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ニクソン・ショック50年、国民生活改善

2021年9月3日   岡本全勝

8月26日の日経新聞経済教室「ニクソン・ショック50年」は、岡崎哲二・東京大学教授の「国民生活改善への転機に」でした。

・・・ニクソン・ショックは国際通貨体制の転換点だっただけでなく、日本にとっても経済政策、企業経営、日本経済の国際的地位や国民生活の水準など多くの点で画期となった。

第1に経済政策については、変動相場制への移行は政策手段選択の自由度を拡大する意味を持った。
変動相場制移行以前の日本では、金融政策は基本的に国際収支の調整という目的に割り当てられていた。すなわち日銀は政府と調整のうえ、景気が過熱し経常収支が赤字になれば金融を引き締め、景気後退により経常収支が黒字になれば金融を緩和するという政策運営を続けていた。
ニクソン・ショック直前の70年10月からショック後の71年12月にかけて、日銀は公定歩合を5回引き下げて金融を緩和した。これは70年秋以降の景気後退とニクソン・ショックに対応するための措置だった。さらに景気が好転していた72年6月、円切り上げ後も経常収支黒字が解消しないことを受け、再度の円切り上げを避ける目的で、もう一段の金融緩和が実施された。
そしてこの一連の金融緩和が、マネーストック(通貨供給量)の増加を介して73~74年の大規模なインフレ、いわゆる「狂乱物価」の原因となった。景気が上向く中で追加的金融緩和が実施されたのは以下のような事情による。固定相場制の下で為替レートによる国際収支調整が機能しなかったので、金融政策を経常収支黒字削減のために使用せざるを得ず、インフレ抑制のための金融引き締めを機動的にできなかったのだ。

変動相場制への移行はこの制約を取り除いた。こうした政策手段選択の自由度の拡大は、後に起きる第2次石油危機への対応に生かされた。イラン革命を背景に、79年には原油価格が前年の2.7倍に高騰した。日本経済に対し、購買力の産油国への移転を通じて不況圧力を加えるとともに、コスト面からインフレ要因となり、さらに経常収支赤字をもたらした。
この状況下で日銀は79年4月から80年3月にかけて5回にわたり公定歩合を引き上げた。変動相場制の下で、国際収支と景気の調整は為替レートの変動と財政政策に委ねられ、金融政策は主にインフレ抑制のために割り当てられた。そしてこの機動的な金融引き締めが、第2次石油危機時の日本のインフレ率を小幅に抑えることに貢献した・・・
この項続く

朝日新聞夕刊連載「オールド・ボーイズ・クラブ」

2021年9月2日   岡本全勝

8月30日の朝日新聞夕刊から「オールド・ボーイズ・クラブ」の連載が始まっています。オールド・ボーイズ・クラブ(OBC)とは、オールド・ボーイズ・ネットワーク(OBN)とも言う、多数派の男性が築いた暗黙のルールや約束に満ちた、仲間うちの閉じた世界のことだそうです。

8月31日の「行動10か条 働き方も変えた」から。
・・・男性同士の閉じた世界を指すオールド・ボーイズ・クラブ(OBC)。変革や挑戦の障害とされるが、女性はどう感じているのか。
「部下よりも常に上司の方を向いて仕事をしている」「接待やゴルフに付き合うことが上司に気に入られる条件だと思っている」「昼食に一緒に行っても、食べるのが早すぎる。せっかくの機会なのだから、ゆっくりいろいろ話したい」「同行で一緒に歩いていると速すぎてついて行けない。こちらが小走りなのに気づかない」
女性活躍やダイバーシティー(多様性)の推進に取り組むNPO法人「ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク」(J―Win)に参加する男性メンバーが、OBCについて女性にアンケートをとった時の回答だ。J―WinはOBCをオールド・ボーイズ・ネットワーク(OBN)と呼ぶ。

「被害届のようだな」「効率的な業務推進には必要なことだ」「良かれと思ってやったのに」。東レ経営研究所ダイバーシティ&推進部長の宮原淳二さん(56)らメンバーは当初、回答にショックを受け、正面から受け止められなかった。
その後議論を重ねてOBNに向き合い、男性が「変えられる行動10か条」を作成した・・・

その後の変化については、原文をお読みください。オールド・ボーイズ・クラブの一員(?)として、反省しながら読んでいます。

暮らしやすいコミュニティとは

2021年9月2日   岡本全勝

Web日本評論、竹田伸也・鳥取大学教授の「みんなのストレス波乗り術」第12回・最終回「できる範囲で力を届ける」から。

・・・世の中から余裕がなくなり、なおかつ自己責任という論理が幅を利かすと、コミュニティにある変化が起こります。それは、「率先して責任を背負おうとする人が少なくなる」ということです。
あなたに思い返していただきたい日常風景があります。
あなたが今いるコミュニティ。職場でも地域でも家庭でも学校でもなんでもかまいません。そのコミュニティには、率先して責任を背負おうとする人が、ご自分を含めてどの程度いますか? コミュニティにそういう人がどの程度いるかを、次の3つの視点で評価してみてください。

