カテゴリーアーカイブ:社会と政治

人材の鎖国

2011年12月4日   岡本全勝

12月3日の日経新聞の特集「ニッポンの企業力」は、日本企業の人材に関して、鎖国状態にあることを取り上げていました。高度な外国人の活用が、先進国の中で最下位なのだそうです。高等教育を受けた居住者のうち、国外から流入した外国人が占める割合は、0.7%。オーストラリアは29%、欧米主要国は10%台です。外から来る外国人に門戸を閉ざすだけでなく、外に向かっても行かない。日本人留学生の減少は、既に指摘されています。
これは、日本が高等教育や研究を、日本人だけでまかなえることができることをも意味しています。明治以来、お雇い外国人を日本人に置き換え、先進技術を輸入し、日本語で教えることができるようになったのです。大学教育、大学院教育を、自国語で行える国は少ないです(英語、フランス語、ドイツ語などを除く)。これは、大したことでしょう。
しかし、20世紀末からのグローバル化で見えたことは、鎖国状態の繁栄は難しくなったということです。技術を輸入・翻訳し、工業製品を輸出して稼ぐとともに豊かな生活を享受する。このモデルが、世界市場で勝ち残れなくなりました。
このページでも書いているように、それは企業だけでなく、政治行政の分野、社会科学系の研究教育分野でも、迫られていることだと思います。自然科学の研究者、いくつかの分野のスポーツ選手は、すでに海外でも活躍しています。そのほかの分野でも、勝負の土俵が国内から世界になったということでしょう。

続・法律の輸出

2011年10月19日   岡本全勝

(続・法律の輸出)
先日、日本が明治維新の際に、ヨーロッパから法律を輸入しながら、その後、輸出をしなかったことを書きました(10月8日の記事)。このページでは、かつて「社会の制度・インフラの輸出」を書いたこともあります(2011年1月10日)。
政府のインターネットテレビが、アジア各国に対する法制度整備支援を、紹介しています。少し役人らしい言葉遣いもあり、分かりにくい点もありますが、あまり知られていないことなので、ご覧ください。

日本の家を輸出する

2011年10月18日   岡本全勝

10月9日の日経新聞文化欄に、原研哉さんが「日本の家を輸出する」を書いておられました(古くなってすみません)。
・・日本の家を輸出する。こう言うと、狭くて画一的な住居が世界の人々の興味を引くのだろうかと、怪訝に思われるかもしれない。
しかし、玄関で靴を脱ぐ暮らし方は、身体と環境が直ちに触れあい対話する未来型住環境として大きな可能性を持っている。また、住空間を自分の暮らしに合わせて自在に作り直そうという今日の機運は、日本の伝統とハイテクを掛け合わせた新たな住環境の出現を予感させるのである。
・・風呂やトイレなど生活機器については、繊細・丁寧・緻密・簡潔を旨とする日本の美意識が、これをさらに進化させるだろう。シャワー付き便座もクリーム状の泡風呂も、清潔・爽快な住環境の高度化を加速しそうである。
・・お隣の中国は都市化が加速し、旺盛な住宅建設に沸き返っている。しかし出来上がる集合住宅は、まだまだ粗い。ここに、未来型の日本の「家」を持ち込めばどうなるか・・
ものづくりは今日、アジア全域に広がり、単体の家電を独占的に輸出する時代は、終焉を迎えつつある。日本の資源は石油や鉱物ではなく、「美意識」である。千数百年の伝統を持つ生活文化大国として、いかなる産業ヴィジョンを見出し、世界にどんな価値を提供できるかが、今まさに問われている・・

なるほど。私は、家は各民族の文化の結晶であり、そう簡単に輸出や輸入はできないと考えていました。畳にしろお風呂にしろ。しかし、現在の集合住宅(アパートやマンション)を考えれば、日本の最先端の住宅は、輸出するだけの価値はありますね。それは、電化製品などとセットになった、住みよい空間です。ものを単体で輸出するのではなく、セットで輸出する。その際に、家は良いパッケージでしょう。
日本の伝統的民家を輸出することは、難しいでしょう。日本の都会でも建てることは、庶民には困難です。しかし、現在の日本のマンションや一戸建ては、狭い中に工夫をして、住み良さを追求しています。安全であり、快適です。欧米の大邸宅とは違った良さがあります。車で言えば、大型のアメ車(これも古い言葉になりました)と違う、コンパクトだけど運転性能と居住性に優れた日本車です。
欧米の建築を輸入するとか、大きなビルや記念碑的建物を設計することも重要ですが、日本の家を輸出することは、重要な戦略です。日本は、輸入と模倣、国内での成熟の時代を過ぎ、輸出の時代に入っています。どの程度、日本の家が輸出されているのでしょうか。建築家とハウスメーカーの奮起を、期待したいです。

