カテゴリーアーカイブ:社会の見方

人類進化の理由2

2019年9月8日   岡本全勝

人類進化の理由」の続きです。読者からの反応を紹介します。

1  腕力でなく、貢ぎ物でパートナーを見つけられるようになって、よかったです。腕力勝負だったら、私は一生独身でした。

2 オスが、貢ぎ物を持つために二本足になったのはわかりますが、なぜメスも二本足になったのでしょう。貢ぎ物を持ってこさせるなら、手は発達する必要はなく、もっと言えば、寝ていても良いと思います。

松元崇著『日本経済 低成長からの脱却』

2019年9月5日   岡本全勝

松元崇著『日本経済 低成長からの脱却 縮み続けた平成を超えて』(2019年、NTT出版)が、勉強になりました。お勧めです。詳しくは本書を読んでいただくとして、私なりの理解を書いておきます。

バブル崩壊後、平成時代の30年間に、日本の産業は地位を落とし、経済は停滞しました。驚異的な経済成長を続けた日本は、いまや先進国の中で低い成長率を続けています。著者は、経済の「景気」と「成長」は別物であり、日本経済の停滞は景気問題ではなく、成長問題だと指摘します。三つの過剰を解消しても、金利を下げても、日本の生産性は向上していません。そして、日本の産業と経済の低下の原因を、2つ挙げます。

1つは、世界の生産構造の変化です。
グローバル化とIT化によって、世界中どこでも(ある程度の水準の労働者と社会インフラがあれば。岡本の補足です)、何でも生産できるようになりました。日本企業も、日本国内だけでなく、海外でも投資をするようになりました。というか、日本国内に投資せず、海外に投資しているのです。日本企業が日本に投資しないことが、経済の停滞の原因だと指摘します。
日本は、企業に選ばれない国になりました。それは、次に挙げる日本の労働慣行が、新しい投資に足かせになるからです。

もう1つは、日本の雇用慣行です。
日本の強みだった終身雇用制度が、生産性向上の足を引っ張っているのです。日本の政策は、解雇をさせない、企業もなるべく倒産させないと言うものです。すると、企業は生産性の低い事業を続け、新しい分野に投資しません。生産性が低いままでは、世界で戦えません。企業が元気になり、労働者がより高い賃金を得るためには、企業も労働者も新しい分野への転換が必要です。ところが、失業させないことと終身雇用制度が、それをさせません。

対比として、スウェーデンが上げられています。かつて高福祉高負担の代表だった国です。公的支出は7割を超えていました。その後下がり、現在は5割です。ドイツやフランスより低くなっています。そして経済成長を続けています。
日本との違いは、労働者の保護のしかたです。スウェーデンでは、不振な企業は倒産に任せ、失業した労働者を再訓練して再就職させます。日本では、生産性の低い(世界で戦えない)企業が生き残り、スウェーデンでは企業の新陳代謝が進みます。

日本社会の意識と慣行が、かつては日本を世界一に押し上げ、現在はそれによって停滞している。この指摘に、我が意を得たりです。現在執筆している連載「公共を創る」で、世界最高の豊かで安心な社会をつくった日本人の意識と社会慣行が、現在の社会の不安に答えていないことを書いています。同じ構図が、経済に出ているのです。平成時代は、その曲がり角でした。そして、国民の意識も行政も、その転換に遅れています。

著者は、大蔵省出身、内閣府で経済財政担当統括官(私の上司でした)や事務次官を務めました。その際に考えられたことが、本書の基礎になっているようです。

参考
日経新聞5月25日、小関広洋・帝京平成大学教授の書評
財務省広報誌「ファイナンス」2019年8月号、荒巻健二さんの書評

東京の大企業の病理

2019年9月4日   岡本全勝

9月3日の日経新聞オピニオン欄、梶原誠さんの「東京銘柄埋没は訴える 京都企業を超えろ」から。

・・・本社の所在地別に株価を点検すると、興味深い事実が浮かび上がる。「東京銘柄」の値動きが、「地方銘柄」に劣るのだ・・・
・・・人口も行政機能も東京に集中しているが、株価は逆だ。20年前との比較では、東日本大震災の被害を受けた東北と、北海道を除く全ての地域に東京は見劣りし、「首都埋没」が鮮明になる。
今年も米国など多くの国で株価が史上最高値を更新したが、日本株は停滞している。原因は時価総額の62%を占める東京銘柄、なかでも大企業にある。東京の大企業の象徴である経団連正副会長の出身企業の時価総額は、5年前から5%しか増えていない・・・

・・・まずは経営コンサルタントである経営共創基盤の代表取締役、村岡隆史氏。東京の大手企業にM&A(合併・買収)を提案した際、法務、財務、グループ会社の管理を担当する部署などから2人ずつも集まって話を聞いてくれた。だが、議論は前に進まない。
決定権を持つのはそれらの部署を統括する別の部署であり、その上にいる重役だからだ。「東京の企業はバブル期に間接部門が肥大化したままだ」という。
次に、昨年まで国際協力銀行の総裁だった近藤章氏。国際競争入札の内幕に接し、下馬評に反して入札で敗れる「経団連銘柄」を見てきた。「IT(情報技術)化ひとつ取っても遅れ、膨大な量の紙を社内で使っている。安い価格で入札できるはずがない」という。

2人が共に指摘するのが「東京の大企業には霞が関とのしがらみがある」という点だ。大きな決定の前に官僚に根回しをする担当者も置く必要があるし、政府への報告は今も紙が主流だ。役所と深く交流する分、官僚的な文化が伝染した面もある。
バブルが崩壊した1991年以降の時価総額の変化率を見ると、最も減らした企業は銀行、電力、建設の3業種に集中する。政府は護送船団方式で銀行を、地域独占体制で電力を、公共工事で建設業界を守ってきた。政府と密接なあまり稼ぐ力を高められなかった点で、東京銘柄の不振と重なる・・・

