カテゴリーアーカイブ:歴史

辞書の価値の下落2

2026年7月23日   岡本全勝

「辞書の価値の下落1」の続き、諸橋大漢和についてです。
漢文に詳しい肝冷斎に聞くと、次のような返事がありました。
・・・諸橋大漢和は、まさに10年ぐらい前に値崩れして、今は索引付き3000円です。確かに私もお世話にならなくなりました。中国古典の作者・登場人物名を引けば、ほとんど出てくるすごい本だったんですが、今ではネット(中国の百度などを使えば)で同じ情報がとれます。もう20世紀型の知性は終わったのだ、としみじみ感じます・・・
同感です。古典漢文を学んだ知識人たちも、 明治維新後に 洋学が広がって、同じような感慨を持ったのでしょうね。

百科事典も、古本屋が引き取ってくれないと聞きました。
中学生の時に、母が販売員にそそのかされ、「Encyclopedia Americana」を買ってくれました。子ども向けの英語の百科事典もついていました。とても高価で、よく買ってくれたと思いました。30巻が本棚に並んだ姿は、圧巻でした。アメリカの州やケネディなど有名人の項を読んだことを覚えています。知的な興奮を覚えました。
しかし、中学生・高校生では使うこともなく(その前に日本を勉強することが必要でした)、実家に置いたままだったので、その後は見ることもありませんでした。
インターネットでみると、4000円の値がついています。古くなった百科事典を買う人がいるのかなあ。
「Encyclopedia Americana」は、紙はなくなり、オンラインで提供されているようです。

国語辞典も英和辞典も、引くことがなくなりました。インターネットで調べる方が、簡単ですから。しかし、子どもの学習という観点からは、それでよいのでしょうか。小辞典や中辞典を見て、「世の中にはこれだけも知らなければならないことがあるのだ」(決してすべてを覚えることはありませんが)という驚き、目当ての単語に行き着くまでに見る、あるいはその周辺に載っている単語を見る楽しさ。「知図」の意義です。

辞書の価値の下落1

2026年7月22日   岡本全勝

福林靖博さんの「わが実家「蔵書放出祭」始末記」(2015年2月19日)は、本好きな福林さんが本を処分した話です。実家に本を預けていたのですが、実家を売却することになり処分せざるを得なくなります。知人や近所の人に引き取ってもらい、最後は古本屋に来てもらいます。
私の「少し古本を処分14」と同様、同じ境遇の人にとっては涙なしには読めません。ただし私のは、ぼやきと実況中継ですが、福林さんの文章は、格調高い随筆となっています。お読みください。

最後の部分で古本屋とのやりとりが書かれ、次のような記述があります。
・・・意外だったのは、『大漢和辞典』の買い取りを、「値段はつけられないので、せっかくですからお手元に残されては」と、やんわりと断られてしまったこと。最近は需要も少なく、また欲しい人は既に持っていることが多いので、箱入りでもない限り引き取っても売れないのだという・・・

『大漢和辞典』通称「諸橋大漢和」は、私たちにとっては、偉大な漢字の殿堂でした。判型は異なりますが、広辞苑が13冊並んでいると想像してください。それが、誰も引き取ってくれないのです。
「諸橋大漢和」には、とんでもない労力が費やされています。「完成までに数十年に及ぶ歳月を経ている(鈴木が依頼した1925年から初版刊行の1960年まで35年、諸橋が遺嘱した補巻刊行の2000年まで75年)」。しかもできあがった印刷用の原版が、空襲で燃えてしまいます。
この項続く。

10年前の方が今より生きやすかった?

