カテゴリーアーカイブ:社会の見方

歩行者がいる横断歩道で止まらない車

2020年2月18日   岡本全勝

新聞で、「信号機のない横断歩道で歩行者が渡ろうとしているのに一時停止しない車」の記事(2月11日の朝日新聞オピニオン欄「さよなら、車優先社会」)を読んだので、調べてみました。
日本自動車連盟(JAF)の全国実態調査です。「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査(2019年調査結果)

車が止まる割合は、高い方から、長野県69%、静岡県53%、兵庫県43%です。低い方では、三重県3%、青森県4%、京都府5%、富山県5%、東京都6%です。
あなたの住んでいる県は、どうですか。
関西でも、県によってかなり違います。しかし、人柄が良いとされる富山県が、関西の各県より低いのは、意外です。なぜでしょうか。

車を運転していて、信号機のない横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいたら停車するのはマナーではなく、法令による規定です。道路交通法第38条。おもてなし以前の問題です。
1 どうして、これほど法令が守られていないのか。
2 県別の違いはどこから生まれるのでしょうか。

小此木政夫・慶應大学名誉教授、日韓歴史共同研究

2020年2月15日   岡本全勝

朝日新聞のウエッブ「論座」。1月26日の「小此木政夫さんに聞く朝鮮と日本の過去・未来」(3)「韓国併合は「植民地化」でなく「同化」だった」から。

・・・初の日韓歴史共同研究が2002年5月にスタートした。座長は三谷太一郎・東京大学名誉教授。幹事を小此木政夫・慶応大学名誉教授(74)が引き受けた。古代史、中近世史、近現代史の3つの分科会を設け、日韓合わせて20余人の学者が参加した。
3年後に研究結果を「最終報告書」にまとめ、両政府に提出して解散するが、活動が途切れず結果を出すまで続いたのは、当時、日韓両国の現場で取材していた筆者にとって奇跡に近かった。
歴史にまつわるこの種の「共同作業」は、玄関口で平行線をたどり、途中の論争で互いに譲らず、結局、空中分解するという例を何度も見て来たからだ。
なぜ「完走」できたのか。小此木さんを中心に、裏側で周到な準備、心構え、あるいは予防線と言ってもいい、様々な仕掛けがあったのを知ったのは、相当後のことだ・・・

・・・幹事の小此木さんは、めざす目標について明確にしようとした。
「あまり初めから大きな目標を立てるのはやめましょう。日韓の歴史認識を一致させるなどということは不可能なのです。我々の仕事は、日本と韓国の歴史認識のどこが一致してどこが違うのか、これを明らかにする作業ではないでしょうか」・・・

・・・「一つの結論を求めて論争するよりも、相違点を明らかにすれば次(第2期以降)につながるのではないか、と思いました。この共同研究では分厚い報告書ができましたが、読んでいただければ全体の構成にもそれが表れていると思います」・・・

・・・「初回の研究会から論争になったのは、やはり韓国併合条約(1910年)の問題、不法・不当論についてでした。韓国の学者は、条約原文の印鑑がどうだとか、なぜ不当で不法、無効な条約なのかと熱心に論ずるわけです。こちらとしては、国際法の専門家が、国際法的な議論はこうですと説明するわけですが。私としては、我々の意見が一致したからと言って、どうなるという問題ではない。あくまで学者の議論としてやろうと言い続けました。

でもとにかく、併合問題の比重が、予想以上にありました。韓国を知っているつもりだった私にとっても新鮮な驚きでした。まるで韓国併合にしか関心がないかのように議論していました。それは今、日韓間で議論されていることと同様でもあります。

つまり、日本側と韓国側の一番大きな対立点は、そこのところにあります。したがって、韓国保護条約(1905年、乙巳条約)から併合条約が締結される過程を日韓基本条約で「もはや無効」と表現したことが、彼らにとって耐えがたいのでしょう。
確かに「もはや」は妥協の産物でしたが、我々が理解しがたいほど、それに執着した。いろいろな解釈があると思いますが、私はその時、『これはアイデンティティーの衝突なのだ』と思いました」・・・
この項続く

日本の地政学的グランドデザイン

2020年2月10日   岡本全勝

2月4日の朝日新聞オピニオン欄、出口治明・立命館アジア太平洋大学学長のインタビュー「日米安保改定はや60年」が、簡潔でわかりやすいです。
・・・日米安全保障条約が改定され60年、人間でいえば還暦を迎えた。最初の30年が冷戦下。次の30年は旧ソ連という対抗軸がなくなった一方、経済力軍事力を強化した中国が台頭してきた。さて、これからの30年の見取り図はどうなるか。60年の評価と、押さえておくべき論点は何か・・・