日本の近現代150年をどのように分析するか。最近の政治外交史研究

2019年8月29日   岡本全勝

東京財団政策研究所の「政治外交検証研究会レポート ―政治外交史研究を読み解く― 第1回 日本政治外交史研究の動向」を紹介します。
・・・政治外交検証研究会は、日本政治外交史研究と、国際政治史研究の近年の研究動向を回顧しながら、最先端の研究により何が明らかになり、どのような課題が残されているのかを考察する研究会を行いました・・・

・・・戦前「形成期」・戦後「形成期」を五百旗頭が、戦前「展開期」と戦後「展開期」を奈良岡さんが執筆するというもので、著者の個性を通じて、四つの時期の個性も浮かび上がり、150年を一望する一つの試みにはなっただろうと楽観しております・・・
このように、150年をどのように区切るか。それ自体が、歴史をどう見るかという視点の反映です。この見方だと、現在は「転換期」でしょうか。

次のような、最近の研究動向の整理もあります。
・・・一つ目は、「利益政治(注:地方への利益誘導を引き換えに集票するという営み。同著p.196より)の前史をいかに位置付けるか」という問いです。戦前史を研究する多くの研究者の動機の一つに、自民党長期政権に象徴される戦後の利益政治の起源を理解したい、ということがあります。しかし昨今、この利益政治が弱体化しています。とすれば、前史としての戦前の捉え方はいかに変容してきたのか、考えるべき時だろうと思います。
二つ目は、政軍関係に関する近年の研究動向です。というのも、冷戦崩壊後の国際情勢の中で、北朝鮮や中国をめぐる安全保障問題がより強く意識されるようになっています。この問題に対処する基盤として、政軍関係の歴史を理解することが一層、重要になっています・・・

その中に、次のような指摘もあります。
・・・先に利益政治をめぐって取り上げた政党政治についても、科学や技術の視点が組み込まれつつあります。法科出身者中心、内務省中心の官僚制が地方利益に応答していたのが、1920年代の政党内閣期に各省のセクショナリズムが強まり、統制が難しくなったことは、既に知られていました。若月剛史『戦前日本の政党内閣と官僚制』(東京大学出版会、2014年)はさらに一歩踏み込み、各省がどのように内務省に離反するようになったかを、逓信省などの現業官庁に着目して明らかにしています。こういう研究も、現代との対話の所産ではないでしょうか・・・
原文をお読みください。

中国、文化大革命

2019年8月26日   岡本全勝

8月24日の朝日新聞オピニオン欄は、歴史学者・米シカゴ大学講師である王友琴さん、文化大革命についての「絡み合う、被害と加害」でした。
・・・中国社会を大混乱に陥れた文化大革命の終結から43年。中国の人々はいまだにその傷痕を癒やすことができていない。1千万人にも上るとされる、その犠牲者一人ひとりの記録を独自に調査している米国在住の中国人学者がいる。見えてくるのは絡み合う「被害」と「加害」。私たちは歴史の記憶にどう向き合うべきなのか・・・

・・・文革が終わって大学入試が再開され、北京大学の中国文学部に合格します。そして徐々に文革でいったい何が起きたのかを調べ始めました。なぜですか。
「私の調べた北京の学校10校で1966年8月だけで校長3人と教師3人が迫害によって亡くなりました。しかし、校史には何の記載もありません。政府の発表にも被害者の細かな史実はありません。でも、そんなのはおかしい。死者には一人ひとり、名前がある。当時、必ず誰かが見聞きしていたはずです。単なる数字ではなく、すべての死者が尊重されるべきではないでしょうか。そのためにはまず、すべての死が記録されなければならない。そう思いました」・・・

・・・「南京大虐殺を調べる学者は支持され、募金の呼びかけもあるのに、文革を調べる学者は調査をやめろと言われる。同じように中国人の死について調べているのにですよ。ダブルスタンダードと言われても仕方ないですよね。すべての歴史に対し、事実は事実として認めるべきだと思います」・・・

・・・2013年ごろ、中国で当時の紅衛兵が自らの行為を謝罪する動きが出ました。これまでになかった文革での「加害」への自意識です。どう受け止めましたか。
「外相などを歴任した陳毅の息子の謝罪のことですね。彼は紅衛兵として文革時に自分が教師を批判したことを謝罪した。それ自体はいいことですが、詳細については語っていません」
「きちんと事実に向き合わない人も多い。例えば、私の学校の紅衛兵の『親玉』として有名だった女性は『副校長を守れなかった』ことにおわびをしました。でも、それは違う。直接に手を下したかどうかは別として、そうした状態をつくるのに彼女たちは関与したのではなかったのか」・・・

文化大革命は1966年から1976年です。私でも小学生~大学生の時代ですから、いまの若い人は分からないでしょうね。
当初は実態が分からず、その名前通りに受け取った人が多かったようです。実態は、毛沢東とその取り巻きによる権力奪還闘争、それも国民を大々的に巻き込んでの闘争だったようです。まずは、名称を変えないと、誤解は一人歩きします。

中国と中国共産党が、詳しい検証を公表していない、させないので、国民にとってもよく分からないままでしょう。
国家が歴史の解釈を独占することの怖さが、わかります。研究や報道を規制するということは、それだけ権力にとって「都合が悪いこと」なのでしょう。また、それだけ権力は「弱い」のでしょう(強くて心配ないことなら、規制はしないでしょう)。逆に、自由主義、民主主義の「強さ」が分かります。