カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本の電機産業の衰退

2019年2月16日   岡本全勝

2月10日の朝日新聞連載「平成経済18」は、「総合電機、解体への歩み」でした。
戦後日本の成功を象徴する産業だった電機。テレビ、ビデオ、パソコン、そいて半導体など、世界の最先端を行っていました。それがいまや、見る影もありません。この記事は、その実情を報告しています。
電機メーカーは残っていますが、売っている物は大きく変わりました。ある人に聞くと、「秋葉原がその象徴でしょう」とのこと。かつて電気街だった秋葉原は、今行くと電気店はなく、オタクの聖地になっています。

「選択と集中に失敗した」「先の見通しが甘かった」と言えばそれまでですが。それらは、後から言えることであって、当時の当事者は夢にも思っていなかったでしょう。
成功の次に、あるいは成功の影に、失敗が待っています。

それはさておき、ここで紹介したいのは、その記事に付いている「電機大手の従業員の推移」のグラフです。2008年に約160万人だったものが、2018年に約120万人に減っています。日立、パナソニック、三洋電機(途中で消滅)、ソニー、東芝、富士通、三菱電機、NEC、シャープです。
意外です。4分の3に減っていいます。しかし、それしか減っていないとも取れます。壊滅的状況ではないのです。関連会社などは、大幅に減っているのでしょうが。

「平成の日本は失敗の時代だった」と呼ぶ人が多いです。確かに、経済成長や支配的産業の面で、トップクラスから落ちたことは事実です。栄光の時代から低迷の時代へとです。
ところが、経済成長率も低いながらプラス、そして失業率も低いのです。いくつもの問題を抱えつつ、社会は安定しています。
後世、「あの時代は、そこそこよかったな」と言われるかもしれません。

できあがったものか、つくるものか3

2019年2月16日   岡本全勝

できあがったものか、つくるものか2」の続きです。
この項を書き始めた趣旨は、実は「日常の行動が、思考を制約する」ということでした。 社会学では、カール・マンハイムの「存在被拘束性」ですね。科学史では、トーマス・クーンの「パラダイム」にも通じます。

解釈法学を学んでいると、また、できあがった政治の分析を学んでいると、現在の制度や社会を固定したものと見るようになりがちなのです。歴史学は過去を分析しますが、社会科学系の学問一般に、未来の制作より過去の分析に重点が置かれます。

歴史学が過去との対話であるのに対して、官僚は現在と未来の国民に責任を持つために「未来との対話」が必要だと、日経新聞コラムにも書きました。
公務員・行政組織は、社会の新しい事態に対応することが任務の一つです。しかし、解釈法学の世界に住んでいると、そして制度はできあがったものだと考えていると、この制約にはまり込みます。すなわち、現在の仕事が、あるいは仕事のやり方が正しいと思ってしまいます。そのやり方を変えるという視点を持たなくなるのです。

インフラ整備・公共事業も、気をつけないと、造ることが目的になってしまいます。
例えば、公営住宅です。かつては、不足する住宅を補うために、戸数を整備することが任務でした。今は、住宅は戸数だけ見ると余っていて、空き家が問題になっています。他方で、公営住宅での孤立、孤独死が問題になっています。
すると、建設ではなく、入居者への支援が大きな課題になります。土木部ではなく、民生部の仕事になるのです。
「住宅を作る」ではなく、「住宅で何が問題か」という発想が必要になります。過去の延長ではなく、現在の課題と未来への対応という思考が必要なのです。

2000年に介護保険制度を導入したのは、良いことでした。増える高齢者・介護対象者を見越して、この制度をつくりました。多くの人が助かっています。
定住外国人の受け入れも、それに当たります。これまで受け入れた経験で、地域での共存、子弟の教育などが課題とわかっています。今後、大勢の外国人労働者を受け入れるので、その準備が必要です。
これらは、既存制度の少々の手直しでは対応できない、大きな社会の変化です。

四角な座敷を丸く掃く」で、四角な仕事の外(大きな丸)を考える必要性を述べました。座敷の中に閉じこもっていたり、砦の中だけを深掘りしていてはいけません。

アンリ・ピレンヌ著『中世都市』

2019年2月13日   岡本全勝

アンリ・ピレンヌ著『中世都市 社会経済史的試論』(2018年、講談社学術文庫)を読みました。原著は1927年に出ています。ピレンヌの『ヨーロッパ世界の誕生』とともに、歴史学の古典の一つとして取り上げられます。
いつかは読みたいなあと、思っていたのですが。専門的で分厚いのだろうと、敬遠していました。昨年、講談社学術文庫で出版されたので、買ってありました。

