」は合わせて74%に。少子高齢化が進むことについても、同様の回答が89%と大半を占めた・・・
・・・同時に、平成の時代を最も象徴している出来事を問うと、「地震などの大災害」が42%と最も多く、「インターネットの普及」が29%、「非正規社員の増加など雇用の流動化」が13%、「バブル崩壊などの不況」が12%と続いた。
過半の人が、平成の時代は全体として暗くはないと思っている半面、社会の変化には多くの人が不安を感じている。そんな「明るい不安社会」とでも言える空気が広がっている・・・

長寿化によるリスクの変化

2017年7月13日   岡本全勝

7月10日の日経新聞に「長寿化 変わる保険」という記事が載っていました。
・・・今や人生80年とも90年ともいわれる長寿社会となった。それを受け、生命保険各社は来春にも保険料を改める。一定期間内に死亡した際に保険金を支払う定期型の保険料は下がる半面、病気にかかるリスクの高まりを反映して医療保障など生きるための保険料には上昇圧力がかかる。一方、契約者側も生存中のリスクに備える商品に軸足を移し始めている。生保も契約者も保険の損得勘定が問われる・・・
・・・「保険=死亡への備え」とは限らない。長寿化に伴い、契約者側の意識や需要も変化してきている。
生命保険文化センターが男性が加入している死亡保障の平均額を調べたところ、16年は1793万円だった。2382万円だった07年から25%減り、1996年に比べると33%も減った。共働き世帯が増え、少子化もあり、自らの死後に家族に残す保険の必要額は減ってきている。
代わって需要が高まってきているのは、自らの病気やケガへの対処や、それで働けなくなった場合といった「生きている間の備え」だ。

副題には、「死亡リスクより「生きるリスク」」とあります。長寿化は、こんなところにも影響を及ぼすのですね。