カテゴリー別アーカイブ: 自然科学

脳の働きと仕組み、推理の能力

乾敏郎・坂口豊著『脳の大統一理論ー自由エネルギー原理とは何か』(2020年、岩波科学ライブラリー)を書店で見かけて、読みました。難しいところ(自由エネルギー)は、飛ばしてです。なるほどねと納得するところがあり、脳の働きについてはまだほとんどわかっていないのだなというのが、読後感です。

自由エネルギーによる統一理論は、脳が推論をする(物を見て事物を認識するにしろ、コップを取るために筋肉の動かすにしろ、推論に基づいて行われています)際の方法を説明する理論です。私の理解では、「脳が推論する際には、最も省エネの方法で行う」です。これは納得できました。
他方で、まだこんなことしか、わかっていないのかとも思います。脳が細胞からできていることは周知の事実ですが、脳細胞・神経細胞を解剖しても、脳の働きはわかりません。でも、細胞はどのようにして、私たちの認識、判断、行動を生んでいるのでしょうね。

推論の方法で、次の説明が役に立ちました。私たちは、仮説を立て検証する方法として、帰納法と演繹法を学びました。もう一つの方法があります。仮説形成(仮説生成、アブダクション)です。脳はそれを使っているようです。
ウィキペディアの説明を借りると、
演繹は、仮定aと規則「a ならばbである」から結論bを導く。
帰納は、仮定aが結論bを伴ういくらかの事例を観察した結果として、規則「aならばbである」を蓋然的に推論する。
それに対し仮説形成は、結論 bに規則「aならばbである」を当てはめて仮定aを推論します。帰納が仮定と結論から規則を推論するのに対し、アブダクションは結論と規則から仮定を推論します。

私たちのふだんの行動や仕事は、この仮説形成ですよね。遠くから人を見てぼんやりとした姿から、「Aさんかな、Bさんかな」と推論します。そして近づいて、「やはりBさんだった」と確認します。
中学生の数学、因数分解の授業を思い出します。適当な数字を当てはめてみて、正解を探します。私は数学は演繹法だと思っていたので、解を見出すとき「(論理的に出てこないのに)なぜそのような解を思いつけばよいのですか」と先生に質問しました。田中先生は「直観サバンナ」と一言答えられました。当時、マツダ自動車の宣伝で「直観サバンナ」という表現が流行っていたのです。私は「へえ~」と感心し、納得しました。50年前の事ですが、よく覚えています。

仕事で案を思いついたとき、「なぜそのようなことを思いついたの?」と聞かれても、「ひらめいた」としか答えられないのです。帰納法でも演繹法でもありません。
もちろん、脳は無から有を生じませんから、いくつもある蓄積の中から、新しい事態に当てはまりやすい仮説を立てるのでしょう。いくつか仮説を立てることができるかどうか、そしてその仮説が当たっているかどうかは、その人の経験と能力によるのでしょう。私たちは日頃の仕事で、その能力を磨いています。

鎌田先生の力作、2

本の帯には、ゴーギャンの名画「我々はどこから来たのか。我々は何者なのか。我々はどこへ行くのか」が、3巻に分けて、カラーで印刷されています。それが、この3冊の内容を表しています。 心憎いですね。
なお、先生からは、「お忙しい方は、下巻の「長めのあとがき」から読み始めると良いかと思います。私が読書法で推奨している方法ですが、先に「あとがき」を読んで、概要・著者の人となり・本の成立などを知っておくと、本文を読破しやすいというノウハウです」との助言も来ています。
ええ、私も本を買うとき、あるいは買ったときは、表紙の次は、奥付を見て著者を確認し、次にまえがきとあとがき、そして目次を読みます。(2016年10月29日)

