カテゴリーアーカイブ:社会の見方

アトキンソンさん。日本人の検証なしでの思いこみ

2021年3月1日   岡本全勝

2月23日の朝日新聞スポーツ欄、デービッド・アトキンソン氏「世界一寛容な日本、願望に近い」から。

・・・日本人は思い込みや俗説が多い。専門家に確認しない、検証しない。厳しく言えば、プロ意識が低い面があることは共通しています。それは寛容の一環かも知れませんが。
例えば、東京五輪が日本経済の起爆剤になるというのも、俗説。エビを食べて長寿にあやかるのと同じ。数週間のイベントがGDP550兆円の日本経済に大きな影響を与えるはずがありません。
五輪で観光客が増えるというのも、何の根拠もない思い込み。インバウンドが増えたのは5年前からですが、リオデジャネイロで五輪があるからと、開催の5年前にブラジルに行った日本人が多くなった事実はないです。自分たちがやらないのに、なぜ外国人がやると思うのか。
過去の大会では、その年には海外からの需要が増えるが、ほとんどがマスコミ関係。翌年はよくない。2012年に開催したロンドンだけ増えましたが、これは五輪に合わせて観光対策をしたから。五輪だけの影響ではありません。

日本の決定的な問題は、クリティカルシンキング(批判的思考法)が十分にできていないこと。これは、仮説を立てて、ロジックを分解し、データで検証し、結論を導き出すもの。
大学の問題が大きい。クリティカルシンキングができるようになるのは大学生の年齢。人間というものは勝手な思い込みをする生き物なので、それをなくすため大学教育が発達した。
大学の4年間、先生とのやりとりで、思い込みで発言したら、根拠はなんですか? 評価に客観性はありますか?と聞いて答えさせる。日本の大学はそれが十分できていない。
だから日本は事後対応しかできず、いつも後手に回る。事前に仮説をたてて議論しても、受け入れられないのです。予想はできるのに、何も手を打たない。
重ねていいますが、東京五輪はやっても、やらなくても、日本経済には中長期的にはさしたる影響はありません・・・

上野誠著「万葉集講義」

2021年2月27日   岡本全勝

上野誠著『万葉集講義』(2020年、中公新書)が、わかりやすかったです。書評欄で取り上げられているの見て、読みました。万葉集は大学生の頃、読み始めたのですが、途中で挫折しました。本棚の隅に、岩波の古典体系が寝ています。

上野先生の解説を読んで、なるほど万葉集とはこのようなものなのだ、このように読むのかと、理解できました。「令和」の原典ということから、万葉集は脚光を浴びています。またその前から、解説書はたくさん出ています。それぞれに特徴があるのでしょうが。
上野先生の主張は、次の4点に集約され、それがこの本の構成になっています。
・東アジア漢字文化圏の文学
・宮廷の文学
・律令官人の文学
・京と地方をつなぐ文学

お勧めです。いずれ時間ができたら、万葉集そのものに挑戦しましょう。

ストレンジ著「国家と市場」

2021年2月22日   岡本全勝

スーザン・ストレンジ著『国家と市場ー国際政治経済学入門』(2020年、ちくま学芸文庫)を読み終えました。1994年に出版されたものが文庫化されたのです。原著は、1988年にイギリスで出版されています。
この本で主張された構造的権力と関係的権力について私は眼が開かれ、このホームページでも何度か紹介しました。「構造的権力」「アメリカが広めたもの・資本主義経済、自由主義、多国間統治
構造的権力を勉強するために、単行本を探して読みました。20年ほど前のことでしょうか。今回文庫本になったので、寝転がって読みました。単行本だと、たぶん再読しなかったでしょう。ありがたいことです。

ストレンジの主張する構造的権力を、私は少し違って理解し、使っていることに気がつきました。この考え方は、現在の国際政治経済学や政治学では、どのような評価と位置づけになっているのでしょうか。経済学で言う「経路依存性」なども、この考え方と類似の発想だと思うのですが

ところで、単行本でも気になっていたのですが、図2が間違いだと思います。四つの構造的権力(安全保障、生産、信用、知識)の関係を説明する際、本文では「四つの面を持った三角形、三角四面体」と書かれているのですが、図では四つの三角形と一つの四角形の五面体になっているのです(文庫版p74)。

国民に負担を強いる、差をつける

2021年2月16日   岡本全勝

治療の選別」の続きであり、「世論調査項目、賛成ですか反対ですか」「憲法を改正できない国、その2」の続きにもなります。
国民に負担を強いることを考えてみます。それを喜ぶ人は少なく、どのように合意を取り付けるかが、政治の仕事になります。
それは、増税や公的保険料の値上げといった金銭負担だけではありません。外出禁止、行動制限、営業自粛など、国民の行動を制約する場合もあります。
負担そのものが反対されるだけでなく、誰にどのように負担を分配するかが議論になります。「公平」は一律に決まりません。利益を配る際にも、国民の反発を引き起こすことがあります。困っている家庭に30万円配るか、全員に10万円配るかは、これに当たります。

困っている人を助ける、それが金銭給付の趣旨でしょう。そして原資が限られているなら(通常はそうです)、なるべく効果があるように絞り込むべきでしょう。特定定額給付金の決定過程は、この問題を考えさせます。当初、収入が減った家庭を対象に30万円を給付する案でしたが、最終的には全世帯に10万円を配ることになりました。高額所得者をも、対象としたのです。

戦後日本が達成した「平等」は、他方で「国民に差をつけることができない」ことをも招いたようです。欧米をお手本に努力した時代は、国民もその憧れに向かって頑張り、また辛抱しました。経済成長期は、その果実を分配することですみました。しかし、成長が止まったとき、高齢化で負担が増える時代には、政治の役割は利益の分配から負担の分配に変わりました。そこに、政治の力量が問われます。

役所で行われる「改革」(組織人員の削減)の際の手法に、一律削減があります。予算要求の際の一律シーリング(予算要求額の上限、例えば前年比5%減とか)もそうです。「みんな一緒です」は受け入れられやすく、しかし説明、説得、判断を放棄した手法です。
その中でも官僚が編み出した「差をつける手法」が、一律削減を大きめに行い、生まれた「財源」を新しい政策や組織に回すことです。

「見えざる手」から「見える手」へ

2021年2月16日   岡本全勝

2月7日の読売新聞あすへの考、小島武仁・東大教授の「マッチング理論――行動する経済学「見えざる手」から「見える手」へ」から。
「保育園の待機児童、臓器移植のドナー(提供者)探し、そして新型コロナウイルスのワクチン接種――。こうした現代の諸課題に対し、経済学やコンピューターサイエンスの知見を基に制度を設計し、最適解を示す「マーケットデザイン」という学問がある。
この分野で「世界をリードするトップ研究者」と評される小島武仁氏が昨年秋、米スタンフォード大教授を辞し、東京大マーケットデザインセンターの初代センター長に就いた。マーケットデザインは2012年と20年にノーベル経済学賞を受賞したが、日本ではまだ聞き慣れない。注目の研究分野のトップランナーが目指す「あす」を聞いた」

・・・経済学の父、アダム・スミスの話から始めさせてください。
彼は、人や企業が自らの利益を求めて行動すれば、需要と供給のバランスで価格が調整され、「見えざる手」に導かれるように経済成長がもたらされると説きました。このように伝統的な経済学は、市場の仕組みを「他から与えられたもの」と捉え、その働きを外側から分析する学問です。
対してマーケットデザインは、市場を「設計(デザイン)できるもの」と考えます。関係する人々の希望や動機付け(インセンティブ)を酌みとりつつ、課題解決に向けて新制度を提案したり、実務の内側で制度を改善したりします。
大きくは、1990年代の米国で携帯電話の電波利用権の競売に成功した「オークション理論」と、比較的最近になって注目された「マッチング理論」に分けられます。私が特に力を入れているのは後者です。
マッチングはもともと数学の理論ですが、様々な条件の下で「人と人」「人とサービス」を結びつけ、限られた資源を効率よく、不満なく、適材適所に配分できる情報処理手順(アルゴリズム)を研究します。好みなどを入力して恋人を探す「マッチングアプリ」がイメージしやすいでしょうか・・・
・・・マーケットデザインが力を発揮するのはこのように、政策的要請や倫理性、公平性などの理由で価格メカニズム、すなわち「見えざる手」が機能しない「市場」です。
例えば、売買が禁じられ、価格が「ゼロ」に固定された移植臓器の提供にも活用されています。海外では約1万件の腎臓移植がマッチングにより実現しました。日本では年間約1万人の研修医と全国各地の病院とのマッチングで活用されています・・・

・・・かつて世界では資本主義が社会主義に勝利し、決着がついたと考えられていました。しかし格差の広がりなどを受け、国内外で「資本主義の限界」や「社会主義の再評価」が言われるようになりました。冷戦時には存在しなかったSNSは、分断をさらに深刻なものにする恐れもあります。
イデオロギーの対立を再び繰り返すのではなく、発展的に解消する知恵が必要です。資本主義の行きすぎで機能不全に陥った「市場」があるなら、それはマーケットデザインの出番です。「見えざる手」が働かなければ、「見える手」で望ましい配分を実現し、修正すればいいのです・・・