カテゴリー別アーカイブ: 歴史

戦後はいつ終わるか

5月18日の肝冷斎「むかしむかしのこと」は、中国の明の時代の話ですが、末尾に次のような文章があります。
・・・中公新書の「中曽根康弘」を読んでいるんですが、中曽根さんが総理になったのは昭和57年(1982)だったそうです。それからもう四十年経ちました。中曽根さんが「戦後政治の総決算」と言ってた「戦後」がその時までで37年間だったので、それよりも今までの方が長くなってしまったのだ・・・

指摘されて、驚きました。確かにそうですね。
私は、若いときは戦後を区切るとしたら、1970年の大阪万博(日本が経済成長をして先進国の仲間入りをした時点)であり、1973年の石油危機(高度成長が終わった時点)だと考えていました。最近は、1991年のバブル崩壊が区切りだと考えています。「経済成長の軌跡
戦後は既に77年です。沖縄が返還されて50年になりましたが、アメリカ占領下が27年ですから、その2倍近くの時間が経ちました。

戦後77年の転換点を1991年だとすると、1945年からは46年間、2022年までは31年間です。時間的に中間点とはいえませんが、それに近いのです。
さて問題は、いつになったら「戦後は終わった」と言えるかです。それを連載「公共を創る」で考えています。

合羽王ユーグ・カペー

日経新聞連載、佐藤賢一さんの「王の綽名」、4月30日は「合羽王 フランス王ユーグ」でした。「青歯王 デンマーク王ハーラル1世

ユーグ・カペーは、フランス史で習います。カペーは、カッパのことだったのですね。日本語のカッパは、ポルトガル語から来ていますが、元は同じです。家名はロベールなので、本名はユーグ・ロベールなのです。

本人はぱっとしない王様だったようですが、子孫はカペー朝、ヴァロア朝、ブルボン朝と、800年も続いたのです。
フランス革命でルイ16世が廃位されたあとは、ルイ・カペーと呼ばれたのだそうです。へえ・・。

青歯王 デンマーク王ハーラル1世

日曜日の日経新聞に佐藤賢一さんが「王の綽名」を連載しておられます。ヨーロッパの王様のあだなの由来を説明しています。変な(?)あだ名もあって、興味深いです。

4月16日は「青歯王 デンマーク王ハーラル1世」でした。
詳しくは原文をお読みいただくとして。英語では、ブルートゥースになります。そうです、パソコンなどで使う無線通信の規格です。
この王様が、デンマーク王でありつつ、ノルウェー王の地位を手に入れるのです。海に隔てられた二つの国を治める。そこから名づけられたそうです。なるほど。

伊藤俊一著「荘園」

伊藤俊一著『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』(2021年、中公新書)が、勉強になりました。

荘園は、学校で習いました。律令制の公地公民が、荘園によって浸食され、公家や寺社の経済・権力基盤になったこと。武士がそれを奪ったことなど。
本書では、そのような歴史的変化とともに、なぜ支配者が変わったか、現場ではどのような実態になっていたかを説明します。
京都や地方での権力争いだけを見ていては分からないこと、中央政界と地方の経済とが連動していることが分かります。面白いです。
これまで主流だった(中央)政治史は、つまらないです。この本は、中央政治との関係も抑えつつ、地域経済、暮らしなどの歴史と変化を説明してくれます。お勧めです。

第二の「危機の30年」

3月28日の朝日新聞オピニオン欄「記者解説」、三浦俊章・編集委員の「危機の30年とロシアの侵攻 冷戦後の失敗教訓に、秩序再構築を」から。

・・・政治と外交を取材してきた過去30年を振り返ると、行き先不明のジェットコースターに乗り続けてきたような気がする。
1989年にベルリンの壁が崩壊した後に東ドイツに入った。歓喜と未来への楽観があふれていた。西側は冷戦の「勝利」に酔い、市場経済と民主主義が世界を覆うと信じた。しかし、グローバル化は貧富の差を広げ、国家間対立は深まり、専制主義とポピュリズムが台頭した。そのあげくのウクライナ侵攻である。プーチン大統領は核の使用をちらつかせる。米ロの全面対決になりかねない。
20世紀には二つの世界大戦があった。両者の間はわずか20年。当初は平和な世界をつくろうと理想主義が盛り上がったが、経済恐慌を機に暗転、破局へと落ちていった。この時代は歴史家E・H・カーの名著にちなんで「危機の20年」と呼ばれる。我々もまた、冷戦終結以来の歩みを「危機の30年」としてとらえ直す必要がある・・・

・・・今日に至る「危機の30年」は三つの時期に分けられるだろう。
第1は、壁崩壊から世紀の変わり目までの「おごりと油断の時代」である。唯一の超大国となった米国の関心は経済に集中し、市場万能の新自由主義が全盛となった。第2次大戦の敗戦国ドイツ(西独)と日本は、米国の手厚い援助を得て、経済復興と民主化を実現した。しかしソ連の共産党体制が崩れたとき、民主化は既定路線だと米国は安心した。ロシアは過酷な市場原理に委ねられ、富が新興財閥に集中し、経済は崩壊した。民主化にも失敗し、旧ソ連の保安機関KGB出身のプーチン氏の体制が生まれた。

第2の時期への転機には、ワシントン特派員として遭遇した。2001年の同時多発テロで、米外交の優先課題は一変した。だがそれは「一極崩壊の時代」の始まりだった。力で世界をつくりかえられると過信したブッシュ政権は、アフガニスタン、イラクへの戦争を始め、泥沼に陥った。市場原理万能の経済は08年のリーマン危機を引き起こし、こちらも壁にぶつかった。

第3の時期は、10年代以降の「専制と分断の時代」である。米国の混迷とグローバル化の失敗を見たロシアと中国の指導者は、専制的支配を強めた。西側民主主義国でも、移民への敵意や格差の拡大から、ポピュリズムが広まった。英国は欧州連合(EU)離脱を決め、米国には社会の分断をあおるトランプ大統領が生まれた・・・