投稿者アーカイブ:岡本全勝

リーダーが理想を追い、全員で実現する

2022年9月25日   岡本全勝

9月15日の日経新聞夕刊、私のリーダー論、WOTA・CEO前田瑶介さんの「人間愛の技術で水問題解く」から。前田さんは29歳、使った水の98%以上を再利用できる小型の浄水システムを手がける会社の最高経営責任者です。

――経験豊富な社員が多い中で、リーダーとして心がけていることはありますか。
「私が語るのはおこがましいですが、基本的には2つだと思います。まず、哲学や理念などに基づき理想の状態を定義したうえで、現在地を正しく認識し、理想と現実をつなぐ方法を決めます。そして、方法が決まれば、そこに最速で向かうことです」
「理想というものは合議で決めるのはなかなか難しく、リーダーが明確な意思でとことん腹落ちするまで考えて決めるものです。一方で理想と現実をつなぐ方法は、開発メンバーや関係者がいる場所で、全員が納得して決めるべきです。お客様の要望や現実の技術、チームの実力から外れてはいけないからです」

――社員数は1年前から2倍程度に増えているそうですね。組織が大きくなる際の苦労はありますか。
「社員には下水処理場を何十施設も造った方もいますし、米航空宇宙局(NASA)で水の研究をしていた方もいます。いろんなメーカーから技術者が転職してきますが、まず使う言語が違います」
「伝統のある会社なら用語が統一されて、『企画』『設計』『計画』が何を指す言葉なのか皆が理解できます。新しい人が入社しても『郷に入れば』、といった具合ですが、WOTAにはいま郷が存在しません。WOTAらしいと感じる言葉は残します。ただ、社外の人が持ち込んできた、業務を効率化するのに良いと思った言葉があれば、社内用語として受け入れる場合もあります」

「働かないおじさん」

2022年9月24日   岡本全勝

9月11日の朝日新聞オピニオン欄「50代社員、諦めないで」、人事コンサルタント、フォー・ノーツ代表の西尾太さん「後進育て、誰かの役に立とう」から。

――若い世代が中高年をどう見ているのかが気になります。
「私たちの調査では、若手社員の50代への評価は概して高く、『新たなスキルや知識を身につけ、未経験の仕事に取り組むことができる』と考える人が約45%に上りました。私たちの世代を温かい目で見てくれているんだな、と意外でした。半面、50代の当事者に意欲を聞くと、3人に1人が『できれば取り組みたくない』と答えている。消極性や自己評価の低さが目立ちました」

――自分の能力がどれだけあるのか、悩んでいる人も多いのでは。
「真面目に30年以上仕事をしていたら、自分では意識していなくても経験やスキルは蓄積している。それを棚卸ししてみましょう。これまで積み重ねてきたことを体系化し、後進を育てることを考える。人を育てる50代を企業は手放しません」

――中高年の頃は教育費や住宅ローンなどの負担が多い。公的支援が少ない日本では、その分、年功賃金で企業がまかなってきました。
「給与が抑えられていた20代、30代に馬車馬のように働いたのだから、その分を払って欲しいと考えるのは分かります。しかし、バブル崩壊後、中高年を温かく処遇できる企業は減りました。若い社員は現在の働きに見合う給与を払わないと辞めていく時代です。今の価値に対する賃金を時価払いしなくては企業が立ちゆかなくなった。それが、人事施策を手伝っている私の実感です」

――企業が適切な仕事を割り当てられていない面もありませんか。
「その人のパフォーマンスを最大限に発揮できる部署が社内にあれば幸運でしょう。一方で、最近では社外での人材の流動性も高くなっており、大きな組織できちんと仕事をしてきた管理職経験者が欲しい、という中堅企業も増えています」

――中高年以降の働き方、生き方が変化しているのでしょうか。
「働く理由を中高年に問うと、多くの人は給料のためと答えます。管理職研修でも、誰かの役に立ちたいという外向きの答えが少ない。収入を得るのは大切ですが、生活のために耐えるというモードでは自分がもちません。どんな価値を社会に提供できるか、考えましょう」

