カテゴリーアーカイブ:人生の達人

失敗した際の償い

2020年10月4日   岡本全勝

原子力災害伝承館が伝えることと残っていること」の続き、その2です(その1事故後の対応検証)。
もう一つ残されていることは、事故・失敗を起こした後の、責任の果たし方についてです。これについては、このホームページ「責任をとる方法」1~4で整理しました。特に「責任を取る方法2」の表「失敗した際の責任の取り方」をごらんください。

事故を起こしたことは批判されることですが、いくら努力しても起きた事実は変えることができません。しかし、その後の被害拡大を抑えることや、再発防止、そして被害者への償いなどは、関係者の努力が問われます。この点について、政府、特に経済産業省はどの程度、責任を果たし、償いをしたでしょうか。
前回述べた、事故後の対応について対応について検証がされていないこと、そしてその後の責任の果たし方が明確に示されないことの理由の一つが、その担当組織であった原子力安全・保安院が廃止されたことだと、私は考えています。「お取りつぶしのパラドックス」に書きました。

原発事故及びその後の対応について、政府は国民の信頼を大きく失いました。例えば「第2回 双葉郡住民実態調査」(2018年1月、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター)は、大震災発生当時、双葉地方7町村に居住していた全世帯を対象にした調査です。そこでは、いくつかの組織について「どのくらい信頼しているか」を聞いています。
それによると、「信頼していない」+「あまり信頼していない」の回答が多かったものは、東京電力(76%)に次いで、政府(69%)、学者・研究者(50%)の順になっています(P22)。自治体やマスコミなどに比べ、格段に低いのです。
官僚は、改めて自覚すべきです。この落ちた政府への信頼を、どのように回復するか。それは、責任の取り方を、被災者や国民が評価してくれるかどうかによると思います。

さて、そのような視点からは、県が伝承館をつくり、東電が廃炉資料館をつくりました。では、国はどのように、この失敗を後世に伝えていくのでしょうか。
その3に続く

事故後の対応検証

2020年10月2日   岡本全勝

原子力災害伝承館が伝えることと残っていること」の続きです。まず、事故対応の検証についてです。

原発事故の検証を分けると、事故が起きたことの検証と、事故後の対応についての検証の二つがあります。そして事故後の対応については、原発内での対応(原子炉を冷温停止させること)と、原発敷地外での対応(住民避難や避難者支援、国民への情報提供)の二つがあります。
このうち原発内については、事故が起きたことと事故後の対応について、政府、国会、民間による検証があります。しかし、原発敷地外の対応については、その検証はほとんどされていないようです。そして、いくつもの失敗があったのです。

ここでは、3つ事例を挙げましょう。
一つは、避難指示が出されましたが、「できるだけ遠くへ」とだけで、どこにという行き先の指示もありませんでした。そこで、ほとんどの人が、着の身着のまま、不安のなかで、何か所も転々としたのです。

もう一つは、放射線の飛散状況が示されなかったので、放射線量の高いところに避難した例があったのです。浪江町です。町の中心部から、原発とは反対側の東北の山間部(津島地区)へ避難しました。多くの町民が、そこで数日過ごしました。この判断は当然のことですが、津島地区は放射線量が高かったのです。結果として、放射線量の低い地域から、高い地域へ避難したことになりました。亡くなられた馬場有町長は、そのあとこの判断を悔やみ、責任を感じておられました。

そして、大月編集委員の記事に書かれているように、原発事故後に避難指示が出た際に、置き去りにされた人たちがいました。その双葉病院では、寝たきりの病人が行き先も決めず、バスで運ばれました。そして、死者が出ました。

これらについて、責任ある検証がされていません。しかるべき組織が検証することを期待します。その2へ続く。

会社組織の中で成長する

2020年9月28日   岡本全勝

9月17日の日経新聞夕刊「私のリーダー論」、山田邦雄・ロート製薬会長の「責任と自覚 学び続ける」から。

・・・成長を妨げる一番の障害は、その人自身の心理的な壁だと思っています・・・自分自身に蓋をして無理だ、自分にはできない、という思考になってしまう人が多いのです。
最近の日本の若い世代を見ていると、世界で活躍している人がぞろぞろいます。ただ、日本人は集団になると途端にダメになるような気が個人的にはしますね。大きな組織に入ると、部品になってしまうのです・・・

・・・ビジネスパーソンの多くは会社の仕組みの中に埋もれてしまっています。大きな組織になるほど、それぞれの役割は小さくなるのは当然のことです。会社の部品になって生きるということは、本当につまらないだろうし、不幸ではないかと感じています。
日本では年功序列の風習が色濃く残り、ずっと駒としての生活を続け、少しずつのし上がってやっと上に立つ、という仕組みです。この仕組みはあまり面白くないし、いい学校を出た優秀な人を会社の部品にしてしまいます。
自由にやらせないどころか、囲い込んで枠にはめて、会社がして欲しいことだけやってくれ、という仕組みです。これでは世の中はうまく回りません。それによって、日本企業の多くが、自己革新力を失ってしまったように感じます・・・

同感です。特に前段について、できると私が評価している人が「私には無理です」と言うと、がっかりします。
出る杭は打たれる、なるべく目立たないという習慣が、身についているのでしょうか。多くの人は、それでよいです。しかし、組織を背負って立つ人には、もっと積極的であって欲しいです。謙遜は、仕事の世界において、もはや美徳ではありません。
世の中には、「みんなと一緒という人」がたくさんいて、「私は違うことをするという人」が少数でもいてくれると、進みます。
後段については、連載「公共を創る」で主張している、日本型雇用慣行の弊害、管理職が仕事をしていない、ということに通じます。企業だけでなく、行政もです。

