カテゴリーアーカイブ:社会の見方

1920年代、両大戦間期の「改造」思潮

2022年9月3日   岡本全勝

8月21日の朝日新聞文化欄、「1920年代とは、どんな時代だったか」。山室信一・京都大学名誉教授の「1920年代、両大戦間期の「改造」思潮」から。

デジタル技術で新型ウイルスの情報が瞬時に伝わり、グローバルに結びついた経済がロシアのウクライナ侵攻で動揺している。現代と似たような事態に直面した時代が20年代だ。第1次大戦(14~18年)を経て、世界の一体化が急速に進んだ。戦争で人の移動が増え、スペイン風邪が世界規模で流行(18~21年ごろ)。通信社は文字や写真を電送できるようになった。身体感覚や時間感覚が変化し、意図しなくとも、個人が世界の動きに連動するようになった。

世界が同時性をもって変化した背景には「改造」の思潮があった。英語の「リコンストラクション」だ。英国の哲学者バートランド・ラッセルが16年に反戦の立場から著した『社会改造の原理』が世界で読まれた。20年代にかけて、戦災や災害から復興し、社会を改めようという空気があった。
政治的には、敗戦国ドイツが専制君主国家だったとして、世界で自由や民主主義への改造が支持され、20年に国際連盟、28年に不戦条約が生まれた。日本では「大正デモクラシー」を迎え、25歳以上の男性に選挙権が与えられた。

日本が戦争に向かう背後にも「改造」があった。第1次大戦は国家の人や財を全て動員する総力戦。欧州戦線の情報に刺激された日本陸軍は、総力戦の備えを始めた。18年には早くも軍需工業を動員する法律ができ、25年からは学生に軍事教練を課した。大学で反対運動が起きるが、同年成立の治安維持法で取り締まられた。30年代に急に戦争へ走るわけでなく、20年代から準備が進んでいた。

日本の指導者、世界の指導者

2022年9月2日   岡本全勝

8月28日の朝日新聞連載「日中半世紀 わたしの声」第2回、井村雅代・アーティスティックスイミング指導者の「選手選考に口挟む当局 衝突した井村コーチ「メダルいらないなら…」」から。

アーティスティックスイミングの指導者、井村雅代さんは2008年の北京五輪と12年のロンドン五輪で、中国代表チームを率い、この競技で初のメダルを中国にもたらしました。04年のアテネ五輪で6位だった同国は、北京で銅メダル、ロンドンで銀メダルを獲得します。ただ、その過程で井村さんは日本国内で激しいバッシングを受けたといいます。

――アーティスティックスイミングの日本代表は、1984年のロサンゼルス五輪以来、井村さんの指導のもと、6大会連続でメダルを獲得し、「日本シンクロ界の母」と呼ばれました。それだけに、井村さんが中国代表を指導するというニュースは、大きな反響を呼びました。
私がナショナルコーチを辞めたのは、中国行きを決めたときより2年以上も前のことです。そのときは、とくに話題になりませんでした。長くやりすぎたという思いがありましたし、日本のシンクロが「井村の家内工業」などという、いわれのない批判を受けたこともあり、自分のクラブで若い子たちを教えることにしたのです。
そうしていたら、中国から「北京五輪の開催国として、どうしてもメダルをとりたい。力を貸してほしい」と誘われました。当時、いまほどではなかったかも知れませんが、日中関係はぎくしゃくしていました。それでも、そうした日中関係を押してでも、メダルをとりたい、強くなりたい、そのために「あなたの経験とコーチ力が必要です」という中国水泳連盟の熱意に、私が突き動かされたというのが一番の理由です。
しかも、私が「これまでは誰に教わっていたのですか」と尋ねると、年に数カ月、ロシアの指導者に見てもらっているとのことでした。これはいけない。五輪の開催国となる中国の演技がロシア流になると、ジャッジもそちらに傾く。シンクロのジャッジには、どうしても主観が入ります。世界のシンクロがロシア流に席巻されてしまい、日本流が隅っこに追いやられてしまう。そんな危機感もあって、中国代表チームを教えることにしたんです。日本流のシンクロを世界にアピールする絶好のチャンスだという思いもありました。

