職場でのメンタルヘルスが、大きな問題になっています。復興庁でも、職員のストレスチェックを行っています。専門業者に委託して、設問に各職員がパソコンで答えるのです。5分もかかりません。回答が終わると、直ちに結果(どれくらいストレスを受けているか)が画面に出ます。そして、心の不調が考えられる職員については、相談窓口も案内されます。もちろん、この結果は本人だけに行きます。
労働安全衛生法が改正され、従業員50人以上の事業者に労働者の心理的な負担の程度を把握するため、事業主が医師、保健師等による検査(ストレスチェック)とそれに伴う面接指導及び事後措置が義務付けられます(平成27年12月1日施行)。厚労省のホームページをご覧ください。簡易調査票もあります。
私の場合は、「あなたはストレスをあまりかかえておらず、またストレスの原因となる要素もあまりないようです」という判定でした。
しかし、この結果を見て考えました。私がストレスをため込まない代わりに、部下がストレスを受けているのではないか。「そうです」という、部下たちの声が聞こえそうです(反省)。
上司はストレスを受けるのではなく、部下にストレスを与える側です。よって上司にあっては、本人のストレス度ではなく、「部下にどれくらいストレスを与えているか」をチェックするべきですね。もっとも、上司本人に受けさせても、「私は、部下にストレスを与えていない」という結果になるでしょうから、部下から「上司の部下へのストレス加害度」評価しなければなりません。
朝日新聞別刷りGlobe2月1日号が、諸外国の心の病を特集していました。今や生産年齢の5人に1人が心の病を抱え、近年急速に増えているとのことです。
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休日出勤
今日は土曜日、ゆっくりと出勤して、仕事を片付けました。最近は、復興庁の仕事も、忙しくはありますが、落ち着いてきました。私の休日出勤の回数も、減りました。
今日は、いくつかまとまった資料を作る必要があったのです。職員が原案を作ってくれたのですが、自分でじっくり落ち着いて全体像を見る必要があります。「そんなこと、勤務時間中にすればよいでしょ」とおっしゃる方もおられるでしょうが、それがなかなかそうはいかないのです。平日は、未だに続く職員の「ちょっと良いですか・・」攻撃などで、落ち着いて考え事ができないのです。また、夕べのうちに職員が原案を作ってくれていたので、今日私が加筆して、月曜日に職員が完成してくれると、効率がよいのです。
今日も、数人の職員が出勤していました。ごくろうさま、ありがとう(私の関係の仕事では、ありません。キッパリ。私は一人で仕事をしたいので、出てきているのですから。笑い)。
国会対応の1週間
今週は、月曜火曜と参議院予算委員会(補正予算審議)、水曜木曜と衆参予算委員会で集中審議、金曜日は参議院決算委員会と、総理出席の委員会が続きました。続けて出席する総理と大臣は、大変です。復興庁にもそれなりの質問が出て、対応しました。また、今国会には、福島特措法改正案を提出するので、その事前説明に回っています。
来週月曜日は、参議院決算委員会で復興庁を含めた審議があります。これには、結構質問が出ていて、職員たちは今、金曜夜に答弁案を作成しています。私は、自宅パソコンを使って「在宅勤務」をしています。
第2原発の冷温停止に成功した増田所長
東京新聞が、「証言、福島第1原発。全電源喪失の記憶」を連載しています。1月7日の第33回は、「本店、現場を想像できず」でした。
・・福島第1、第2原発の事故では、現場の状況を想像できない東京電力本店の言動に、現地で対応している所長らがいら立ちをあらわにする場面が何度もあった。第2原発所長の増田尚宏(53)も、よく覚えているシーンがある・・
大震災が起きた3月11日午後6時過ぎ、本店で送電線網を管理する担当者から「富岡線を切っても良いですか」との打診がありました。富岡線とは、第2原発にある4回線の外部電源の一つで、この回線だけが停電を免れました。この富岡線が生き残ったので、原子炉に水を入れたり水位計が使えたのです。この線が生き残ったことが、すべての外部電源を失った第1原発との明暗を分けました。その命綱を切ってもよいかと、本店は聞いてきたのです。富岡線は、東電の配電網の一つです。増田氏の発言です。「首都圏からはるかかなたに一本ぶら下がってふらふらしている系統なんて切っちゃった方が、首都圏の復旧が早くできると考えたんじゃないですかね。第2原発をなんだと思っているんだ、ふざけんじゃねえ、と思いました」。
また、13日頃には、原子炉注水に使える濾過水タンクの水が減り、枯渇しました。津波で破損した配管から水が漏れていたのです。増田所長は本店に、4千トンの水を送るように求めます。本店から「何とか水を調達できたので送ります」と回答がありましたが、それは4千リットルの給水車でした。本店は、飲料水と理解したようです。
・・増田は「これほどまでに感覚が違うのか」とがくぜんとしたが、怒りはしなかった。そして免震重要棟の緊急時対策本部内にいる部下たちに向かってこう言った。「もう人を当てにしても仕方がない。自分たちでやろう」・・
第1原発の指揮を執った吉田所長の苦労は、よく取り上げられます。しかし、第2原発を無事に冷温停止させた増田所長の功績は、あまり取り上げられないようです。外部電源が一つ残ったという違いはありますが、第2原発も第1原発と同じ状況にありました。一歩間違えれば、また少し対応が遅れれば、メルトダウンする可能性はあったのです。しかも事故当時、一部が運転を停止していた第1原発と違い、第2原発はフル稼働していて、危険度は第2原発の方が大きかったのです。増田所長は、第2原発での勤務が長く、施設・設備のすべてを知っていました。その幸運もありました。冷静に全体像を把握し、想像力を働かせ、そして判断を下していった増田所長。その功績は、もっと評価されて良いと思います。
返事は選んでよい、ただし手短に
今日の帰りの地下鉄の中です。若い男女が、話しています。
女性:今日、××さんに叱られた。注意を受けて、うなずいていたら、「違うだろう、ハイと言え」と。
男性:そうだよね。でも、ハイ、ハイばかり返していると、馬鹿にしているように、とられるかもしれないしね・・
全勝流の受け答えを、教えてあげたかったのですが、駅について、降りてしまいました。かつて書いたことがありますが、私は、若い補佐の時に、部下に指示を出した場合に、次のように付け加えていました。「私は民主的である。よって、返事に選択肢はある。しかし忙しいので、次の2つから選べ。一つは、ハイだ。もう一つは、わかりましただ」と。これは、当時の職場ではかなり流行ったセリフです。最近は、やめました。
ところが、上には上がいて、最近では、後輩たちは選択肢を3つにしているそうです。「ハイ」と、「わかりました」と、「喜んで」だそうです(苦笑)。