今日3月24日の閣議で、30日付けで復興庁事務次官になることを、了解いただきました。
東日本大震災の発災直後に、官邸に呼び出され、被災者生活支援本部で、この仕事に携わることになりました。あれから4年が経ちました。当初から携わっているのは、中央省庁では私だけのようです。被災者と国家のために働くことができる場を与えていただき、ありがとうございます。公務員人生で得た知識と人脈を最大限に活用して、復興を進めます。
この4年間で、復興はある程度の進展を見ました。関係者のご努力のおかげです。政府でも、これまでにない大災害なので、これまでにない制度改正や、国の職員が被災地に入り込んでお手伝いをするなど、新しい試みもしています。このページでも書いているように、日本国政府と日本社会の能力が試されています。公務員としては、想像力と実行力とが試される機会です。
ただし、原発事故からの復興は、まだまだです。引き続き、総理大臣や復興大臣を支えて、仕事が進むように努力します。今回の復興の特徴である、行政だけでなく、企業やNPOの皆さんと連携して、復興を進めます。引き続き、皆さんのご支援をお願いします。
ニュースで流れたので、被災地、知事、政治家、マスコミ、民間関係者、知人友人、さらに海外からも、たくさんの激励のメールや電話をいただきました。ありがとうございます。
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先輩たちも新人だった
日経新聞土曜日の別刷り「プラス1」3月14日は、「先輩たちも失敗した。新社会人に贈る言葉15」でした。第1位は、電話に出るのが怖かった。第2位は、職場の人の顔と名前が覚えられない。3位は、周囲に相談できなかった、です。
皆さんも、覚えがあるでしょう。記事には、「こうしてみよう」という対策も書かれています。良い記事ですね。問題は、新入生はこの記事を読んでいないことでしょう。私は、自治省に採用が決まったときに、先輩から「君は、日経新聞を読んでいないのか。それでは、官僚失格だ」と宣告されました。38年前のことです。それは別として。
あなたにも、このような失敗の経験があるのなら、この春に職場に来る新人に、このような失敗をさせない心配りをしてください。新人は、大卒の新採だけではありません。他部局から異動してくる新人もいます。職場の先輩ができる一番の心配りは、「何でも相談できる雰囲気」を作ることです。「こんなことも知らないのか」と、いらだつこともあるでしょう。でも、あなたも新人の時は、そうだったんですよ。それを叱っては、新人は次から萎縮し、相談できずに傷口を広げます。新人さんを教育して、早く戦力にする。それが、あなたにとっても、組織にとっても、良いことなのです。部下を育てた、あなたの評価も上がりますよ。
「危ないと子を叱るより、手を引こう」。これは、交通安全の標語であり、職場で事故を起こさないための標語でもあります。
以下、4位は寝坊して遅刻、5位は緊張でうまく話せなかったなど。敬語を使いこなせなかったは、11位です。
若手職員の子育て
今日18時過ぎ、職場を出ようとしたら、玄関で若手職員に会いました。「今日は、早く帰れるの?」と聞くと、「今日は当番です」とのこと。
彼は共働きで、保育園に子どもさんを迎えに行く必要があります。「当番」とは、彼が迎えに行く日のことです。
「今から、間に合うのか」と聞いたら、「急ぎます」と言って、走って行きました。その後、子どもさんを家に連れて帰って、ご飯を食べさせ、お風呂に入れるのでしょう。がんばれ。皆で応援するよ。
復興に転身する中年
3月11日の日経新聞夕刊に「ミドル、被災地にかける。第二の人生、復興が果実」が載っていました。
・・あるものは人生の挑戦として、あるものは故郷のために。東日本大震災から4年、復興の現場へ飛び込み、知恵と汗を絞る40~50代の会社員が増えている・・
「WORK FOR 東北」も紹介されています。
・・被災地で働きたい民間人と、求人する組織を引き合わせる。1月下旬に都内で開かれた説明会では出席者55人の4割が40代以上だった。「次のキャリアを考え、今まで得たものを還元したいという人が多い」と、プログラムを担当する畔柳理恵さんは説明する・・
原文をお読みください。
復興、当初から携わっている職員
2月19日の衆議院予算委員会質疑の会議録です。最後の質問者は、黄川田徹議員(民主党、元復興副大臣)でした。質問の3つめに、復興庁の役割について問われました。
○黄川田(徹)委員 復興庁の役割、司令塔としての役割なんでありますけれども、各省庁の縦割りを打破するということ、ここが一番大事だと思います・・
・・そこで、さすがに四年も迎えますと、各省庁の職員も全てかわったと思っております。ごく一部、携わっておる方もおりますけれども、復興庁本体、あるいはまた岩手、宮城、福島の復興局なんかも大分かわっておると思います。震災復興の思いというものがやはり一番大事だと思っておりまして、発災直後に瓦れきの山からどうやって復興するんだという、その思いを持った人間が異動になったりしておりますので、その原点は忘れずにしっかりと取り組んでもらいたい、こう思っておるわけであります・・
そうですね。職員は、だいたい2~3年で交代しています。復興庁では、発災当初から携わっているのは、私くらいですかね。後で議員にお会いしたら、「固有名詞は挙げなかったよ」とのことでした。