殿様は目黒でサンマを食べたか

2022年9月24日   岡本全勝

サンマの季節になりました。
古典落語「目黒のサンマ」を、ご存じの方は多いでしょう。8月29日の読売新聞に、「どうして「さんまは目黒に限る」?」が載っていました。

ところで、この落語は江戸時代ではなく、最近になって作られた話ではないかと、教えてもらいました。
先月、気仙沼に行った際のことです。江戸時代の記録には、気仙沼でサンマが獲れたという記録がないそうです。サンマは寒流の魚で、沿岸近くには寄ってこないのです。動力船ができて、沖合まで行けるようになってから、獲れるようになったというのです。すると、江戸近海では獲れなかったのではないか。そして、冷蔵技術がないと、消費地まで運ぶことができません。
江戸時代には、動力船と冷蔵技術がないので、目黒でも江戸市中でも、サンマは食卓に上らなかったのではないでしょうか。

もう一つ興味深い話を。私たちが口にする魚の多くは、一文字で表すことができます。鮭、鰯、鯛、鰊、鱸、鱧、鯉・・・。お寿司屋さんの湯飲み茶碗に、書かれていますよね。
ところが、サンマは一文字がないのです。秋刀魚とあてますが、一文字ではないのです。するとサンマは、食卓には意外と新しい魚なのかもしれません。

秋のお彼岸

2022年9月23日   岡本全勝

今日は秋分の日。「暑さ寒さも彼岸まで」とは、よく言ったものです。
あれほど暑く、夜も寝苦しかったのに、東京はここ数日、朝の気温が20度を下回るようになりました。朝晩に水シャワーが気持ちよかったのに、温かいお風呂が良くなりました。かけ布団が必要になりました。
お向かいの庭からは、虫の音が聞こえてきます。わが家のアサガオは、まだ頑張って花を咲かせています。

過ごしやすくなったのですが、先週の3連休もこの3連休も、台風が来て天気が良くないです。行楽を楽しみにしていたご家族も、残念な思いをしておられるでしょう。運動会もですね。

「生きづらさ」言葉の功罪

2022年9月23日   岡本全勝

9月7日の朝日新聞オピニオン欄「「生きづらさ」言葉の功罪」、貴戸理恵・関西学院大学准教授の「他者とつながる足掛かり」から。

かつて、女性、障害者、不登校者などマイノリティーとされた人は、「障害者は劣っている」「学校に行かないことは悪い」とまとめて差別され、その苦しみを分かち合うことができました。社会の無理解は深刻で、変革のために連帯する必要性も明らかでした。
ところが今は、少なくとも建前のうえでは「多様なライフスタイルを承認する」とされ、同じマイノリティーだからといって、共通のしんどさを抱えていることを前提にできません。「30万円稼ぐようになった引きこもりの男性」のように、「弱い立場だったけど生産性がある人になった」話も流通している。だからマイノリティーであることを「言いわけ」にできず、「苦しいのは自分のせいだ」となってしまう。

もちろん、多様性が認められるのは重要です。でも、市場的な価値が重視されるなかで共同性が失われ、孤立感を持ちやすくなることには、注意が必要だと考えます。
そうしたなかで、個人の「苦しい」というリアリティーを表現できる言葉が「生きづらさ」なのでしょう。自分の個人的なストーリーをその言葉に乗せることで、ようやく他者に語ることができる。
これは現代的な現象だといえます。自分だけでなく多くの人がしんどいのに、共通の問題は見えず、「自分のがんばりが足りないからだ」と個人的に抱え込まされる。その結果、苦しみを主観や身体性に根ざして表現せざるを得ないのです。「生きづらさ」が多く使われている背景には、個人の苦しみを自己責任だと思い込まされるような状況があると思います。

「生きづらさ」という言葉は困難を個人の問題にしてしまう面があることは確かですし、しんどさの原因となっている社会構造を問うことも必要です。でも、この言葉のよいところは、「自分で語る足掛かりになること」だと私は思っています。
参加者が自分の生きづらさを語り合う場に10年以上関わっています。互いの話を聞きあうことを通じて、「自分だけの問題じゃない」という実感が積みあがっていきます。就労に結びつくなどの具体的な変化もありますが、一番大切なのは、しんどさを通じて他者とつながる「孤立の回避」です。