9月10日の日経新聞経済教室、奧野正寛・東大名誉教授の「政策『先送り』今こそ脱却を」から。
・・一つの経済では、時間とともに、ある産業が成長し、代わりに別の産業が衰退する。その過程で衰退産業から成長産業に、ヒト・モノ・カネなどの資源が移動することが、経済が全体として成長するために必要である。しかし、資源が企業間・産業間で移動するには摩擦がつきまとう・・
そのような産業構造の転換に伴う一時的な失業問題を解決しようとする政策が、産業調整政策である。伝統的に産業調整政策は「積極的産業調整政策」と「消極的産業調整政策」に分けられてきた。これらに「環境整備政策」を加えるのが適切かもしれない。
「積極的産業調整政策」とは、成長産業に資源を誘致するため補助金などの政策援助をするものである。他方、「消極的産業調整政策」とは、衰退産業での雇用や資源利用を援助し、失業の痛みを減らそうとする政策である。「環境整備政策」とは、どの産業が成長産業であるかが分からなくとも、職業訓練などの求職者援助政策によって、資源の産業間移動を促進しようとする政策である・・
消極的産業調整政策は短期的に失業を抑えるプラスの側面がある一方、長期的には、成長産業への資源の移動を抑制し一国経済の経済成長を妨げるという問題を抱えている。日本経済の新陳代謝が妨げられ、潜在成長率が低迷している背後には、日本経済の構造調整を「先送り」させるこれらの政策的・制度的措置があると考えられる・・
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リーマン危機の大きさ
日経新聞「日曜に考える」は、先週9月1日から、「シリーズ検証、危機は去ったか、リーマン・ショック5年」が始まりました。世界経済を揺るがせたリーマン・ショック。まだ近過去のことなので、全体像を簡単に書いたものはないようです。
どのようにして起きたのか。それは記事をお読み頂くとして、出てくる数字の大きさに驚きます。破綻したリーマン・ブラザーズの負債総額は6,130億ドル(60兆円)。資本の32倍です。AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)の経営危機の原因となったCDS(クレジット・デフォルト・スワップ。倒産保険)は、取引規模(想定元本)で58兆ドル(5,800兆円)でアメリカGDPの4倍です。
うまくいっているときはよいですが、いったん信用がなくなると、とんでもないことになります。
情報の爆発を生かす
8月30日日経新聞経済教室は、坂田一郎・東大教授の「IT戦略を問う。高度な人材育成の強化を」でした。
ビッグデータへの期待が高まっています。しかし、期待とは異なり、情報の量と種類の増加に比べて、経済社会で活用されているのは、ごく一部にとどまっています。その背景にある、3つの壁を指摘しておられます。
1つは、技術と人材の不足です。2つめは、情報を有効に生かすビジネスモデルの企画構想力の不足。3つめは、情報の利活用を進めるための社会システムの不足です。
膨大な情報を活用できるかどうか。分析をする側に、それを使ってどのようなビジネスに生かすか、どのような社会問題を解決するかを的確に認識していないと、価値はありません。
「情報科学者の関心は技術に偏りがちであり、市場や課題を深く知る人材との間に溝がある」と、先生は指摘しています。
詳しくは、原文をお読みください。
日本は異質か
1991年のバブル崩壊から始まった、日本経済の低迷。それは、しばらくして「失われた10年」と呼ばれ、続いて「失われた20年」と呼ばれました。「日本が特別だ」と、内外の識者は指摘しがちです。しかし、広い視野から見ると、そんなに特別なことは起きていません。
1990年代後半からのデフレについて、諸外国は日本の対応を批判しました。しかし、現在は、欧米各国もまた、金融不安、低成長、失業に、日本以上に悩んでいます。ロバート・マッドセン、マサチューセッツ工科大学シニアフェローは、次のように指摘しています(「衰退する日米欧経済」フォーリン・アフェアーズ・リポート2013年1月号)。
・・数字だけをみれば、日本の国力(パワー)がこの失われた20年で低下したわけではない。経済規模は、1990年代初頭と比べて大きくなっているし、防衛力も、大規模な投資と着実な技術改善によって強化されている。
だが、パワーは相対的なものであり、(その強さをはかる)重要な基準は、他国の人々や政府を、自国が望ましいと考える行動をとるように説得する手段をもっているかどうかだ。この基準でみれば、日本の影響力は明らかに低下しているし、今後もこのトレンドは続くだろう。
