カテゴリーアーカイブ:社会の見方

人件費は費用か投資か

2019年12月14日   岡本全勝

会社では、人件費は会計上の費用に計上されます。官庁では、歳出に立ちます。この観点から見ると、人件費は少ない方が良いと考えられます。経費は少ない方が、会社では決算が黒字になり、官庁では経費を削減したと評価されるからです。

でも、この見方は、とても狭い見方です。どんどん人件費削減(人員削減と給与引き下げ)をすると、よい経営者であり、よい自治体でしょうか。会社はよい賞品を売って利益を増やすことがよい会社であり、自治体はよい業績を上げることが任務です。人件費を削減しすぎて、会社の業績が悪くなったり、必要な行政サービスが提供されないようだと、本末転倒です。もちろん、同じ売り上げ、同じ行政サービスなら、費用は少ない方が良いですが。

業績の悪い会社を立て直す経営者に、コストカッターと呼ばれる、経費削減を行う人がいます。しかし、経費を削減するだけでは、業績は向上しません。売り上げを上げないと、じり貧です。経営立て直しには、コストカット(経費削減)と共に、新製品など売り上げ向上が必要なのです。

人件費をどう考えるか。難しいのは、従業員の職場での「価値」を、お金では測ることができないことです。同じ職位の職員に同じ給料を払っていても、仕事のできる職員とできない職員がいます(ボーナスでは差をつけているでしょうが)。
さらに、多くの職員は将来、より重要な職務に就くことが期待されています。職員は現在の仕事を処理する「機械」であるとともに、将来を見越しての育成中の「素材」です。よい職員を育てることは、「投資」です。費用に終わる人件費と、投資になる人件費があるということです。

と書いて放置してあったのですが。10月11日の読売新聞の「経済学×現代 ノーベル賞5 人は財産 世界で争奪戦」が、人的資本について解説していました(今頃になって、すみません)。
・・・ゲーリー・ベッカー「人的資本」(1930~2014)米国生まれ。経済学の手法を様々な社会問題に応用した。1992年に受賞。
人への投資は一時的にコストがかかっても、企業の発展につながる。当たり前のように思える知見を実証し、「人的資本」という言葉で表したのがゲーリー・ベッカーだ。技術革新のスピードがこれまでになく速くなるなか、企業が求める人的資本も変わり始めている・・・
人的資本については、次のように説明しています。
「労働者を、投資によって生産性を高められる「資本」と捉える考え方。伝統的な経済学は、企業にとって労働者の生産能力はあらかじめ決まっており、必要に応じて雇用、解雇することを前提にしていた」

人的資本をこのようにとらえることはよいことですが、課題は、人的資本をどのように数値化するかでしょう。きわめて難しいと思います。
ある社員の能力を、どのように評価するか。それぞれの社員の能力は、用いる分野や場面で違ってくるでしょう。もっとも、あらゆるものを価格で評価するのが、経済学や会計学の手法です。その手法を使えば、一つの方法は、ある社員がいくらの値段で他社や労働市場で「取引されるか」の価格で表すことができます。経済学では、どのように扱っているのでしょうか。「統計に表れない人的資本の価値

「タテ社会と現代日本」その2

2019年12月13日   岡本全勝

中根千枝先生の新著『タテ社会と現代日本』の続きです。
いくつも「なるほど」と思う指摘がありますが、その一つに「社交の場がないこと」(P106)があります。
日本では、場を重視し、集団への帰属と集団内での扶助が優先されます。小集団を超えた関心は少ないのです(P102)。それは、社交の場がないことにつながります。ラテン系の国では、村に広場があって、夕方には村人が出てきて会話を楽しみます。中近東ではコーヒーハウスがあって、イギリスではパブがあります。そこに集まるのは、同じ階層の人です。これらの国では、集団への帰属より、資格・階層が重視されるからです。

地域でのつながりが薄くなると、困ったことになります。これまで多くの男性は、会社という場に入り、それを唯一の帰属先としていました。定年で退職すると、一部の人を除いて、つながりを失います。また、新しいつながりの作り方を知りません。女性は、ママ友など、横のつながりを作っているのですよね。

社交の場がないことは、私も痛感しています。
一つは、職場以外での付き合いが少ないことです。近所の人とは挨拶をし、植木の手入れの教えは請います。しかし、私の職歴や関心で、話が合う人は少ないです。簡単に言うと、一緒に飲みに行く人がいないのです。

二つ目は、オシャレをしてキョーコさんと出かける場がないのです。
宮中に呼ばれたり、桜を見る会に呼ばれたときに、キョーコさんは和服を着て、おめかしをして出かけます。私は、モーニングコートかダークスーツです。しかし、モーニングを着る機会は、ほかにありません。結婚式と成人式だけでしょうか。タキシードでも羽織袴でもよいですが、私は着ることがないので。
中根先生がおっしゃる「資格が共通するつながり」が、もっとあればよいのですが。

