投稿者アーカイブ:岡本全勝

連載「公共を創る」第92回

2021年9月10日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第92回「社会の課題の変化―生活省は「制度」より「課題」に取り組む」が、発行されました。

前回に引き続き、生活省構想を説明しています。
あわせて、制度所管思考と課題所管思考の違い、このような問題には課題所管思考が必要なこと。理想に向かって先頭を進む前衛の役割とともに、ついてこられない人を拾っていく後衛の役割も必要なこと。公務員に求められる専門性が変わってくることを説明しました。
行政に求められる優先課題が変わったことによって、公務員に求められる思考も能力も変わる必要があります。

9.11後の20年

2021年9月10日   岡本全勝

9月7日の日経新聞文化欄「9.11後の20年」トーマス・フリードマン氏の「民族とグローバル、均衡を」から。
・・・東西冷戦の終結を受け、その後の国際秩序を予想する議論が出た。フランシス・フクヤマは自由経済圏が勝利し平和が来る「歴史の終わり」を予言したが、世界から紛争は消えなかった。サミュエル・ハンチントンは異なる文明同士が対立する「文明の衝突」を論じたが、実際にはイスラム教シーア派とスンニ派の対立のように、同じ文明内での衝突が頻発した。
私は「民族としてのアイデンティティー」と「グローバル化」という新旧2つのシステムがからみあい、共存する世界を予想した。トライバル(民族的)な欲求とグローバル秩序が時には綱引きを、時にはレスリングをしつつ均衡を保っていく構図だ。この予想はかなり的を射ていたと思う。
(14年に)ロシアのプーチン大統領はクリミア半島の併合に踏み切ったが、ウクライナの首都キエフには侵攻しなかった。中国は香港で引き締めを強めているが、台湾には侵攻していない。トライバルな欲求をグローバル秩序が抑え込むことに成功したからだ・・・

人事院初任行政研修講師2

2021年9月9日   岡本全勝

今日は、人事院初任行政研修講師の続きに行ってきました。前回6日に基調講義をして、それを受けて、研修生たちが班別に討議をします。その発表会がありました。その講評をするのです。
83人の研修生が、15班に分かれ、討議した結果を発表します。それぞれの班には、3つの課題のうちの1つが割り当てられています。検討する課題の設定には、工夫を凝らしました。当時の状況で「あなたならどうしますか?」では、既に私たちがやった実績があり、そんなに大きな失敗もしていない、また詳しい状況を彼らは知らないので、議論にならないでしょう。そこで、人事院の担当者と相談して、現場を知らない、そしてまだ駆け出しの公務員でも議論できるような設問にしました。

15班を3つのグループに分けて、各班が検討結果を発表し、他のグループや研修生から質問を受けます。私はその講評をします。
私一人ではすべてのグループを見ることはできないので、あと2人講師を呼びました。被災者生活支援本部事務局で私を助け、全体を管理運営してくれた、山下哲君君(現・総務省総務審議官)と、福井仁史君(現・迎賓館館長)です。当時の混乱と、私たちの苦労を知っている2人です。

研修生の発表はどうなるか、質疑応答はどうなるだろうかと心配していたのですが、発表はすばらしく、質疑応答も活発で、時間が足らなくなりました。正解のない課題、まだ経験も浅いという条件にもかかわらず、論点を網羅し、それをうまく整理し、出題者の期待を超える発表でした。
今回のような視点や思考を忘れずに、日頃の業務を改善してほしいです。頑張れ、次代を背負う若者たちよ。

