カテゴリーアーカイブ:歴史

福井ひとし氏の公文書徘徊9

2026年1月6日   岡本全勝

『アジア時報』1月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第9回「謹賀新年ー公文書の中のお正月」が載りました。

「明治元年にお正月はあったのか?」(孝明天皇が亡くなられたことによる明治改元は9月8日です。正月はまだ慶応4年だったはず)から始まります。
新政府ができて、官庁や官吏はどのようにして新年を迎えるのか。悩ましかったようです。
その後の、年賀状の扱い、新年一般参賀などの歴史が語られています。いつものとこながら、よく調べてありますね。宮内庁の資料まで。絵はわかりやすいです。
「へえ」と思うことがたくさん載っています。ご一読をお勧めします。無料でインターネットで読めることは、うれしいですね。

サッチャー改革の見直し

2025年12月27日   岡本全勝

12月19日の朝日新聞オピニオン欄、長谷川貴彦・北海道大学教授の「サッチャー改革という物語」から。詳しくは原文をお読みください。現在連載「公共を創る」で「新自由主義的改革の代償」を書いています。成熟社会において新自由主義的改革だけでは社会は良くならないことを述べているのですが、その主張に通じるところがあります。サッチャー首相については、池本大輔著「サッチャー-「鉄の女」の実像」(2025年10月、中公新書)が出ました。これも読んだのですが、紹介は別の機会にします。

・・・高市早苗首相が「憧れの人」と公言し、再び注目された英国のマーガレット・サッチャー元首相。サッチャー氏による新自由主義改革が、戦後の福祉国家がもたらした「衰退」を打開した――。そう語られてきた「常識」の見直しが進んでいる。その背景と今日への示唆とは。歴史学者の長谷川貴彦さんに聞いた・・・

――戦後英国史の「常識」が見直されているそうですね。
「まずその『常識』について確認しましょう。第2次世界大戦後、英国では労働党政権によって福祉国家が確立され、国民は『ゆりかごから墓場まで』と称された社会保障を享受した。しかし1970年代に入ると、それが経済的な非効率や硬直性をもたらし、深刻な衰退を招いた。袋小路に陥った英国に登場し、危機から救ったのが、79年就任のサッチャー首相による新自由主義改革だった――。そうした『成功物語』です」
「今でも繰り返し語られる物語で、多くの人の頭に染み込んでいるのではないでしょうか」

――それが、近年どのように見直されているのですか。
「2008年のリーマン・ショック、16年のブレグジット(英国の欧州連合離脱)と米大統領選の衝撃を経て、17年にロンドンで開かれた研究集会『英国のネオリベラリズム再考』以降に、再検討が進みました」
「『常識』は、二つの物語から構成されています。一つ目が、戦後の社会民主主義、福祉国家、ケインズ主義は『失敗』であり、その結果、『衰退』がもたらされたという認識です」
「二つ目は、新自由主義の政策的な『成功』という物語です。サッチャー政権は個人の自由を基礎に、国有企業の民営化や労働組合への規制強化、金融市場の自由化などを断行し、それにより英国は景気循環から解放され、持続的な経済成長を成し遂げたというものです」

――まず「衰退」の物語は?
「当時の政治家やジャーナリズムは『衰退』の物語を強調しましたが、経済は70年代にかけて成長していた。生活水準も向上しており、歴史家ジム・トムリンソンは、むしろこの時代を、経済成長を遂げた黄金時代の一部と捉えています」
「さらにトムリンソンは、英国が経験していたのは『衰退』ではなく、『脱産業化』であるとも言っています。経済の構造変化を捉える重要な視点です」

――脱産業化とは。
「英国は19世紀に世界で最も早く工業化を達成し、20世紀後半には他国に先駆けて脱工業化の道を歩み始めました。70年代に本格化するこの現象では、従来の基幹産業だった鉄鋼業や造船業などが競争力を失って製造業の拠点が海外に移り、経済の主軸が金融サービスなどの第3次産業へと移りました」
「これにより、基幹産業で働いていた労働者たちが、職を失ったり、より賃金の低いサービス業に移らざるを得なくなったりした。人々の皮膚感覚としても、『衰退』として認識されやすかったでしょう」
「だが、これは後に多くの先進国も体験する構造転換だった。なのにそれを労働組合の存在や公共部門の拡大が招いた『衰退』とするのは、福祉国家の『失敗』を強調したい人々によるイデオロギー的な虚構であり、それが実態を見る際の阻害要因になってきた、と指摘されるようになりました」

――「衰退」の部分が再検討されれば、おのずと「新自由主義」の見方も変わりそうです。
「その通りです。事実、新自由主義の『成功物語』も再検討されています。新自由主義の英国版がサッチャリズムですが、その改革は、実は戦後の福祉国家が築いたストックや遺産を前提として成立したという評価が有力です」
「例えば、サッチャー政権は『資産を所有することで、個人の自立を促し社会を安定化させる』との考えで、公営住宅の個人への売却を進めましたが、公営住宅を大量に建設したのは福祉国家の時代でした。脱産業化で膨れあがった失業者を支えたセーフティーネットも、福祉国家時代の政策によるものでした」
「つまり、前の時代に蓄積された社会インフラや制度のストックがなければ、サッチャリズムの『改革』による生活への打撃はより深刻なものになっていたでしょう。この観点からすれば、新自由主義の『成功』は、福祉国家の遺産に寄生していたことになり、その持続可能性に疑問符がつけられています」