鎌田先生の力作、地球の歴史

鎌田浩毅・京都大学教授が、中公新書を一気に3冊も出版されました。「地球の歴史、上中下」(2016年、中公新書)です。これは、お勧めです。
1 宇宙の誕生から、地球の誕生、人類の誕生、さらには未来の地球まで、130億年を超える壮大な物語が、3冊の新書に要約されています。分厚い本、専門書はあるのでしょうが、これだけコンパクトな本は見当たりません。これだけで、お得です。
2 単に事実の羅列でなく、切れ味良い切り口で、宇宙の誕生、地球の誕生、大陸や大気の誕生と循環が説明されています(すみません、まだ上巻しか読んでいないので)。
先生の言によると、科学的ホーリズム(全体像)、長尺の目、歴史の不可逆性、現場主義の、4つの視点だそうです。
例えば、地球の誕生からの分化が、次のように図示されます(p113)。46億年前に火の玉地球から、45億年前の水惑星、そして陸・水惑星になり、25億年前に生命の惑星になり、1万年前から文明の惑星になります。まあ、その図を見てください。
3 地質学や古生物学が統合され、地球科学になりました。その後、地球だけでなく惑星を研究することで、地球惑星科学になります。天文学、物理学、科学、さらには分子生物学まで取り込んで、地球と生物の進化学になっているのです。
スケールと視野の広さ、そしてそんなところでつながっているのだという意外さに、びっくりします。 私流に理解すると、鍵となる概念は、時間と空間、分化と関連ですね。
4 私たちが学生時代に学んだことが、時代遅れになっています。科学によって、ここまでわかるようになったのかということは、驚きです。私たちが学生の頃は、地学はつまらない学問だと思っていました(失礼)。この本を読むと、わくわくしますよ。
5 随所に、「へ~」が現れます。地球が水球だということは知っていましたが、鉄の惑星だと知っていましたか。月があったことで、今の地球があることも。P波が縦波で、S波が横波ということは学びましたが、S波は物体がねじれるように伝わるので、液体や気体では伝わらないのだそうです。Pがprimaryの頭文字、 Sはsecondaryの頭文字だったのですね。習ったのかもしれませんが、忘れていました。な~んだ。
6 それにしても、よく一人で、これだけの幅広いことを書かれましたね。もちろん、それぞれの分野の知見を拾っておられるのですが、その範囲が半端ではありません。執筆に8年かかったそうです。納得します。
7 そして、いつものように、鎌田先生のわかりやすい語り口です。たくさんの図表がついています。それぞれに出典が書いてあり、先生がわかりやすいように改変しておられます。巻末には、索引と参考文献もついています。高校や大学の教科書になるでしょう。

先生はこれまでに、専門の火山学だけでなく、古典や勉強術まで、たくさんの本を書いておられます。でも、この3冊は間違いなく先生の代表作になるでしょう。「著者インタビュー」もお読みください。
ぜひ、今週末に本屋に行って、3冊買ってください。私も、今日も早々と風呂に入って、続きを読みますわ 。(2016年10月27日)

目標を立てることができる研究と、目標が経たない研究と

9月28日の朝日新聞オピニオン欄、本庶佑・京都大学名誉教授の「世紀の新薬、未来へ」「狙ってできないブレークスルー たくさん種まきを」から。
・・・政府の科学技術政策の司令塔である総合科学技術会議の議員だったとき、基礎研究の研究費はばらまきだと批判され、むしろ、ばらまかないとだめなんだと言いました。火星にロケットを飛ばすといった実現への計画を立てられるプロジェクトとは全く違うんです・・・

「目標すらわからないと」という問に。
・・・はい。ブレークスルー(飛躍的な進展)はデザインできません。つまり、ねらってできるものではないんです。とくに生命科学では、ある分野でわかったことが考えもしなかった分野とつながって重要な意味を持ってくる、ということもよくあります。どこをどうやったらいいか、だれにもわからない。「ここ掘れワンワン」というわけにはいかないんです。大切なのは、そういうチャンスをなるべく多く作ることです。
政府のプロジェクト施策のように、5年間で何かをやる、というのは間違っています。5年でできるとわかっていることはたいしたことない。種をいっぱいまかないと、どれが芽を出すか、わからないし、芽を出しても、枝が出るか、花が咲くか、さらには実がなるのか。基礎研究には幅広くたくさん投資することです。それが何万倍にもなって返ってきて、税収も増える。リターンは大きいんですから・・・(2016年10月1日)