――当時、井村さんの決断が日本で批判されました。
それはもう、ひどかったです。「裏切り者」とか「売国奴」とか散々に言われました。そのあと、イギリスの代表コーチもやりましたが、そのときは誰にも何も言われませんでした。世界で6位の中国チームを日本人のコーチが指導して、メダルがとれるようになったら、日本流のシンクロを世界にアピールできる。アジアだけでなく、世界に日本流のシンクロを根づかせることができる絶好のチャンスじゃないですか。そんな思いだったんです。

――北京五輪で、中国代表はチームで銅メダルを獲得。アーティスティックスイミングでは、中国にとって初のメダルでした。
もちろんうれしかったですが、日本は5位。アテネではロシアに続く2位だったのに。なにが起きたのかと驚きました。中国に渡るとき、ロシアには勝てなくても、2位と3位を日本と中国が競えばいい。そんな思いでした。私は電光掲示板をぼうぜんと眺めていたのですが、だんだん視界がかすんできて。あの涙は何だったのでしょうね。

――中国の教え子たちが、いまは指導者に。
北京五輪のとき主将だった選手は、いま中国のナショナルチームでヘッドコーチをしています。米国に渡ってシンクロを教え、全米のベストコーチに選ばれた子もいます。井村流が、世界に広がっていることをうれしく感じます。

経済が生みだす敗者を支える仕組みが必要

2022年9月1日   岡本全勝

8月21日の読売新聞、岩井克人・東大名誉教授の「「敗者」支える仕組みを」から。

経済のグローバル化は世界に大きな恩恵をもたらした。各国が得意なものを輸出し、不得意なものは輸入することで、平均所得が急増し、途上国の貧困率は大幅に下がった。
だが、それは各国の中に「勝者」と「敗者」を生む。得意な産業は栄えるが、工場の海外流出や製品の流入によって打撃を受ける労働者が生じる。この「敗者」を支える仕組みが欠けていると、グローバル化は破綻する。
1820年からの1世紀はまさにその例だ。交通機関や通信技術の発達によって世界の貿易量や資本取引が飛躍的に増えた。だが、各国内の「敗者」の不満が政治を不安定化させ、1914年に第1次世界大戦を引き起こした。さらにファシズムの台頭、世界大恐慌、第2次世界大戦という暗黒の時代を招いた。

第2次大戦後、現在のWTO(世界貿易機関)の前身となるGATT(関税・貿易一般協定)のもと、再びグローバル化が進んだ。
その様相が変わるのは、米国主導の自由放任主義が前面に出る1980年以降だ。その結果、たとえば米国では、一握りの富裕層がますます富を増やす一方で、多数の「敗者」が生まれた。その不満がトランプ大統領の誕生につながった。
今なお米国の分断は深刻で、民主主義それ自体を危うくしている。自ら進めたグローバル化が跳ね返ったのだ。

GATTやWTOが進めた貿易自由化の背後には、各国が経済的な結びつきを強めれば、民主主義や法の支配という普遍的な理念が共有されるはずだという期待があった。
だが、グローバル化が自由放任主義の名で加速すると、中露はその動きを米国の覇権主義と同一視して敵対する立場をとった。中国は強権的な姿勢を強めた。ロシアはウクライナを侵略し、経済的な相互依存を「人質」にさえした。期待は幻想となった。
また、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけとして、経済安全保障が重視されるようになった。これまでのグローバル化は、生産コストを下げることのみが優先された。だが、疫病の伝播は人々の移動を止め、国際的な対立は供給網の断絶や技術情報の漏えいなどのリスクを生む。このようなグローバル化の本当のコストを考慮するために、経済安全保障という概念が不可欠となった。

それでも、グローバル化を否定するわけにはいかない。実は、グローバル化はモノやおカネだけでなく、アイデアの交換も促す。地球温暖化など人類全体の課題の解決には、さらなるグローバル化が必要ですらある。それは「敗者」を支え、本当のコストを考慮していく「修正されたグローバル化」でなければいけない。
これが軌道に乗ってはじめて、民主主義などの普遍的な理念が世界で共有されるという期待が、単なる幻想ではなくなるはずだ。