福井ひとし氏の公文書徘徊8

2025年12月25日   岡本全勝

『アジア時報』12月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第8回「「撃ちてし止まむ」情報局」が載りました。

戦前の内閣の情報機関についての記録です。内閣に置かれた、「内閣情報部」や「情報局」です。国内外の情報収集・活用を行うインテリジェンス機関で、戦時中に国策の宣伝や刊行物等の検閲を行っていました。戦後は、現在の「内閣調査室」に引き継がれたようです。
仕事の性質上、どのようなことをしていたか(現在も何をしているのか)、詳しいことは公表されていません。戦前の文書のほとんどは、敗戦時に焼かれたのでしょう。81ページには、国策紙芝居を、毎日1ヶ月間燃やし続けたとの話も載っています。

今回の記事は、残っている文書を元に、どのような経緯でこのような組織が作られたか、どのような活動をしていたかをたどります。官庁の組織なので、そこは記録が残るのです。
主な活動は、対外的なスパイ活動ではなく、国内の情報収集と思想誘導だったようです。

「撃ちてし止まむ」というセリフは、私が子どもの頃によく聞きました。私は1955年生まれ、戦後10年で生まれましたから、戦争はつい先日のことだったのです。パチンコ屋からは、軍艦マーチが流れていました。最近はどうなっているのでしょうか。
「愛国行進曲」が、内閣情報部の発案で募集されたことを知りました。知恵ものがいたのですね。この歌も、よく聞きました。若い人は知らないでしょうね。

福井ひとし氏の公文書徘徊7

2025年11月5日   岡本全勝

『アジア時報』11月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第7回「楽園は何処いずこに―戦前の科学技術政策」が載りました。ウェッブで読むことができます。

今回は、10月に2人の方がノーベル賞を受けられたことにあわせて、戦前の科学技術政策についてです。
日本のノーベル賞受賞第1号の湯川秀樹博士と、第2号の朝永振一郎博士が、旧制中学から大学卒業後まで、京都で同じ学校で学んでいたのです。
今回も、いろんな話が載っています。なかなか、知ることができない話です。

明治の初めに、欧米から最先端の科学技術を輸入することに努めました。御雇外国人を迎えることや留学生を送ることでです。その後の科学技術の振興については、知られていません。世界を相手に戦う(それ自体は間違いですが)軍事技術を持つためには、それを支える科学技術が育っている必要があります。政府や大学が、努力したのでしょうね。

西洋優位の根拠が失われた末に

2025年10月18日   岡本全勝

9月28日の読売新聞「あすへの考」、イアン・モリス・スタンフォード大学教授の「揺らぐ米欧「民主主義は最良か」」から。

・・・西洋は19世紀半ば以降、世界を支配し、欧米の白人男性であれば凡庸であっても快適な生活が送れた。しかし21世紀に入り、中国が強大な「世界の工場」になったことで、米国でも製造業の白人労働者らが困窮する事態に陥った。トランプ陣営の標語は、白人男性らの悲痛な叫びでもあるのです。
西洋は西洋が世界を支配する根拠は、紀元前5世紀の都市国家アテネの民主制に象徴される、古典古代文明の卓越にあると主張してきた。ところが第2次大戦後、敗戦国の日本が高度成長を遂げて西欧を追い抜き、世界一の米国に迫る状況が発生する。西洋優位の鍵が古典古代の「卓越」とする限り、日本の躍進は説明できない。西洋優位の根拠が失われたのです・・・

・・・東洋に先んじた理由は古典古代の「卓越」ではなく、地理的条件だ。農耕で先行した約2000年の「時間差」をもとに西洋は西暦6世紀までは優位を維持した。
6世紀中頃、ペストが東西世界で猛威をふるいます。いち早く復興したのは東洋(中国)です。隋の時代の7世紀に運河を整備します。それ以前の世界の主役はローマ帝国で、地中海交易で繁栄した。隋の運河系統は私に言わせれば「中国の地中海」。それを動脈として中国は発展し、以後1200年ほど東洋(中国)が西洋に対して優位を保ち続けます。
・・・世界の交易の主舞台は「海」から「大洋」に移ります。ただ明は対外交易を制限する。中華帝国は既に豊かであり、西欧やアフリカと交易しても大きな利益は望めないと判断した。これが再度の優位逆転をもたらすことになります。
中国から学んだ西洋で大型帆船が建造され、大西洋を渡った先の南北アメリカが新たな富の源泉になる。産業革命を起こした英国が大洋を支配し、北米を中心に植民地を広げ、グローバル化を推進します・・・

・・・私は2010年に、「2103年に東洋は西洋をしのぐ」という説を公表しました。私なりの「社会発展指数」を尺度とした予測で、東西の世界がそれぞれ従来の歩みを続けるのが前提でした。その後の15年の間に不測の出来事が起きました。英国のEU離脱、トランプ大統領の登場、民主主義の後退、ロシアのウクライナ侵略、AI(人工知能)革命などです。
国民国家を枠組みとする近代民主主義は2世紀以上続いてきた。国家経営上、有効だったからです。米欧の民主主義陣営は第1次大戦、第2次大戦、対ソ冷戦にそれぞれ勝利しました。
しかし、米中対立の時代を迎え、米欧で「民主主義は今日も最良の統治制度なのか」「多数決に縛られることなく、強力な為政者が政策を断行する方が有効ではないのか」との自問が続いています。ポピュリズムの台頭やトランプ現象はその表れでもある・・・