カテゴリーアーカイブ:生き様

ハナミズキとヤマボウシの実

2020年10月17日   岡本全勝

散歩していると、街路樹や公園の木々で季節が変わったなあと感じます。ハナミズキが、小さな赤い実をたくさんつけています。山桃の実のようなやや大きめの実は何かなと調べたら、ヤマボウシでした。この二つは、花(がく)はよく似ているのですが、実は全く違います。

ところで、わが家のアサガオは、10月半ばを過ぎても、まだ花を咲かせています。さすがに、やや小ぶりの花ですが。なかなか、プランターを片付けることができません。

朝日新聞「官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で」

2020年10月11日   岡本全勝

朝日新聞ニュースレター「アナザーノート」で、取り上げられました。「官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で 」(10月11日配信。秋山訓子編集委員執筆)。
・・・発足したての菅政権についての多くのニュースが新聞を埋めていた9月19日、紙面の片隅にひっそりと小さな記事が載った。
福島復興再生総局事務局長の岡本全勝氏(65)が退任――。2011年以来9年半、東日本大震災の復興に取り組んできた末のことだった・・・ 

私と大震災復興の始まり、復興でのNPOとの出会いと協働などが書かれています。帽子の話は、本論と関係ないと思うのですが(苦笑)。記事の最後は、次のように締めくくられています。

・・・2015年、岡本氏は復興庁の次官となる。退任後は福島復興再生総局の事務局長に就任した。原発事故からの復興という前例のない難しい仕事で、政府と与党、地元の調整役を担った。
「復興の仕事に一発回答はない。とにかく少しずつ、今回はここまで、というのを水面下で瀬踏みしながら繰り返してきた」
週の半分は2泊3日で福島に通った。何度も何度も足を運び、根気強くていねいに交渉や説明を繰り返した。「震災発生直後からずっと復興に関わってきた岡本がやってここまでなら、しゃあない、と思われるのが理想だった」

そうやって10年近くがたった。
「退任が報じられると、多くの人から、『今やめるなんて』とおしかりを受けた。全部が全部、皆さんの期待に応えられなかったけれども、長年公務員として働いてきた自分だからこそできたことがあったのではないかと思います」
「政」と向き合い、時に翻弄された「官」の人生は、終盤に「民」と出会ってさらに豊かに深くなった。
岡本さん、おつかれさまでした。・・・

ありがとうございます。これだけ仕事ができたのは、関係者の理解のおかげです。

朝日新聞のウエッブサイトで読むことができなくなったので、抄録を別に載せます

鹿島茂先生、書棚の風景を売り物にする

2020年9月26日   岡本全勝

9月17日の日経新聞夕刊「こころの玉手箱」鹿島茂さんの「ブックエンド」から。鹿島茂先生については、このホームページで、古書集めのすごさを紹介したことがあります。
先生が集めた、フランスの古書。とんでもないお金がかかった成果ですが、それを並べた書斎が、レンタル・スタジオとして家賃を稼いでいるそうです。確かに、日本で洋書が並んだ書棚はそうはないでしょうから、売れるでしょうね。
松原隆一郎先生の書庫を見せてもらって、うらやましく思ったことがあります。

ところで、書棚で、気になることを思い出しました。
一つは、先日開所した、東日本大震災・原子力災害伝承館です。導入の映画の背景に、書物が並んだ書棚が写ります。それが、すべて洋書なのです。なぜ、福島の紹介に洋書なのですかね。
ちなみに、そのあと背景は変わり、言葉が並びます。それもすべて英語です。見学に来た子どもたちは、どう思うでしょうか。この映画を作った人たちは、誰を観客に想定して作ったのでしょうか。次回見直しの際には、日本語、それも子どもにもわかる言葉にしてください。

もう一つ、自民党総裁室の総裁の後ろの書棚です。これも、整然とした背表紙が並んでいます。整然としすぎて、この本は何なのだろうかと、疑問に思います。

一つの仕事に長く従事する

2020年9月23日   岡本全勝

私の内閣官房参与退任が報道されると、たくさんの人から、ねぎらいの言葉をいただきました。ありがとうございます。その多くに、「長く従事しましたね」が含まれていました。

内閣官房参与は、4年あまり勤めました。東日本大震災対応は発災直後からですから、9年半になります。発災直後から従事している国家公務員は、たぶん私だけでしょう。公務員は、通常2年から3年で異動しますから。
9年の間に、事務局次長、統括官、事務次官、内閣官房参与と職位は変わりましたが、一貫して復興に携わりました。これは、極めて異例だと思います。しかし、ありがたいことでした。

東北復興のように、対象地域が限られている場合は、長期間従事は重要です。被災者はこの9年間、被災者におかれたままです。自治体幹部も、当時のままか、2代目であっても経験者です。その人たちを相手にする際に、「初めまして」より、気心が知れている方が話が早いです。そして、発災直後を知っているかどうかは、その人たちと話をする際に、大きな要素となります。
インフラ復旧などは担当者が交代しても、計画通り工事が進められます。そのようなお金と物でできる行政分野もありますが、行政は人を相手にすることが主です。人間関係が重要なのです。行政の各分野において、公務員はもっと長期間従事すべきです。

他方で、「まだ、難しい課題がたくさん残っているのに、卒業するのか」という、お叱りの声もいただきました。これは、一緒に課題に取り組んでいる関係者の方々からです。地元の方、与党幹部、各省の関係者、マスコミの諸君・・・。福島の皆さんにも、その点は申し訳なく思っています。
「課題を完成させて卒業する」ことが理想ですが、福島からの復興はまだまだ先が長く、私がすべてを見届けることも難しいです。
そこで、私がいなくても、復興が進むように「仕組み」は作り上げてあります。福島特別措置法の改定と延長、復興庁の10年存続、与党提言を始めとする課題解決の手法など。
いくつか、私が抱えている課題については、復興庁顧問として、仕上げるつもりです。いましばらく、お付き合いください。