出口さんは、次のように整理します。
1 黒船来航と明治国家
老中阿部正弘が、アヘン戦争などを研究し、彼我の軍事力や経済力の違いを認識していました。そして、開国して、国民国家を作り、富国強兵を断行するというグランドデザインを描きます。維新の後は、大久保利通が、阿部のグランドデザインである開国・富国・強兵を採用して、日本の近代化を進めます。

2 敗戦後
吉田茂が、もう一度、開国・富国・強兵を並べて、考えます。そして、強兵を安保条約でアメリカに代替させて、開国・富国で日本の再建を目指します。

3 これから
安全保障を考える際、自分で防衛力を強化するか、どこかと軍事同盟を結ぶか、基本はこの二つしかありません。同盟相手は、日本より経済力が大きい国でないと無理。すると、アメリカ、中国、ヨーロッパ連合EUしかない。EUは遠すぎる。中国を選ぶという選択肢もありますが、これまでの経緯を考えて、疑問符がつきます。消去法で、日米同盟を大事にしていくしかない。

途中に、戦後の日本とアメリカとの関係を、次のように書いておられます。
・・・戦後の日本は、米国というお父さんのスネをかじり尽くした息子で、鉄鋼、自動車、半導体と米国の主要産業を全部潰して成長してきたようなものです。普通の国だったらボコボコにされるところが、ボコぐらいで米国は済ませてくれました・・・
ご指摘の通りですが、鉄鋼の前に、テレビなど電機製品もあります。その前には、繊維もありました。

ハンガリーの姓名

2020年2月9日   岡本全勝

ブダペスト―ヨーロッパとハンガリーの美術400年」に行った際に、「どう表記してあるかな」と、確認してきました。作者の氏名です。

ハンガリー語(マジャール語)は、日本と同じで、姓名の順に並べます。では、絵画の解説の際に、作者の氏名をどのように表記するか。
最初に出てくるドイツ人や、後から出てくるフランス人は、名前が先で苗字が後ろ。
で、ハンガリー人はと見ると、姓名の順に表記してありました。その際に、苗字は大文字で、名前は最初の文字だけ大文字で後は小文字です。

展示品の中に、作曲家フランツ・リストの肖像画があります。ムンカーチ・ミハーイ画「フランツ・リストの肖像」です。
このページの7番を開いてもらうと、次のような説明があります。「ハンガリー出身の高名な作曲家でピアニストのフランツ・リスト(ハンガリー語ではリスト・フェレンツ)・・・」。
そうだったのですね。正式には、リスト・フェレンツだったのです。

よく見ると、このホームページの冒頭に「本展では、ハンガリーの人名は原則として「姓・名」の順で表記します。」と表記があります。

孫が知らないこと

2020年2月6日   岡本全勝

5歳の孫と65歳の私とでは、2世代、60年の差があります。5歳の幼子は、好奇心の塊で、次々と新しい知識を吸収しています。いろいろと質問され、世間のことを教えます。
その際に気づきました。孫が幼くてまだ知らないことの他に、孫の世代は知らないことがあります。正確には、体験したことがないことです。

孫と遊んでいると、「そうか、こんなことを知らないのだ」と気づかされます。
1 駅で切符を買う。駅員が、切符に、はさみを入れることを知らない。
2 お店で現金を出し、お釣りをもらう。
3 公衆電話をかける。
4 マッチを擦って、火をつける。ある知人は、孫が訪ねてきたとき、神棚と仏壇に蝋燭と線香を立てたら、孫に「もっとやって」と何度もマッチに火をつけさせられたそうです。
皆さんも、思い当たるでしょ。
現金払いが少なくなり、硬貨や紙幣を見る機会が少なくなりました。貯金箱はどうなるのでしょうか。

2002年に、東大に教えに行ったとき、47歳の私と20歳過ぎの学生や大学院生との「時代の差」に、衝撃を受けたことを思い出します。
昭和30年(1955年)、奈良の田舎生まれで、経済成長以前の日本を知っている私と、その後に生まれた若者との違いです。彼らは、豊かでなかった日本、不便だった日本を知りません。そして、明日が今日より豊かになるという実感も知りません。