カテゴリーアーカイブ:人生の達人

白黒をつける、折り合いをつける

2022年4月5日   岡本全勝

世の中には、意見が対立する場合や、利害が反する場合があります。あちらを立てれば、こちらが立たない場合です。

新型コロナ感染対策でも、人の動きを制限すれば拡大を防ぐことができますが、それは社会活動や経済活動を止めてしまいます。ウイルスが強毒性で感染すれば直ちに重症化するのなら、厳しい行動制限をするべきでしょう。国民もそれを支持すると思います。しかし、それほどの強毒性でない場合に、どこまで行動制限をするかが議論になります。
厳しく外出を制限する案とふだん通りに生活をする案と、どちらを取るのではなく、その中間で折り合いを付ける必要が出てきます。

答が白黒の二つに分かれている場合と、右端は白く左端が黒で境目がなく次第に色が濃くなっている場合があります。
時代劇にあるような善人(庶民)と悪人(越後屋と悪代官)がはっきりしている場合は分かりやすく、最後に悪人がやっつけられると、見ている人もすっきりします。数学の問題で足し算や引き算も正解と間違いがはっきりしていて、答は100点か0点かです。
ところが、私たちの日常生活は、白黒がはっきりしている場合は少なく、どこかで折り合いをつけなければならない場合が多いのです。正解は一つに決まりません。

そのような演劇を見慣れている人は、早く結論を求め、白黒を付けることを望みます。込み入った事情を説明すると、イライラします。また、学校での正解がある勉強になれている人は、正解があると思い込みます。
残念ながら、現実世界はそうなっていません。だから、分かりやすい演劇が好まれ、明快な学問が好まれるのでしょう。

判断の4類型

2022年4月4日   岡本全勝

私たちが物事を決める場合に、いくつかの手法があります。よく考えて決めたとか、好き嫌いで決めたとかです。

さまざまな手法があるのですが、次の4つに分類すると、わかりやすいのではないでしょうか。
1理性(弁別)=冷静に考え、自分が正しいと思う、あるいは社会で正しいと思われることを選ぶ。
2欲望(利害)=欲得を考え、自分に得になることを選ぶ。
3感情(好悪)=好き嫌いで選ぶ。
4慣習(惰性)=いつもと同じものを選ぶ。

私は、仕事では1を心がけていますが、ビールを選ぶ場合は4です。俳優などは3で、ものを買うときは2です。毎日の生活で一つ一つ1を使っていては、時間がかかります。多くの人は、たいがいは4で済ませています。

重要なのは、どの局面でどの判断類型を使うかです。
仕事の際に2を使うと、下品になります。3を使うと、よい組織になりません。時に、それを間違う人がいます。

地球の未来を議論する財界人

2022年4月1日   岡本全勝

3月24日の日経新聞夕刊「私のリーダー論」、末吉竹二郎・国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP・FI)特別顧問の発言から。
末吉さんは、日興アセットマネジメント副社長の時に、2000年にフランクフルトのドイツ銀行本店で開かれたUNEP・FI主催の円卓会議に招かれて講演します。欧米の金融機関幹部300人ほどが集まっているその席で、ドイツ銀行頭取が金融が地球環境改善にいかに大事かを30分間話すことに衝撃を受けます。

・・・当時は「失われた10年」などと言われ、日本の金融機関では不良債権や人員削減の話ばかり。地球の未来を話し合っている欧米との差はあまりに大きい。このギャップを埋める仕事を誰かがしなくてはいけないと思ったのです・・・
そして12人からなる委員会に入ります。欧米以外では初めてでした。

「リーダーを目指すあなたへ」として、次のように述べておられます。
世界の人々が何を考えているのかを絶えず考えてください。社会のあり方や価値をめぐる国際的な議論の輪に加わってください。自分の国や地域の伝統や文化は大切ですが、時には「ノー」を突きつける勇気が必要です。