自民党の評価

2021年9月9日   岡本全勝

9月7日の朝日新聞オピニオン欄、久米晃・元自民党事務局長の「向かい風の自民党」から。

――選挙参謀を務めながら、自分のことを「自民党支持者ではない」と言うことがありますね。
「私は保守の人間であって、無原則な支持者ではありません」
――保守とは、どういう意味で言っていますか。
「日本の歴史と伝統文化を守り、常識と秩序を守る態度のことだと思っています。常識は時代に応じて変わるものだとは思いますが、あまり変えたくはない」
「保守の私からみても、自民党の政策が間違っていると思うことはあります。感染症対策も災害対策も、不十分だった点があると言わざるを得ません。個人的には、党の考え方すべてに賛成していたわけではありません」
――自民党の支持者もそうでしょうね。
「世論調査で有権者が『自民党支持』と答えたからといって、すべての人が自民党候補に投票するなどということはありません。勝てる候補は自民党支持の8割の票を取りますが、負ける候補だと6割しか入らないのが実態です」
「自民党支持というのは固い支持ではなく、ゆるやかな『期待』のようなものです。『保守的な無党派層』と言った方が近いかもしれない。よく無党派対策が必要と言われますが、自民党支持を固めることができるかどうかが、昔も今も選挙対策の基本です」

――近年の有権者の心理をどのように見ていますか。
「昭和の時代、自民党にとっては『夢と希望』を語るのが選挙でした。所得倍増、列島改造、経済の復興が代表的です。ところが、ある程度の生活環境が整うと、何を訴えればいいのか、見つけにくくなった。その影響で、平成以降の選挙は有権者の『不平と不満』の表明の手段になっている。政治に期待するものがなくなったということでもあります」
――そうなったのも、自民党の責任ではありませんか。
「そうですね。この状況を野党が作ったわけではない。ただ、国民の要求が多様化し、多くの人が納得できる『夢と希望』を語れるかというと、すごく難しい」

――自民党のありようも変わってきたということですか。
「そもそも自民党は欧州で見られるような政党ではないと思っています。ドイツのキリスト教民主同盟や社会民主党は、イデオロギーや思想があってできた政党で、そこから議員が出てくる。でも、日本の自民党は議員バッジをつけた人が集まって、政党を名乗っているわけです。質が違うと思いますよ」

行政の無謬性神話

2021年9月8日   岡本全勝

先日、あるところで、行政の無謬性、官僚の無謬性が議論になりました。
行政の無謬性とは、行政は間違いを犯さないものだ、間違いを犯してはならないという考えです。私も官僚になった頃は、「そんなものかなあ」と程度に考えていましたが、経験を経るに従って、「それは真実ではない」「そんなことを言われても困る」と思い始め、「誰がそんなことを唱えたのだ」「やめてくれ」と思うようになりました。

問題を提起したのは、現役官僚です。彼も、行政の無謬性に疑問を持っていました。
私は、次のように考えています。
1 行政は間違いを犯してはいけない。確かにその通りで、法令の適用を間違ってはいけません。しかし、人間がすることですから、間違いも起きます。官僚も生身の人間です。民間企業の社員と変わりません。

2「絶対間違いを犯してはいけない」と主張するなら、それなりの手当が必要です。
例えば、「法案の記載誤り」が厳しく批判されました。法律改正の重要な内容に間違いがあってはいけませんが、重要でない部分や参考資料の記載誤りについてそんなに問題視することでしょうか。訂正すれば済むことでしょう。そのような間違いもしてはいけないというなら、人と時間を増やしてください。
もし私が当事者の官房長だったら、国会での釈明の際に、「申し訳ありません」と言いつつ、「しかし、現在の人員と限られた時間では、間違いも起きることがあります。法令本文には間違いがないように心がけますが、参考資料は正誤表で対応させてください」と答弁したでしょうね。

3 ここにあるのは、いまだに残る「官僚神話」ではないでしょうか。「官僚は優秀で、間違いは起こさない」というかつての神話です。一方で、エリートは認めないので、官僚を叩くという風潮です。
この問題の解決は、「官僚も普通の人ですから、間違いも起きます」と当たり前のことを認めることです。私なら追求されたら、「あんたも間違いを犯すでしょう」と反論します。
何か失敗が起きたら、しばしば「二度とこのようなことが起きないように、調査をして、再発防止に務めます」というような謝罪会見がされます。これも、やめた方がよいです。そうでなくても忙しい職員に、さらに仕事を増やすだけですから。その調査の結果、職員数を増やしてくれるならよいのですが、それを認めてくれないですよね。
「今後も失敗が起きないように注意して参ります(でも、人間のすることですから、また起きるかもしれません)」が正しいと思います。もちろん絶対間違ってはいけないことと、少々の間違いは許してもらえることとの区別はあります。
この項続く