日本の競争力低下、経営の効率性の悪さ

2022年8月29日   岡本全勝

8月11日の日経新聞経済教室、一條和生・IMD教授の「人的資本投資拡大に向けて 人材抱え込みの発想転換を」から。それによると、63カ国中、日本の競争力は総合で34位、政府の効率性で39位、ビジネスの効率性で51位です。

スイスのビジネススクールIMDが6月に発表した2022年の世界競争力ランキングでは、日本の競争力は前年から3ランク落ちて34位となった。
競争力低下の原因は明らかだ。上位3カ国のデンマーク、スイス、シンガポールと比べると、日本はビジネスの効率性が著しく低い(表参照)。その最大の要因は、ビジネスの効率性を左右する経営実務に関する評価が調査対象の世界63カ国・地域中最下位と極めて低いことだ。

経営実務に関する評価の細目で、ビジネスのアジリティー(機敏さ)、ビジネスの環境変化の認識、環境変化への対応、意思決定におけるビッグデータとアナリティクス(分析)の活用、マネジャーのアントレプレナーシップ(起業家精神)など14項目中、実に5項目で日本は最下位だ。
経営実務を担うマネジャーに対する評価も芳しくない。シニアマネジャーの国際経験に関する重要性の認識や優秀さでも日本は最下位だ。新しい資本主義の担い手として重要なこの層のレベルアップは喫緊の課題だ。こうした日本の弱点が改善され、せめて世界平均に並べば、日本の世界競争力ランキングは34位から20位に上がるとみられる。

次々と予想もしない変化が起きる中で、ビジネスリーダーにはデジタルスキル以外にも新しいスキルが求められる。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の22年調査によれば、調査対象企業の56%が教育投資を今まで以上に増やすと回答しているのもそのためだ。
常態化する危機のマネジメント、スピーディーな変化対応を実現するプロセスと組織能力の構築に並び、サステナビリティー(持続可能性)に関する教育への関心が高い。サステナビリティーの観点から、企業活動のあらゆる側面を変革しなければならないとの意識が世界的に高まっている。
日本企業も時代が要請する新しいスキルの教育に力を入れねばならない。18年の厚生労働省の「労働経済の分析」によれば、日本はスキルや学歴のミスマッチが経済協力開発機構(OECD)諸国の中で最も高い水準となっている。

そもそも日本企業の従業員教育に対する優先度は高くない。「労働経済の分析」によれば、国内総生産(GDP)に占める企業の能力開発費の割合を比べると、米国が2.1%、フランスが1.8%のほか、ドイツ、イタリア、英国が1%を超えるのに対し、日本は0.1%と突出して低い。
ただしそこにはもう一つ大きな発想の転換が必要になる。それは教育投資がもたらす可能性のある人材の流動化に関する発想だ。
バブル崩壊から約30年を経た今、日本がシニアマネジャーの国際経験で世界最下位になったという事実から目を背けてはならない。

国立公文書館「江戸城の事件簿」

2022年8月28日   岡本全勝

国立公文書館で、「江戸城の事件簿」という展示が行われています。面白いです。お勧めです。
赤穂浪士の原因となった松の廊下の刃傷は有名ですが、江戸城ではそれ以外にも、何度も大名たちが刀を振り回しています。切りつけた大名と切りつけられた大名はその後どのように処分されたか、居合わせた武士たちはどうしたか。
城内でいじめに遭った武士が、同僚に刃物を向けます。さて、その処分はいかに。
江戸城に迷い込んだ猫と犬がいたそうです。どうして入ることができたのでしょうね。では、それをどのように処理するか。これが大ごとです。そんな記録が残っているのです。

岡崎守恭著『大名左遷』(2022年8月、文春新書)を本屋で見つけたので、読みました。江戸時代に入って、各地の大名は、幕府から何かと名目をつけられて、改易(お取りつぶし)、転封(国替え)を命じられます。1代で5回も国替えを命じられた殿様もいます。私の故郷明日香村のお殿様は、高取藩植村公でした。司馬遼太郎さんの「おお大砲」にでてきます。その話と植村家も取り上げられています。

江戸城で刃傷沙汰を起こし、大名から転落した後、老中まで復活した水野家の話は、かつて、福留真紀著『名門水野家の復活―御曹司と婿養子が紡いだ100年』(2018年、新潮新書)を読んで、へえと思いました。