ウエッブ会議の欠点

2022年3月28日   岡本全勝

3月23日の朝日新聞夕刊、宮原秀夫・元大阪大学総長の「ウェブ会議、このままではダメ 異論が封じられる恐れ」が、勉強になりました。一部を(順序を入れ替えて)転載しますが、原文をお読みください。

――コロナ禍でネットが果たした役割をどう評価しますか。
当初は、どんなウイルスかも分からない中で、通信技術が社会活動を維持するインフラとして貢献したことは間違いありません。それでも総じて言えば、コロナ禍は技術のマイナス面や限界が浮き彫りになる契機だったと思います。

――ウェブ会議システムに毎日世話になっている身としては、プラス面のほうが大きいように感じます。どこがいけませんか。
定型的で、連絡事項を伝えるだけの会議ならウェブは役割を果たせます。ですが、大学の総長など会議を主催してきた立場としては、議論を尽くして本当に重要なことを決定する会議にはウェブは不向きだし、使うべきではないとすら思っています。
現在のウェブ会議システムでは、臨場感や、発言者以外の画面に表示されていない参加者の表情やしぐさを読み取ることはできません。顔の表示をしないことも可能です。
同時にしゃべれる人数は限られているし、例えば大学の評議委員会など重要な会議では必ず出る「それはおかしいやないか」という反対意見も出づらい。そういう意見が続いて議論が深まったり、全く別の結論に至ったりすることが起きづらいわけです。

――異論を出しにくいことが問題ということですね。
逆に言えばウェブ会議は、反対意見を聴かずに、議論をある方向に持っていこうと主催者が決めてしまっている会議にはうってつけだとして悪用されているのではないか、と思うこともあります。
うるさい反対意見を聴かなくていい。「定型のしゃんしゃんで終わろうと思う会議なら、今後はもうウェブ会議でええんやないか」と。感染が収まっても、リアルの会議に戻らなかった場合は要注意だと思います。

――他方でウェブ会議システムは遠方の人と知り合うことができ、外出が難しい人にも貴重なコミュニケーションツールとなりました。
もちろん、病気や障害で外出ができない人には、VR(仮想現実)やロボット、アンドロイド技術の進歩はプラスでしょう。

フェース・トゥ・フェース、顔をあわせた関係が前提にあるべきです。実際に、ウェブ技術が進歩するのにあわせて、実世界の人間の交流もどんどん活発になってきていた。コロナ禍までは国内の新幹線の利用者も、世界的な飛行機の旅客の数も増え続けていたわけです。歴史が証明しています。
やっぱり人と会うのは楽しい。「じゃあ今度会おうよ」と新たな交流が生まれるような技術こそ、求められる真のDXだと思います。

受験生、ネット社会での不安

2022年3月26日   岡本全勝

3月16日の朝日新聞「専門誌に聞け」「螢雪時代」巻田裕孝編集長の発言から。

・・・受験生には時代を超えても変わらない部分、逆に様変わりしている部分があると思います。
私は日頃、数多くの受験生や元読者の学生に取材しますが、接して感じるのは、自分の人生を切り開くため、性格はひたむきで素直なこと。必ずしもガツガツしているわけではなく、上をめざして懸命に頑張る子が多い。これは、昔とあまり変わらない受験生像かもしれません。

逆に変わった点はスマホやSNSの登場という環境の激変と関係しています。多くの受験生は、ネット社会ゆえの不安、人間関係上のストレスという問題と向き合っていると感じます。
こんな例があります。周囲の友だちはみなSNSをしている。しかし、自分は第1志望校をめざすため、SNSをやめたほうがいいかもしれない、と思う。ただ、やめると友だち関係が断ち切られるのでは……という不安。人間関係に鋭敏、過敏になっているな、と思います。
私たち編集部から高校生に、どんな特集をしてほしいか尋ねる機会もあるのですが、最近は「メンタル克服術」「ストレス解消法」「息抜きの仕方」といったリクエストも多いんです。これも、今の受験生の胸の内を反映しているかもしれません・・・