法律の改正と法律の輸出。自信が遅れを作る

2011年10月8日   岡本全勝

内田貴著『民法改正―契約のルールが百年ぶりに変わる』(2011年、ちくま新書)が、勉強になります。現在進められている民法(契約法の部分)の大改正作業についての本ですが、最初に、民法とはどのような役割を果たしているか、社会における機能をわかりやすく解説してあります。経済と法、社会と法という観点から、民法をとらえています。大学生の時にこの本を読んでいたら、もっと頭に入ったのに。
詳しくは本を読んでもらうとして、ここでは、日本の民法が100年間も大きな改正なしに来たことや、輸出しなかったこと、国際共通化に遅れたことを、取り上げます。

契約法は、市民社会での取引を支えるインフラです。市場や国家が統合されると、あるいは統合する際に、民法典が定められることになります。ナポレオン法典、プロイセンドイツ、明治民法典です。経済のグローバル化が進むと、各国の契約法の共通化が必要になります。今、世界は、その時期を迎えています。

フランス民法典やドイツ民法典は、世界に輸出されました。明治日本も、ドイツ民法を輸入しました。しかし、日本はその後、日本民法の輸出に熱心ではありませんでした。最近は東南アジアで、法典作成のお手伝いをしていますが。
そして、国際取引法(ウィーン売買条約)の批准も遅れました。日本人法学者が事務局長を務めたのに、日本の大企業は、不要だと主張したそうです。
国際条約、契約法の国際標準化は、経済のインフラです。その作業に参加し、日本の主張を取り入れさせるか、他国がつくった制度を輸入する=従うか。日本企業にとっても、大きな違いです。
成功した組織が、新しい改革に乗り遅れる例ですね。民法典を100年間改正しなかったことも、法学界の内弁慶の表れでしょう。

科学者の行政への助言

2011年8月21日   岡本全勝

8月18日の日経新聞経済教室に、吉川弘之東大元学長が、原発事故をめぐる科学者の役割について、「科学、統合的知性の創造を」を書いておられました。
・・3月11日以降、新聞、テレビには多くの専門科学者が登場したが、その解説の内容は一致せず多様であった。これらの科学者の解説努力の結果は、一般の人々の不安を増大することとなった。
さらに問題なのは、事故対応の行動者に対する科学者の助言である。行動者とは、事故現場で働く作業者、作業指示者、電力企業、機器企業、自治体、政府などであり、その決定と行動が、原発事故の進行や地域の人々の避難などに影響を与える。行動者の行動が事故の収束に有効なものであるために、原子力発電に固有の専門的知識を持つ科学者の知識を結集する助言が必要だったはずである・・
科学者の助言には、工学研究者が企業技術者に行うような同じ領域内での専門的助言と、行政への助言のように専門内にとどまらない公的決定に対する社会的助言という2つの場合がある。原発事故への助言は社会的助言である・・
この社会的助言は「独立で、偏りがなく、そしてどの学派も代表しない」という中立的助言でなければならないとの考え方が、欧米では定着してきている。これは欧米において生命倫理、遺伝子組み換え食品、BSE(牛海綿状脳症)などの困難な経験を通じて、科学アカデミーと社会との間で合意に到達したルールである。もし上記の考えに従わず、一人ひとりの科学者が自己の考えをそのまま助言すれば、学会の中での学問上の対立が社会に持ち込まれて、社会的紛争を拡大してしまう。
わが国でも、公害、薬害、食品衛生、干拓、ダム建設などにおける科学者間の解釈の違いが政策決定の差異を強化して社会的紛争を激化させ、被害や社会的損失を拡大してしまった例が多くあるが、残念ながらこれらから学ぶことがなかった・・

先生は、さらにいくつも重要な論点を、指摘しておられます。原文をお読みください。