投稿者アーカイブ:岡本全勝

スイス、傭兵と中立

2024年3月25日   岡本全勝

本の山から発掘され、気が向いたので、森田安一 著『「ハイジ」が見たヨーロッパ 』(2019年、河出書房新社)を読みました。

「アルプスの少女ハイジ」は、原作は読んでいなくても、テレビ漫画を見た人も多いのではありませんか。正しい発音は、ハイジでなく、ハイディだそうです。
宣伝文には、次のように書かれています。
「おんじはスイス傭兵だった――。白パンと黒パン、干し草のベッド、チーズ料理、フランクフルトへの旅、クララの病――子供の頃に夢中になったアルプスの物語には、意外な真実が隠されていた。原作に潜む19世紀ヨーロッパの光と影を読み解く」
このように、この童話を通して、19世紀のスイス社会を解説しています。原作は1880年、まだ100年あまり前のことですが、社会が大きく変わったことがわかります。日本も同じですが。

第2章は「おじいさんの履歴――スイス傭兵制」で、スイスの傭兵の歴史が書かれています。中世から、スイスはