昨日1日は、雲がかかって見えなかった、富士宮市からの富士山です。今日2日は、よく見えたとのことです。

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令和8年元旦
明けまして、おめでとうございます。皆さん、よいお年をお迎えのことと存じます。東京は少し雲がありましたが、穏やかな朝でした。
今年は暦の関係で、9連休の方も多いのではないでしょうか。ゆっくりできますね。それとも、家にいる方が忙しいでしょうか。医療、交通、流通、通信、電気・ガス・水道など、休まずに社会を支えてくださっている方がおられます。感謝します。避難所におられる方は、早く生活が取り戻せることを期待します。
私は今日が誕生日。71歳になりました。娘家族が来て賑やかなお正月です。
たくさんの年賀状をいただきました。こちらから出していない方も多く、申し訳ありません。このホームページで、ご挨拶とします。今年が良い年でありますように。
写真は、実家の門松です。

次は、恒例の知人が送ってくれた富士山の写真です。横浜からは朝焼けできれいな姿です。富士宮市は雲がかかって見えないので、暮れに撮った写真を送ってくれました。


令和7年大晦日
今日は12月31日。令和7年も終わりです。皆さんにとって、今年はどのような年だったでしょうか。
世間では、各地での災害や火災、熊の出没と、いろんなことが起きました。平穏な日々は、なかなか実現しません。21世紀になって、早くも四半世紀が過ぎます。その経験と反省の上に、未来を開かなければなりません。ようやく経済指標が好転しつつあります。日本が元気になるように、頑張ってほしいです。
年末は何かと気ぜわしいのですが、今年は少々余裕があります。
年内締め切りの原稿2つは、右筆の助けを借りて書き上げ、早々と編集長に渡しました。締め切りに遅れたことがないのが、自慢です。ほかに仕掛品の原稿もあるのですが、締め切りまで余裕があります。1月に引き受けている講演など4つのうち、2つの資料もほぼ完成させました。
年賀状は枚数を大幅削減し、投函しました。たくさんいただくのですが、申し訳ありません。小さな松飾りもつけました。
余裕の時間に、このホームページの記事(予定稿)をたくさん書きました。新聞記事の紹介が貯まっているので、それを処理するためです。かなり進みました。
本の片付けは終わらず、越年します。まあ、気長にやりましょう。
この大晦日に良いことがありました。孫を自転車の後ろに乗せて公園に行ったのですが、途中で寝てしまい、ひきかえしました。帰ってきたら、孫がかぶっていた帽子がありません。彼のお気に入りの帽子なので、再度同じ道を自転車で探しに行ったのですが、見つからず。あきらめかけていたら、歩道の横の植え込みの上に、ありました。見つけた人が、おいてくださったのですね。ありがとうございます。
我が家は夫婦とも元気、娘息子家族も元気で、年を越すことができそうです。何と言っても、健康と安心ですよね。
今年も、蕎麦打ち名人のおいしいお蕎麦をいただきながら、年を越します。ありがたいことです。
毎年同じようなことを書いていますが、それが良いのですよね。
令和7年の回顧3、生活
今年の回顧の3は、生活です。
1月に70歳になり、古希を迎えましたが、健康など生活に大きな変化はありませんでした。気力や体力など、徐々に老化しているのでしょうが。本を読む量が減りましたね。
人生の出来事としては、春に勲章をいただきました。キョーコさんのお供をして、旅行にも行きました。ただし、今年は海外旅行はできず。
常勤職を退いたことが大きな変化ですが、執筆と講演の準備は相変わらず。執務室が、勤め先から自宅の書斎に変わっただけです(苦笑)。朝起きたら、書斎で電子メールの確認(夜早く寝るので)、朝ご飯ができるまで執筆やら。食べたら、キョーコさんに淹れてもらったコーヒー牛乳(カフェオレ)を持って、居間から数メートルの書斎に出勤。運動不足は、散歩で補っています。
夜の意見交換会は、減らしてはいるのですが・・・。お呼びがあるのは良いことだと思いましょう。
家ではキョーコさんのおいしい料理でお酒を飲んだら、眠くなります。早寝早起きで、健康です。おととし悩んだ、40肩とぎっくり腰は、治ったようです。
書斎や寝室、階段に積んであった本の処分に着手したことが、大きな成果です。書斎の床が広くなり、机で書類を広げることができるようになりました。気分が良くなります。まだ半分ですが。
娘の方の孫のうち、女の子は6年生で、もう相手にしてくれません。男の子は3歳を過ぎ、休日に公園に連れて行って遊ばせています。私にとっても、良い運動になります。息子の方の女の子は、ワシントンで、1歳になりました。春に里帰りをしたので、会うことができました。毎週1回、テレビ電話で会うのが楽しみです。
令和7年の回顧2、執筆や講演
執筆や講演が「本業」になりました。まず執筆です。
連載「公共を創る」は、今年も毎月3回、欠かさず掲載できました。1回が400字詰めで17枚、6800字余り。締め切りに追われる日々で、精神衛生によくありません(笑い)。右筆の助けを借りて、書くことができました。
2019年4月から6年半、244回になりました。こんなに長くなるつもりはなかったのですが、書いていると、いろんなことに思いがつながります。新聞などの報道機関が伝えないこと、学者が分析することではないこと、その中間にある官僚が見た事実と評価です。若い人の参考になればと思い、私の経験と考え方を書いています。意外と、そちらの話題の方が受けているようです。読み物としては、その方が面白いのですかね。
来年には完結しそうです。今度は本当です(決意)。
時事通信の「コメントライナー」、今年も5回寄稿しました。報道機関などとは少し異なった視点から、社会を見るようにしています。例えば「英語が国語になる日」。
講演は、今年もたくさんのお呼びがありました。国や自治体の職員研修、東日本大震災の教訓、発展途上国政府向け日本の経験などです。このほか、2年前から、政治・行政学者に官僚経験を話しています。ほぼ毎月呼ばれ、各回2時間、これで29回になりました。56歳の東日本大震災まで来ました。
新聞記者などの取材も、いくつか受けました。大きかったのは、6月8日の読売新聞「あすへの考」「人口減令和の処方箋 地方創生本気で大胆に…」です。
このホームページは、11月6日から12月23日まで不具合が発生し、加筆更新ができませんでした。それ以外は、毎日欠かさずほぼ2本を載せました。カウンターは、503万まで来ました。年初に437万でしたから、延べ66万人の方が見てくださいました。一時、とんでもなく早く上がることがあり、何か変なのですが。ありがとうございます。