カテゴリーアーカイブ:社会の見方

山奥を訪れる外国人

2019年3月5日   岡本全勝

2月25日の福島民友新聞に「奥会津に訪日客急増」という記事が載っていました。
昨年1年間に奥会津7町村の宿泊施設に泊まった外国人は、延べ2153人で、前年比1.7倍だそうです。
7町村は、柳津、三島、金山、昭和、只見、南会津、檜枝岐です。
2015年には459人だったのが、3年で5倍近くに増えています。
JR只見線から眺める絶景や、情緒あふれる温泉を目当てに、訪れるのだそうです。
会津若松へは行った人もあるでしょうが、そこからさらに山奥です。日本人もあまり行かないところです。

奥会津に押し寄せる外国人、只見線はラッシュ状態」という記事を見つけました。

居心地良い「日本人どうし」を抜け出す

2019年3月3日   岡本全勝

2月28日の読売新聞解説欄、エマニュエル・トッドさん(フランスの歴史人口学者)の「「日本人どうし」抜け出せ」から。

・・・日本はなぜ移民を拒むのでしょう。人種差別主義、あるいは外国人嫌いなのでしょうか。やがて私は問題の核心を理解します。外国人を敵視するのではなく、日本人どうしでいる状態を失うことが怖いのです。日本人どうしの居心地は申し分なく、幸せなのです。日本社会は自己完結の域に達していると言えます。
それは極めて特殊です。フランスの場合、誰もが身勝手で不作法。フランス人どうしでいると不愉快になります。だから移民受け入れに特段の不安はなかった・・・
・・・人口危機は数十年の潜伏期を経て発現し、一気に激化します。合計特殊出生率の極めて低い状態が何十年も続く日本は今や危機に瀕しています。私見では「日本人どうし」に固執する先には衰退しかない・・・

・・・第三に、多文化主義は採用しない方がいい。
欧州ではかつて英国やドイツが多文化主義を唱えていましたが、いずれも「共存」に失敗し、もはや旗を振っていない。ある国で主流の言語・文化は主流であり続ける必要があります。日本は日本語・日本文化を主流として、どうか主義を取るべきです・・
原文をお読みください。

山崎正和さん「平成と日本人」

2019年2月27日   岡本全勝

2月24日の読売新聞1面コラム「平成と日本人 激動期経て生き方に変化」で、山崎正和さんが、鋭い分析をしておられます。

・・・他方、平成の30年は自然災害と経済低迷によって、いわば両手打ちを食らって手荒く始まった。災害と経済には似たところがあって、どちらも人為の力で対処できない面がある。人が自分の生き方を変え、環境と運命に適合していく知恵が必要になるのである。
その点、平成の日本人は災害について素晴らしい反応を見せた。阪神淡路、東日本、熊本などの大震災、中国地方の水害を含めて、平成の災害では全国規模の市民の自発的支援活動が一般化した。年齢や階層を問わぬ市民が私費で参加し、それを周旋、組織する専門家の民間活動団体(NPO)も結成された。明治以来の近代社会の中で、血縁地縁によらない相互扶助が習慣化したのは最初ではないだろうか。

これに対して経済の方は、不況、低成長を長らく嘆かれながら、それにしてはよく安定しているというのが、庶民の実感だと言えそうである。失業者数も少なく、倒産社数も突出せず、住宅や高額商品のローン負債者の群れも目立たない。何と言っても、アメリカや中国のような所得格差の天文学的な開きは日本には認められないのである。

明らかに経済の面でも、日本人は平成の直前頃から生き方を変え、大量生産、効率主義からの自発的な転換を図っていた。物質の消費よりは情報の享受に関心を持ち、趣味、観光、スポーツなど、文化活動により多くの時間を費やす傾向を強めてきた・・・

・・・平成の30年を見渡したとき、GDPを比較すると日本の国力が相対的に低下したことは疑いない。日米中の3国の動向を比較しても、そのことははっきりしている。GDP至上主義者は落胆するだろうが、その代わり、今日の日本には明治以来のいつの時代にもなかった、誇るべき国威が新しく芽生えているように思われてならない。
ほかでもなく、日本人が今風に言えば「生きざま」を変えて、生活の文化を磨き、他人への配慮を強め、社会関係の質を高めようとしてきたことの結実である・・・