だが、日本がこの点で特異なケースというわけではない。それどころか、日本の影響力の低下は欧米を含む先進世界の変化の前兆だったとさえみなせる。いまや、あらゆる先進諸国の立場と影響力が形骸化しつつある・・
1990年代末までには日本脅威論は姿を消し、欧米諸国は経済を再生できずにいる日本政府を批判するようになった。ここにおける大きな皮肉は、日本政府にさまざまな注文を付けてきた欧米諸国が、いまや、日本経済の後追いをしてしまっていることだ・・
日本の「失われた20年」の経験から、なにがしかの教訓を学んでいた各国の中央銀行と政府は、危機を前に積極果敢な金融政策と財政政策を実施し、「自分たちは日本の二の舞にはならない」というメッセージを市場に送った。
だが、欧米の当局者の考えは甘かった。結局のところ、欧米経済がこの5年間で経験してきたことは、1990年代の日本の経験と非常に似ている・・
1991年から20年間続く、日本の経済低迷。そこには、2つの要素がありました。一つは、前半に起きた日本独自のもの、もう一つは後半に起きている先進国共通のものです。
日本独自のものとは、追いつき型経済成長の終焉です。欧米先進諸国を目標に、最先端の技術を輸入し、より安い賃金と優秀な技術力で、世界を席巻しました。しかし、先進諸国に追いつき追い抜いた時点で、このモデルは通用しなくなります。1990年代、時あたかも、アジアの各国が、30~40年前に日本がたどった道を急速に追いかけてきました。それまでの成功が大きかっただけに、急停止との差も大きかったのです。バブルの生成と崩壊が、この変化を増幅しました。
これら新興国が、もっと早くに日本型経済成長路線を歩んでいたら、日本の一人勝ちはなく、日本特異論は起きなかったでしょう。かつて日本企業が、欧米のカメラ、時計、電器、鉄鋼などの産業をなぎ倒したように、アジア各国特に韓国、台湾、中国の企業が、日本の産業をなぎ倒しています。でも、この半世紀の世界経済の歴史から見ると、特異な光景ではありません。歴史は繰り返される、です。日本独自と言いましたが、アジアの新興国が日本の道をたどっている以上、早晩、これらの国も、日本の1990年代と同じことを経験するでしょう。日本独自というのは、この時期に日本だけが経験したという意味です。
他方、先進国共通のものは、つぎのようなものです。経済の成熟、成長の鈍化、新興国の追い上げ、グローバル化、国内での高齢化と社会保障費の増大などに悩まされ、多くの国で経済が低迷しています。日本の低成長とデフレを批判した諸外国が、日本以上に低成長や失業の増大に悩んでいます(グローバル化と国家の役割)。日本は、先進国が経験したことのないデフレに悩みました。処方箋が、経済学の教科書に載っていないのです。日本が世界とは切り離された独自の世界で、独自のことを行っているのではありません。グローバル化した世界経済の中で、悩んでいたのです。日本の悩みは、世界共通の要素があったのです。
メーカーの利益、小売店の利益、消費者の利益
日経新聞連載「経済史を歩く」8月11日は、「新宿カメラ戦争(1975年)、もう一つの流通革命」でした。
東京新宿を舞台に1970年代後半、カメラ専門店が、激烈な安売り競争を広げました。それは、現在の家電量販店の競争「新宿家電戦争」に続いています。
・・「ライバルとの競争もあったが、メーカーとの戦いが厳しかった」。ヨドバシ社長の藤沢昭和は振り返る。
ヨドバシの当初の仕入れ先は、各地の二次問屋やブローカー。手形決済が主流だったカメラの流通市場で、現金を早く手にしたい問屋や小売店が横流しした商品を「現金即日払い」でかき集めた。
メーカーが価格を統制し、利幅の厚い商売だった当時のカメラ業界で、ヨドバシの安売りは蛮行と映った。メーカーは一般小売店の抗議と価格維持を理由に、ヨドバシへの商品供給を拒む。「社員を順番にヨドバシに行かせて、店頭の自社製品を買い占めた。製造番号から仕入れ先を突き止め、圧力もかけた」。あるメーカーOBの証言だ。
結局は、大量販売と現金決済の前に、メーカーは屈した。夜中にこっそり搬入したり、ダミーの問屋を経由したりしながら、ヨドバシへの商品供給は膨らんでいく。1980年ごろまでには、主なメーカーとの直接取引が実現した。
オリンパスでカメラ事業を率いた小島佑介は「消費者の支持で食べているのだからメーカーの言うことを聞く必要はない、というのがヨドバシの主張。それは正論だった」と話す・・