ビデオ会議は対面に代わるか

2020年9月25日   岡本全勝

9月16日の日経新聞経済教室は、鶴光太郎・慶大教授の「ビデオ会議、対面に代わるか」でした。
コロナウイルスの感染拡大で、ビデオ会議の利用が急速に進みました。では、ビデオ会議は、対面接触に取って代わることができるのか。

・・・対面接触の経済学ともいうべき分野の第一人者としては、経済地理学者であり、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のマイケル・ストーパー教授が挙げられる。2004年の共著論文では、経済における対面接触の4つの特徴について述べている。

第1は情報伝達技術の側面である。対面接触であれば、対話は高頻度かつ瞬時のフィードバックが可能だ。これは電子メールと対比すれば明らかである。また、文字や数式などにより成文化された情報のみならず、不確実な環境下で、複雑で言葉にできない、また、やりとりする人々の間でのみ理解できるような文化・文脈依存型の情報、つまり、暗黙知ともいえる情報も伝達することが可能となる。これは会話のみならず、表情、ボディーランゲージ、握手などの肉体的接触による多面的な情報伝達が可能になるためだ。

第2はモラルハザード(倫理の欠如)などの機会主義的な行動を抑制し、信頼関係を築くという側面である。面と向かって嘘は言いづらいし、対面接触によって相手を注意深く観察し、動機、意図、本音をより正確に察することができ、共通の理解や親近感が生まれる。また、対面接触は、関係構築に時間、お金、努力などの目に見え、関係解消で戻ることのないコストがかかるため、関係を継続させるコミットメント(約束)と解釈できる。

第3はスクリーニング(ふるい分け)とソーシャリゼーション(社会の規範や価値観を学び、社会における自らの位置を確立すること)の側面である。対面接触はコストが高いだけに、そうした接触が必要なグループのメンバーを選ぶには、試験や資格要件だけではなく、仲間内でのみ共有できるようなローカルで文脈依存的な暗黙知が欠かせない。また、こうしたグループのメンバーとして認められるためには、お互いを良く知り、広く共通した背景を持つためのソーシャリゼーションが必要となる。家族、学校、企業にかかわらず、こうしたソーシャリゼーションは対面接触によってこそ可能となる。

第4は対面接触の際のパフォーマンスで得られる快感の側面である。例えば、プレゼンテーションで自分がその場にいる誰よりも優れていることを示したいという競争心・ライバル意識を生む効果だ。

ストーパー教授らは、対面接触が分業にまつわるコーディネーション(調整)やインセンティブ(誘因)の問題を解決し、ソーシャリゼーションが組織のメンバーをスクリーニングすること、また、競争心をあおるような動機を与えるといった上記の特徴を一体的に捉えて、こうした環境を「バズ」(人々の会話のざわめき、ワイガヤ)と名付けた。そしてこれが都市、産業、イノベーション(革新)の集積の根幹的な要因であることを強調した・・・
・・・情報伝達手段の違いによる影響という観点では、実験経済学が専門の独デュイスブルク・エッセン大学のジャネット・ブロジック教授らの一連の研究が参考になる。教授らは4人で10回繰り返されるゲームの実験を行い、協調が達成されるかをみた。対面接触で行った場合に比べ、顔が見えない電話会議では協調達成は低かったが、ビデオ会議の場合は対面接触と遜色がないことを明らかにしている。対面接触と電子メールとの対比では、明らかに前者の方が協調達成されやすいことが既存研究でも明らかとなっているので、顔が見え、リアルタイムでやりとりのできるビデオ会議は、その他の情報伝達手段と比較しても、本質的に異なる可能性が示唆される・・・

・・・対面接触の役割で代替が最も難しいと考えられるのは、ソーシャリゼーションである。新たな組織のメンバーとなり、そこでの価値観や流儀を学びながら仲間になっていくプロセスを、ビデオ会議で実現するためのハードルは相当高そうだ。これは、今年の社会人1年生や大学1年生が、まさにいま直面している困難である。それをどう乗り越えていくか、我々のアイデアと技術を活用する知恵が問われている・・・

松永真さん、条件を無視して勝つ

2020年9月24日   岡本全勝

9月15日の朝日新聞「語る 人生の贈りもの」、グラフィックデザイナーの松永真さん第9回「負けてもいい、作り替えたロゴ」から。

―1986年にはティッシュ「スコッティ」のパッケージをリニューアルするための国際コンペティションに参加しました。
このコンペには二つの条件がありました。花柄であることと、指定のロゴを使用することです。納得できずに大いに悩みました。

―コンペの条件なのに。
ティッシュといえば生活必需品の最たるものです。狭い家の小さな部屋ごとに置かれるものがなぜ花柄でなければならないのか。白い箱に小さくロゴがあればいいじゃないかと。でも「ロゴを作り直していいですか」と聞いたって、どんなロゴを作るか分からない相手にオッケーしてくれるはずがない。僕は負けてもいいから自分の信じる通りにやろうと決断し、半年かけてロゴを作り替えました。そして花柄をストライプに置き換えたデザイン案を提出しました。

―ルールを無視したのに、国際コンペで優勝したんですよね。
担当者が電話で「あなただけ花柄がない」と言うので、「このストライプが私の花です」と答えました。後で聞くと、1次、2次、3次と続いた審査では毎回得点が低かったようですが、「ここでは落としたくないので、次の段階で」と結局、最終段階まで残ったそうです。必須条件を二つとも無視したのですから大学の試験だったら0点で不合格ですよね。最後に社長決裁で優勝となりました。
当時「山陽スコット」だった会社は合併で名前も変わりました。うれしいことに、コンペから34年経った今もこのデザインは健在です。微調整を続けて進化させていますけどね。