投稿者アーカイブ:岡本全勝

大熊町民意識調査、7割の人が「除染廃棄物の県外最終処分、信用できず」

2019年11月15日   岡本全勝

NHKによる、大熊町の有権者の意識調査です。

・・・原発事故による除染廃棄物を福島県外で最終処分する国の方針について、「信用できない」と答えた人が68%にのぼりました・・・

・・・また、有権者自身が、どこに最終処分するべきと考えているか聞いたところ、大熊町と双葉町にまたがる「中間貯蔵施設の敷地」が最も多く39%、次いで「大熊町・双葉町以外の福島県内」が24%で、県内の選択肢を選んだ人は6割を超えました。
一方、「福島県外」は18%、「その他」は17%でした・・・

連載「公共を創る」第25回

2019年11月15日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第25回「公私二元論から官共業三元論へ 公私二元論の問題」が、発行されました。

前回、二つの公私区分を説明しました。その一つめの、国家を公とし市民社会を私とする区分は、近代市民社会で誕生しました。支配者が、個人の生活に恣意的に介入するしていた封建時代から、市民革命によって個人の生活や経済活動を独立させようとしたのです。そのために、国家と市民社会の間に、線を引こうとしました。
もう一つの公私区分は、市民社会の中で、世間を公とし家庭を私とする区分です。これも、家庭は個人の城であり、国家は家庭に入ってはならないものとされました。
この2つの公私区分は、それだけの意図があったのですが、他方で副作用も生みました。社会では資本家と労働者の不平等を隠し、家庭では夫と妻との不平等を隠しました。
さらに、「自立した市民社会」という理想像は、自立できない人を忘れていました。

公私二元論に替えて、私は官共業三元論を提唱しています。政府部門と民間非営利部門と市場経済部門の三つで考えるのです。
三元論で社会を見ると、二元論では見えなかったことが見えてきます。

当面の目標、それを達成した先は

2019年11月14日   岡本全勝

11月10日の日経新聞「ベルリンの壁崩壊30年」、レフ・ワレサ、元ポーランド大統領のインタビューから。ワレサさんは、非共産党系の自主管理労働組合「連帯」を率いてポーランドの民主化を実現しました。
・・・――ポーランドでもポピュリズムが広がっています。30年前の民主化運動の理想との落差もあるのでは
「私は当時、市民が自由を取り戻すまでのことを考え、そのための準備をしていた。何をすればよいか分かっていたし、実際に勝利できた。ただ、当時の私は残りのことは民主主義がやってくれると信じていた。勝利した後、私は休んでいいと考えていた」
「残念ながら、民主主義をしっかりと利用して新しい体制をつくる準備ができていなかった。私は昔の体制を壊すことは非常に得意だったが、あまりにも民主主義を信じすぎていた」

・・・――西側からの支援が足りなかったのですか
「勝利があまりにも大きすぎたのだ。欧州も世界もこの勝利に対して何の準備もしていなかった。欧州と世界は私たちに動く勇気を与えてくれたが、勝利した後は自分たちでやりなさいとなった。そのときのコストが高すぎたため、今のような(ポピュリズムの)動きがあるともいえる」・・・

明治維新も、西郷隆盛を中心に幕藩体制を壊すことに成功しました。問題は、その後です。新しい政体については、事前にさまざまな意見がありましたが、それらの得失について十分議論はされていませんでした。
そりゃそうですわ、まだ現政権が倒れていないのに、次の形を議論する余裕はありません。夢物語と笑われます。
新しい明治政府をつくったのは、一人挙げるとすると大久保利通です。
壊すことも大変ですが、新たにつくることはもっと大変です。家に放火して燃やすことと、新しい家を建てることの違いだと言ったらよいでしょうか。しかも、たくさんの人の意見を聞いて、一つの家を造るのですから。

フランス革命も、よく似ています。あっという間に、アンシャン・レジーム(旧体制)が倒れましたが、新しい体制ができるまでには、恐怖政治、ナポレオンの独裁がありました。
たぶん、1789年7月時点では、誰一人として、ルイ16世が処刑され、ナポレオンが帝政を敷くとは予想しなかったでしょう。
フランスでは、その後も、王政復古、共和制、ナポレオン3世の帝政、また共和制、しかしそれも安定しない。と19世紀を通じて、新しい政治体制をつくることに苦労しました。
参考「冷戦終結後の理想は

札幌で講演

2019年11月14日   岡本全勝

今日は、札幌に行ってきました。北海道市町村振興協会主催の、市町村職員研修会です。200人の職員が、熱心に聞いてくださいました。
題は、働き方改革です。このホームページで、いろいろと問題提起し、対策を述べていることを、お話ししました。
皆さん、中堅幹部として、自分の仕事の仕方、そして部下の指導に悩んでおられます。今回も、私の経験(失敗)を踏まえ、実例を入れて話しました。「明るい課長講座

札幌は、講演が終わった頃には雪が舞っていました。これから冬になるようです。

こち亀・秋本さん「会議は終わりを決めて」

2019年11月13日   岡本全勝

11月13日の読売新聞「著名人の経済トーク」は、マンガ家の秋本治さん「定時勤務で「こち亀」200巻」でした。

・・・締め切りに追われ、血眼になって24時間描き続ける。マンガ家はそんなイメージが強いようですが、私は午前9時から午後7時の定時勤務で、睡眠もしっかり取ります。アシスタントはタイムカードで出退勤を記録し、残業はありません・・・

・・・集英社「週刊少年ジャンプ」に連載を始めてからの1年は、仕事がいつ終わるのか、自分でも分からない状態でした。締め切りに追われて常にギリギリ。徐々につらくなり、きちんと休みが欲しくなりました。
そこで2年目からスケジュール管理を徹底しました。作業工程を把握して無駄を省き、少しずつ仕事のスピードを速めていったのです。仕事をしないでコーヒーを飲んだり、部屋の掃除を始めたりと逃げることもやめ、座ったら鉛筆を握って仕事を始めてしまう。
余裕が生まれれば、必要なところに時間をかけられます。作品を充実させるための取材や、読み切りの新作にも取り組めます。
締め切りギリギリまで徹夜して仕上げるのを評価する考え方も、あるとは思います。少年ジャンプのスポ根マンガのような、「あきらめるな。最後の最後にどんでん返しだ」という感じでしょうか。ただ、なかなか現実には起こらない・・・

・・・日本人は開始時刻には厳格なのに、終了時刻はいいかげん。打ち合わせや会議がそうです。私は終わりの時間をあらかじめ決めておき、結論が出なければ「また次回」と、打ち切ります。
人間の集中力は1~2時間が限度でしょう。3時間で何も出なかったら、お互いその3時間を無駄にしてしまうわけです。
そんな時は、次回までに絵や企画など具体的なたたき台を用意します。会話だけでは一歩も進まないからです。意見が割れても、自分の考えを強引に押し通そうとは思いません。とりあえず折衷案を作り、もう一度議論する方が建設的です・・・