投稿者アーカイブ:岡本全勝

日本の国益

2020年1月15日   岡本全勝

1月13日の読売新聞1面コラム、田中明彦・政策研究大学院大学学長の「安倍外交7年 平和・繁栄・価値観で成果」から。

・・・しかし、そもそも現代世界において外交の評価とはどのように行うべきなのか。外交とは国益を最大化するための非軍事的手段による国際関係の処理である。そうだとすれば、本来、日本の国益とは何かが明確にならなければ評価のしようもない。現代における日本の国益とは何か。

抽象的にいえば、民主主義国の国益は、その民主主義プロセスが明示的・暗示的に定義する国の諸目的の実現にほかならない。多くの人々が大事だと考えること、これが国益である。
具体的に日本にあてはめてみれば、その国益は比較的はっきりしている。
第一に平和であり、日本の安全保障が侵害されないことである。
第二に繁栄であり、日本国民の生活水準を維持・向上させることである。
第三に国民が大事だとみなす様々な価値――自由、平等、法の支配などが維持・向上されることである。
いうまでもなく、細部を吟味していけば、いろいろと意見の違いはあるだろう。しかし、国益の大きな方向性としてそれほど異論はないのではないか・・・

かながわ政策法務研究会で講演2

2020年1月14日   岡本全勝

1月11日に行った「かながわ政策法務研究会」。講演中の写真を送ってくれました。
不思議な場所でしょ。船橋市役所前にある、旅館玉川の大広間です。
大正10年(1921年)創業の、由緒ある和風旅館です。できてから、なんと99年、来年で100年です。木造建築で、文化財にも指定されています。太平洋戦争でも焼けずに、残ったとのこと。しかも、温泉が出るのです。

移民の日本社会への統合

2020年1月14日   岡本全勝

是川夕・国立社会保障人口問題研究所 人口動向研究部第三室長の「移民受け入れと社会的統合のリアリティ――現代日本における移民の階層的地位と社会学的課題」(2019年12月2日、シノドス)が勉強になりました。是川さんの著書(2019年、勁草書房)の解説です。

日本が既に移民受け入れ国になっていることを指摘した上で、日本に来た移民たちがどのように日本社会に統合しているかを、数値を基に明らかにします。
これまでのマスコミ報道では、フィリピンパブで働く女性、農村での外国人花嫁、技能実習生の過酷な労働、コンビニや飲食店でのアルバイトなど、社会の底辺で働く外国人労働者という印象が強いです。そして、学校になじめない子供たちも。

是川さんは、そのような定番の見方を覆します。労働、女性、世代の視点から、私たちの想像とは違った、日本社会への統合が行われていることを明らかにします。
詳しくは原文、または原著を読んでいただくとして。著者の視点は、移民の日本社会での状況とともに、それを生み出す「日本社会の側」を明らかにします。
コンビニでのアルバイトや農村や工場での肉体労働だけでない、管理職、専門職、ブルーワーカーなどが、どのように会社で出世していくか。そこに、技能によって評価される専門職と、途中採用では出世できない管理職や正規職が見出されます。それは、日本型雇用慣行です。
女性にあっては、日本女性の日本社会における位置づけが、移民女性の日本社会への受け入れを規定しています。そこに、日本社会での女性の地位が浮き彫りになります。

原著を読めば良いのですが、たぶん届かないと思うので、この解説が良かったです。砂原庸介教授のブログで知りました。

移植できない言葉の背景

2020年1月14日   岡本全勝

日本語の脱亜入欧」の続きです。

言葉は、常に変化します。
そして日本は、1500年ほど前から中国と朝鮮を憧れ、漢字を輸入した国です。明治以来の西欧語の取り込みは、第二の国語変革期とも言えます。
しかし、千年以上慣れ親しんだ漢字は、日本語の基本になっています。そこに、系統の違う、語源が違う欧米系の単語や、表記方法と発音が決まっていない(学校で教えてもらえない)アルファベット語が入ると、日本人も外国人も困るのです。

言葉は、社会的背景、歴史を背負っています。それを切り離して、単語だけ輸入しても、日本語の文章の中に、しっくりと収まらないのです。
例えば「インターネット」という言葉。「インター」「ネット」それぞれに、英語としての故事来歴があります。日本語ではふだん使われている、高速道路のインターとかゴルフ練習場のネットを思い浮かべる人が多いでしょう。この2つを想像する限りは、インターネットが何か、思い至りません。
「電網」なら、なんとなく想像できます。しかもこの方が、文字数も少ないのです。もっともこの単語では、配電線網も想像しますが。

その点、日本語にある単語から取った言葉なら、その単語の背景を知っているので、おぼろげにでも理解できます。漢字で表した単語なら、漢字が表意文字なので、さらに意味がわかりやすいです。例えば、水や食といった漢字を含んでいると、何に関するものが想像がつきます。
四文字熟語などなら、その起源である漢文や日本の古典を知っています。しかし、私たちの多くは、シェークスピアや古代ローマのキケロなどの、西欧の教養を知らないのです。

すっかり変わった日本の農村

2020年1月13日   岡本全勝

朝日新聞社の言論サイト「論座」。山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の「あなたの知らない農村~養豚農家は所得2千万円!現代日本の農村に「おしん」はいない」(2019年12月27日)が、分かりやすかったです。特に、図表がよいです。

まず、作物別の農家所得比較です。
水田は500万円ほど、しかもそのうち農業所得は100万円もありません。年金収入が半分を占めています。
野菜で約600万円、牛肉で800万円、ブロイラーになると1,200万円、酪農は1,700万円、養豚では2,000万円になります。
米作りの多くは、サラリーマンの兼業か、高齢者です。他方で、大規模営農をしている人もいます。畜産関係は企業経営でしょう。
ここでの問題は、家業(家内労働)でなく、企業(事業)にならないと、所得は上がらないということです。これは、商工業と共通することです。農「家」問題と農「業」問題は、別です。

なぜ、稲作は農業にならず農家で続いたか。それも、図表で示されています。
稲作は、手間がかからないのです。さらに、兼業でもできるのです。
10アール(1反)当たりの年間労働時間は、1951年の200時間から、現在では30時間に満ちません。8時間労働だと4日かかりません。
1ヘクタール(10反)だと、251日から29日に激減しています。大規模営農だと、もっと効率的です。
圃場整備、水利、農薬、田植機と稲刈り機の発達で、こんなに楽になったのです。休日に働くだけで、できます。野菜や畜産は、そうはいきません。毎日作業があります。

農家も減りました。戦後、日本の就業者の5割は1次産業でした。現在では、4%です。
農村での状況が、図になっています。1970年に農家が7割以上の集落は6割ありました。農家が5割以上を占める集落は、8割近くありました。農業集落は、ほとんどが農家でした。
現在では、農家が7割以上を占めている集落は7%、農家が5割以上の集落で見ても23%です。

日本の農村、農家、農業の姿は、この半世紀ですっかり変わりました。