カテゴリーアーカイブ:生き様

関西弁ではなく、これが正しい日本語

2012年9月9日   岡本全勝

肝冷斎のページ」を覗いたら、私の悪口を書いていました(9月8日の記事の末尾)。間違いなので、正しておかなければいけません(キッパリ、笑い)。
私が話しているのが、正しい日本語です。東京の人やテレビのニュースで話しているのは、「東京方言」です。使う単語だけでなく、イントネーションとアクセントの位置が違います。と、私は思っています。
(例えば、最後の文を、しゃべり言葉にしてみます。アクセントは、ひとまず無視しましょう。私が言う正しい日本語では、「つこうたはる単語だけやのうて、イントネーションとアクセントの位置が、ちがうのとちゃいますか」です。)
現に私は、その清朝の高官とは違い、日本語の会話で苦労したことがありません。18歳で東京に出てきて以来、もう40年近くになりますが。部下に向かって「それちがうんと、ちゃうか」と言うのと同じように、総理大臣や大臣にも、「ちごうてんのと、ちゃいますか」と申し上げたことがありますが、話は通じています。これまで、お叱りを受けたことはありません。ただし、この文章を話すタイミングは、私なりに気を遣っています(誇張を含んでいるので、笑って読み飛ばしてください)。
もっとも、鹿児島の人や東北地方の人が、地元で友人としゃべるときと、東京でしゃべるときとで、言葉を使い分ける才能は、尊敬しています。

通常国会終了

2012年9月8日   岡本全勝

9月7日に、国会が閉会しました。真冬の1月から始まって、春と夏を越し、秋風の吹く9月まで、8か月間の長丁場でした。
復興庁が提出した「福島特別法案」は3月に成立したのですが、その後も復興関連の質疑は続き、なかなか気は抜けませんでした。毎年、通常国会は延長されるのですが、お盆前に終わることが多いのです。9月まで延長されたことは、珍しいです。すると、関係職員は、夏休みをとれなくなります。
この間、質問通告を振り分け、答弁資料をまとめていた国会班の諸君。毎日、朝早くから夜遅く(朝早く)まで、ご苦労さんでした。次の国会が開かれるまで、少しゆっくりしてください。
私は、2004年1月から2006年7月まで、総務省大臣官房総務課長(国会担当)を務め、通常国会を3回経験しました。国会担当職員には何年も経験するベテランがおられますが、課長で通常国会3回は、たぶん私くらいでしょう。
その頃の記録は、このホームページの目次3日本の行政(1)国会の「法律ができるまで」に、残してあります。いま読むと、懐かしいですねえ。たとえば、2006年6月21日の記事。

8月も終わり

2012年8月31日   岡本全勝

今日は、8月31日。8月も終わりですね。職場で気がついて、「私の許可なく、いつの間に、8月が過ぎたのだ」と叫びましたが、職員たちに笑われただけでした。
今年は、9月1日が土曜日、2日が日曜日なので、学生さんたちは、2日分を得した気分でしょうね。

結婚式の祝辞

2012年8月25日   岡本全勝

今日は、職員の結婚式に呼ばれて、北海道函館まで行ってきました。先月の沖縄での結婚式に続いて、南へ北へ。来月は、東京での結婚式にも呼ばれています。私の役割は、新郎を褒めて褒めて、両家のご両親に喜んでもらうことです。最近は、最初に挨拶させてもらえるので、気が楽です(笑い)。
今月はこのほかに、2人の人から「子どもができました」の報告がありました。めでたいことは、良いですね。それぞれ幸せに、そして元気な赤ちゃんを産んでください。
もちろん、いろいろと苦労はあるでしょう。でも、幸せは、何もしないところには、やってきません。努力して作るものです。難しい仕事を成し遂げたとき、難しい試験に合格したとき、高い山に登ったとき・・。後になって「あのときは大変だったけど、楽しかったね」と。易しい試験や低い山では、喜びは小さいです。
西洋の童話に、しばしば「王子様とお姫様は、幸せに暮らしましたとさ」とありますが、私は「ほんまかいな?」と疑問に思っています。何の苦労もない満ち足りた日常って、すぐに飽きると思いますよ。そして、登山の例などに比べて、夫婦生活や子育ては、「長距離レース」なので、より努力が必要です。
函館は久しぶりでしたが、暑かったです。函館と言えば、100万ドルの夜景で有名です。ある人曰く「かつて100万ドルと言えば、すごく高価に思いましたが、今だとそんなに高くないのですね」と。言われてみれば、そうですね。1ドル=100円換算でも、1億円。今日の為替レートの78円だと、7,800万円です。東京で1戸建ての住宅を買うくらいなんですね。それなら、私でもローンを組んで買えそうです。すみません、興ざめなことを指摘して。

音楽会の続き

2012年8月20日   岡本全勝

先日(17日)、「サントリーホールでフルートを吹き損ねた」と書きました。富山時代のフルートのお師匠さんから、次のようなお叱りが来ました。
「難しいところは笑顔で見守る。これが、魔笛の会のルールじゃないですか!次の機会は、是非吹いてください・・」
その通りでした。「吹けないところは、にこにこ笑いながら息を吸う」でした。反省。そこで、お師匠さんに「練習するので、私向けの楽譜を送ってください」と、お願いしました。