名著と言われるだけのことはあります。古代ローマ時代から中世へ、そしてルネサンスへ。西欧社会が、商業、交易面で、なぜそのような変化をしたかを、分析したものです。
その大きな引き金が、地中海貿易の衰退です。ヨーロッパ内部の原因より、外部の原因が大きいという説明に、初めは驚き、なるほどと納得します。

このような古典が、文庫本で読めるのはありがたいです。最近は、分厚い本に挑戦する気力がなくて(反省)。
新幹線の中や布団の中で読むことが多いので、文庫や新書の大きさがありがたいです。昔に比べ、活字も大きくなりましたし。もっとも、難解な内容を避け、読みやすい内容のものしか、手に取らないのですが(ここも反省)。

できあがったものか、つくるものか2

2019年2月13日   岡本全勝

できあがったものか、つくるものか」の続きです。
この2つの見方の違いは、社会や制度を「固定したものと見るか、変化するものと見るか」と言ってもよいでしょう。政治学・政治過程論では、ある政策ができあがる過程を学ぶのですが、できあがった結果を受け入れてしまい、それが固定したものと思ってしまうのです。

官僚や公務員に対する批判の原因の一つが、これだと思います。
公務員は、制定された法に従って、個別事案を処理します。「その住民が法に定められた条件に合致すれば生活保護の対象になる、合致しなければ対象にならない」というようにです。
ところが、法律の定めにないこと、あるいは法律が現実にそぐわなくなったときに、どうするか。かつてエアコンが行き渡っていない時代に、生活保護家庭がエアコンを入れたことが問題になりました。「贅沢品であるエアコンを取り外すか、生活保護対象から外れるか」とです。

「法律に書いていないので、だめです」というのか、法律の解釈を変えるのか、法律の改正や新法を考えるのか。制定法の解釈学で育っていると、またできあがった制度の分析で育っていると、改正や新法を作る思考にならないのです。
これに対し、今ある法律は、しょせんは「変化する社会に一時的に合致しているもの。社会は変化するので、それに従って変えるべきもの」という思考なら、どんどん改正するでしょう。

組織や制度を安定に維持するためには、発生する内外の変化に、対応しなければなりません。現実の変化に応じて改革し、その変化を吸収するようにしなければなりません。制度を維持し社会を保つためには、改革が必要なのです。
それら変化を時代の趨勢に任せて、管理者は何もしない場合もあります。それは保守ではなく、先送りであり、無為無策です。変化に耐えきれなくなると、組織や制度は壊れてしまいます。

「保守と革新」「維持と改革」といった言葉で、改革するかしないかが表現されますが、これは改革作業の大小を示していると考えるべきです。より大きな対立概念に「作為と無策」があり、作為の中に「保守と革新」があります。

オルテガ『大衆の反逆』

2019年2月12日   岡本全勝

NHKEテレ「100分 de 名著」2月は、オルテガ「大衆の反逆」です。

政治学や法律学では、土地や親族や組織に縛られた中世や封建時代から、近代革命によって、「自由な個人」が生まれることを学びました。これは良いことなのですが、他方でそれが孤立を生むことを、社会学は指摘します。そして、社会主義革命による共産党独裁、ヒットラーによる独裁もありました。
本を読むことで、理解はしたのですが。それを乗り越えたことによって、民主主義は次の段階に進んだと、思っていました。
東西対立の冷戦もありましたが、西欧諸国の安定と経済発展、そして日本の安定と驚異的な経済発展の光の前に、独裁国家や孤独の問題はかすんでいました。

近年になって、ヨーロッパや南米諸国、さらにはアメリカでのポピュリズムや排外主義が強くなることで、「自由主義、民主主義社会での孤独、大衆の暴走」が改めて問題になっています。
「大衆の反逆」は1930年に出版されています。大恐慌が起き、ヒットラーが政権を取る直前です。現在に、当時と似た状況を思わざるを得ません。今回、NHKがこの本を取り上げているのも、そのような理由でしょう。
また、原著を読むこと以上に、このような解説がわかりやすいです。

「民主主義が持続するためには経済成長が必要だ」という説があります。国民は夢を求め、他方で安心と安定を求め、また豊かな生活と生きがいを求めます。そのよう生活ができる社会を望み、その役割を国家に期待します。それが達成されないときに、国民は不満を持ちます。
社会において一つの安定装置は、中間団体です。親族、地縁社会、会社、様々な団体(結社)、政党など、「安心を提供してくれる団体への参加」です。大衆社会は、この中間集団がなくなったときに暴走します。

大衆社会論は、大学時代にいくつかかじりました。『孤独な群衆』『自由からの逃走』、西部邁先生の本も。久しぶりに思い出しました。
引き続き、中間集団の役割を考えています。「結社が支える市民社会」「ポピュリズムの背景、制度不信や中間団体の衰退」「NPO、公共を担う思想の広がり