落としたスマホが戻る日本

2019年12月11日   岡本全勝

12月6日の朝日新聞夕刊スポーツ欄に、「スマホ戻り、作戦通りスパート 福岡国際マラソン優勝、エルマハジューブ・ダザ」が載っていました。

・・・1日にあった第73回福岡国際マラソンは、初出場のエルマハジューブ・ダザ(モロッコ)が2時間7分10秒の好タイムで初優勝を果たした。来年の東京五輪のメダル候補に躍り出た28歳は「日本のことがすごく好きになったよ。また僕の走りを見てほしい」。快走の背景には、日本人の親切さがあったという・・・

・・・大会2日前の夜。コーチのエルムサウイ・ムスタファさん(49)は、1人で福岡市内のスポーツバーで酒を飲んでいたが、スマートフォンを店に忘れたままホテルへ帰ってしまった。翌朝起きると、手元にないことに気づき、「絶望的な気持ちになったんだ」と頭を抱えた。

連絡先だけではない。そのスマホには、ダザの練習メニューや食事メニュー、福岡のコースの特徴やレース中の注意点など詳細なデータが入っていたのだ。
あきらめかけていたが、交番へ向かう前にホテルのフロントに確認すると、「こちらですか?」。スマホが届いていた。バーのテーブルに置いていたホテルのルームキーを覚えていた店員が届けてくれたようで、「信じられなかった。日本人はなんて親切なんだと、感激したよ」。

ダザも一安心できたのは言うまでもない。大会では、作戦通りに30キロ過ぎにスパートをかけて飛び出し、ぶっちぎりの優勝を果たした。「スマホがなかったら違う作戦を立てていたかもしれない。もっとハードな展開になっていた」とムスタファコーチ。優勝を決めた後、2人はぎゅっと抱き合った・・・

落としたスマホが、戻ってくる。世界200カ国の中で、そのような国はいくつあるでしょうか。この治安の良さ、親切心は、大事にしたいです。
もっとも、海外に行くと、落としたら戻ってこないことを、忘れないでください。プロにかかると、ロックはすぐに解除されるので、落としたスマホは直ちに転売されるそうです。

学歴が評価されない日本、高学歴が減る

2019年12月10日   岡本全勝

12月8日の日経新聞1面トップ「チャートは語る」は、「博士生かせぬ日本企業 取得者10年で16%減」でした。
・・・世界は新たな「学歴社会」に突入している。経営の第一線やデジタル分野では高度な知識や技能の証明が求められ、修士・博士号の取得が加速する。主な国では過去10年で博士号の取得者が急増したのと対照的に、日本は1割以上減った。専門性よりも人柄を重視する雇用慣行を維持したままでは、世界の人材獲得競争に取り残されかねない・・・

少子化の影響ではありません。4年制大学の入学者は、増えているのです。多くの人が4大卒で満足し、大学院まで進まないのです。その背景には、企業や社会が大学院卒を求めていないことがあります。その基礎に、大学での教育に専門性を期待していないことがあります。

日本の企業は、学生に学校で得た知識や学問でなく、空気を読むことを期待しているようです。採用面接の際に、「大学でどのような学問をしたか」ではなく、「学生時代に一番力を入れたことは何ですか」と問うのだそうです。学生の答は、サークル活動とバイト経験です。
学問に励まない学生、卒業生という「製品」に品質保証をしない大学、大学に学問を求めない企業。三者のなれ合い構造です。そしてそれを当然と思っている国民も、同罪です。「企業の採用面接に見る日本型雇用

詳しくは記事を読んでいただくとして。グラフがいくつか付いています。諸外国との比較が一目瞭然です。

と書いていたら、12月5日の朝日新聞オピニオン欄に、ジョセフ・M・ヤング、駐日アメリカ臨時代理大使が「減る日本人の米留学 関心高め同盟の土台に」をかいておられました。
・・・日本への米国人留学生数が増える一方、米国へ留学する日本人が激減しているのだ。1997年に約4万7千人いた日本人留学生は昨年、約1万8千人となった・・・

中根千枝先生「タテ社会と現代日本」

2019年12月9日   岡本全勝

中根千枝先生の新著『タテ社会と現代日本』(2019年、講談社現代新書)を読みました。『タテ社会の人間関係』(1967年)は半世紀にわたるベストセラーなので、読まれた方も多いでしょう。「紹介

新著は、タテ社会から現代日本を読み解いたものです。
タテ社会では、参加者は全面的な参加を要求されます。それが、長時間労働を生みます。契約や資格によって参加していないので、長くその組織にいる者が上位に来ます。それが、新参者へのいじめ、非正規雇用問題を生みます。家族という小集団が、家庭内虐待問題を生んでいることなど、ハッとさせられる指摘が並んでいます。

『タテ社会の人間関係』は1967年、昭和42年の出版です。東京オリンピックが昭和39年、大阪万博は45年です。高度経済成長の前半期でした。それから半世紀、日本社会は大きく変貌しました。しかし、場を重視するタテ社会という、日本社会の基本構造は変わっていないようです。
いま、連載「公共を創る」で、社会の文化資本、この国のかたちを書いているところです。中根先生の本も、引用しています。この項続く