2026年7月19日   岡本全勝

6月28日の朝日新聞に「10年前といま、どちらの時代が生きやすい?」が載っていました。2389人の回答です。

・・・ここのところ、インターネット上では「2016年」が一つのブームになっているようです。10年前に撮った写真をSNSに上げたり、当時のファッションを模してみたり……。振り返ると、この10年で社会があまりに大きく変わっていることに驚かされます。10年前といま、あなたはどちらの時代が生きやすいと思いますか?・・・

結果は、「10年前」の方が生きやすかったと考えている人が79%で、「いま」と答えた人21%を大きく上回っています。
昔がよった理由は、物価や生活費が安かった。国際関係の不安が少なかった。異常気象の影響が少なかった。SNS空間が穏やかだったなどです。
今がよい理由は、様々な情報を簡単に得られる。多様な価値観が尊重される。AIで様々なことができるなどです。

インテレクチュアル・ヒストリー

2026年7月18日   岡本全勝

リチャード・ワットモア著『入門 インテレクチュアル・ヒストリー ケンブリッジ学派の視点』(2026年、中公選書)を読みました。
インテレクチュアル・ヒストリーとは、聞き慣れない言葉です。本書の解説や、インターネットなどで調べましたが、いまいちよくわかりません。ウィキペディアの次の説明が、まだわかりやすいでしょうか。
・・・「知の営み」についての歴史学のこと・・・「過去の政治」をおもな研究対象としていた旧来の歴史学への批判として・・・その後1930年代まで、同時期に胎動していた社会史とともに「ソーシャル=インテレクチュアル・ヒストリー」(Social and Intellectual history) と呼ばれる講義が、アメリカの各地の大学で採用されるようになった。当時のインテレクチュアル・ヒストリーの旗手たちは、ドイツの歴史学の影響を受けており、ヘーゲル学派の流れをくむエルンスト・カッシーラーらのように「時代精神」(Zeitgeist) を把握することを目標として掲げていた・・・

いろいろとインテレクチュアル・ヒストリーについて説明してあるのですが、なかなか理解できません。ほかの歴史学と何が違うのか、あるいはどのような歴史学を敵としているのか、それを1行で説明してくださると、門外漢にはわかりやすいのですが。内包を深掘りするのではなく、外延を示してほしいです。「歴史の見方の変化」

同じ著者の『入門 政治思想史』(2025年、中公選書)も読んだのですが、こちらはさらにピンと来ませんでした。内容が悪いのではなく、私の関心とズレていたようです。二つの本とも、すらすらとは読めませんでした。翻訳であること、たぶん原文も私たちになじみがないイギリス流の言い回しであろうこと、そして私が著者の持つ背景を十分理解していないことが、読みにくい原因にあると思われます。

福井ひとし氏の公文書徘徊14

2026年7月3日   岡本全勝

『アジア時報』7・8月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第14回「一五日あったらどう使う?─官吏暑中休暇のてんまつ」が載りました。今回は役人の夏季休暇についてです。

明治6年の公文書には、奏任(官)以上は15日以内、判任(官)以下は5日以内の夏休みを与えると書かれています。奏任官、判任官、そして雇の区分については、本文をお読みください。夏目漱石の「坊ちゃん」を引用した説明があります。
また8月中は8時出勤、12時退出とされています。結構、働いていませんね。現在より暑くなかったのに。もっとも、冷房もなかったです。
私が採用されたときに、事務室に冷房はあったのかなあ。いつ頃、冷房が入ったのでしょうか。後に残業していると、冷房が切られ、暑くなった記憶はあります。地下鉄に冷房が入ったのは、まだ最近です。とてもムシムシしたことは覚えています。

大正11年に、季節ごとに変動した勤務時間を統一します。平日9時~16時、夏は8時~15時。土曜日は9時~15時、夏は8時~12時。その決定に官僚から反対意見が出て、それも記録されています。

あとは本文をお読みください。戦前とつい最近まで、官僚は無定量の勤務が期待されていました。これらの勤務時間の規定と「無定量」との関係、そして勤務実態はどうだったのか。知りたいです。
脱線すると、天下国家を考えることと、労働を時間で売る(測る)ことは、整合性がとれません。経営者や学者にとっての勤務時間と同じかもしれません。