山崎先生の評論は、いつものことですが、視野の広いそして鋭い分析に脱帽します。原文をお読みください。

世界GDP、1900年で11倍、150年で31倍に

2019年2月27日   岡本全勝

2月25日の日経新聞1面「進化する経済 見えざる資産、成長の源に」が、「無形資産、有形の1.5倍に」を解説しています。

・・・経済が進化している。産業革命以来、人類は技術を磨き、モノを効率よく大量につくることで経済を成長させた。そんな常識をデジタル技術の進歩と地球規模での普及が覆す。富の源泉はモノではなく、データや知識など形のない資産に移った。これまでの延長線から離れ、経済は新たな未来を探る。豊かさとは何か。新しい経済「ネオエコノミー」の実像を追う・・・

・・・英経済史家アンガス・マディソン氏らによると、西暦1年から1900年近くかけてやっと11倍になった世界の国内総生産(GDP)は、その後たった150年弱で31倍に膨らんだ。自動車などモノの大発明が原動力だった。ところが20世紀後半に年率4%だった成長率は21世紀に入って年率2%に鈍り、「長期停滞」も論じられている。
成長の時代は終わったのか。インターネットには検索やSNS(交流サイト)など無料サービスがあふれる。米調査会社コンファレンス・ボードのキャロル・コラード氏らは17年の米国のGDPで無形資産への投資が12%を占めたのに、うち6割は公式統計が把握していないとみる。値段のない豊かさはGDPという尺度では測りきれない。
「国境がなく、形も持たないデジタル技術は、世界経済を根本的につくりかえている」。20カ国・地域(G20)が共有する危機感だ。国家はこれまでモノの豊かさを測る基準を定め、税制や社会保障を通じて富を分配してきた。目に見えない豊かさが広がり、国家という枠組みを根底から揺さぶる。経済の姿をとらえ直し、秩序をつくりあげるときが来た・・・

紀元1年から最近までの世界GDPの伸びがグラフで示されています。この150年間は、人類の歴史で異常な時代だったのですね。また、各国の有形資産と無形資産の比較も出ています。

記事の続きで、カリフォルニア大学バークレー校のブラッドフォード・デロング教授が次のように指摘しています。
「経済学者は『アダム・スミス・プラス』の考え方を持つ必要がある。アダム・スミスは分業と良く管理された市場による需給の均衡を説いた。だが技術の変化をどうとらえたらいいのか・・」。

人体形成の秘密

2019年2月26日   岡本全勝

ジェイミー・デイヴィス著『人体はこうして作られる  ひとつの細胞から始まったわたしたち』(2018年、紀伊國屋書店)が、興味深かったです。

一つの細胞から、私たち人体が作られます。それも直径0.1ミリメートルの細胞です。一つの細胞が、37兆個(と本書では書いてあります。60兆個という説もあります)に分裂します。
原題は「Life Unfolding」です。一つの細胞・遺伝子から、アミノ酸・たんぱく質を次々作ることで、遺伝子情報が人体を作り上げます。折りたたまれていた情報が、展開する印象がわかります。

人体の設計図が、すべて遺伝子に書かれているのではなく、たんぱく質の生成が書かれていて、それがある時期ある場所で発現することで、次々と機能ができあがります。脳ができたり心臓ができたり、血液ができたり・・・。設計図なしで、この人体ができるとは、不思議としか言いようがありません。
大昔の地球で、分子が結合してアミノ酸になり、いろんな条件の下、様々な試行錯誤の上に、いまの人体・人類ができあがっています。遺伝子も、アミノ酸の結合体です。他の生物も。神様がいないとすると、この過程はすべて、偶然が作り出したものです。
で、この本を読んでも、「まだまだわからないことが多いんだなあ」というのが、読後感です。

自然科学にとって、宇宙のなり立ち・物質のなり立ちと、生命・脳が、2大不思議でしょう。社会科学においては、「人間関係」が一番難しい不思議だと、私は考えています。