1点目は、「役割の決まっていない仕事を自発的に担う人が一定数いるかどうか」です。コミュニティの務めには「これは誰々さんの役割」と決まっていないようなものがたくさんありますね。たとえば、切れかかった電球を交換するとか、床に落ちているゴミを拾うとか。そうした、誰の役割か決まっていない務めは、そのコミュニティにいる人々の自発的な取り組みで処理されることがほとんどです。なので、率先して責任を背負おうとする人が少なくなると、そのコミュニティは見た目から荒れ始めます。

2点目は、「配慮の必要な人に対して手を差し伸べる人が一定数いるかどうか」です。なんらかの障がいを抱えているせいで、障がいを持たない人と比べて特定の務めに十全に力を発揮できない人がいます。そうした人がいた場合、その人の力を補って動こうとする人がどの程度いるかが、これにあたります。あるいは、特定の人――この場合の特定の人とは、責任感の強い人です――に仕事がどんどんたまっているのに、周りの人はその人から仕事をもらったり、一緒に抱えたりしようとしない。これなんかも、配慮が必要な人に対して手を差し伸べない状態といえます。

3点目は、「会議などみんなで意思決定する場面で建設的な発言をする人が一定数いるかどうか」です。コミュニティをどのような場として成長させるかは、そのコミュニティに属する構成員みんなの責任です。にもかかわらず、会議ではほとんど発言しない。あるいは、発言しても大きな声で誰かやなにかの批判ばかりして、建設的な意見を出さない。一方で、陰ではあれこれと悪口が飛び交っている。こうした状態も、率先して責任を背負おうとしない人が多いコミュニティといえます・・・

組織を作り動かす

2021年9月1日   岡本全勝

先日、ある研究者から取材を受けました。東日本大震災被災者支援本部と復興庁での仕事、特に組織を作って運営することについてです。改めて、自分のした仕事を振り返ることができました。

被災者支援本部でしなければならなかったことは、次の通り。
取り組むべき課題を整理する、それに応じて各省から人を集める、課題の変化に応じて班を再編し人を増やす。意思決定過程を作る。幹部が判断することと、部下職員に任せる案件の線引きを作る。そして、状況の変化に応じて、それぞれが自己変革することを組み込む。後には、民間からも職員派遣を求め、期間職員を採用をする。
そこには、取り組むべき課題の整理、それに応じた班編制と人集め、さらに意思決定過程を作ることが含まれています。1番目は企画課の仕事、2番目は人事課の仕事、3番目は文書課の仕事と慣習の部分と言ったらよいでしょうか。

この点については、『東日本大震災 復興が日本を変える』にも書きましたが、山下哲夫執筆「政府の被災者生活支援チームの活動経過と組織運営の経験」(季刊『行政管理研究』2011年12月号)に詳しく記録と分析がされています。山下君(現・総務省総務審議官)は、後に行政管理局長、内閣人事局人事政策統括官を務めた、組織の専門家です

内閣官房などで、これまでもたくさんの本部とその事務局が作られ、そのたびに各省から職員が集められ仕事をしました。これまでにない課題に取り組む、新しい組織を作る、混成部隊を運営することは、けっこう難しいのです。
さらに、大震災では現地の状況がどんどん変化し、それに応じて仕事も組織も変える必要がありました。毎週、職員を増やし、席替えをしていました。

新しい組織を作ることも難しいのですが、その組織を動かすことはもっと困難であり重要です。あらためて、そのことを思い出しました。
私は防災の専門家でなく、組織を作って動かす職人だったのです。自治体現場を知り、各省を知り、官邸を知り、与野党幹部を知っていた。それが私がこの仕事を遂行できた理由です。私が最初に呼び集めた、山下哲夫君も福井仁史君も、霞が関での組織運営のできる人材でした。

私は、被災者生活支援本部と復興庁では、この点についてうまくできたと自負しています。一つには参画してくれた職員の多くが不満を持たず取り組んでくれたこと、もう一つは一定の成果を出せたことです。もちろん、全員が満足できたわけではなく、対応が満点だったわけではありません。この項続く

障害者支援の少ない日本

2021年9月1日   岡本全勝

8月25日の日本経済新聞朝刊1面に「パラと歩む共生社会」が載っていました。
そこに、国内総生産(GDP)に占める障害者らに対する公的支出の割合が出ています。日本は1.1%と、OECD平均の2%の半分です。西欧各国はほぼ3%です。
企業などに一定割合の障害者雇用を求める法定雇用率は、ドイツは5%、フランスは6%であるのに対し、日本は2.3%です。

公的教育支出や若者への支出が、先進各国の中でも、日本は低いことが指摘されています。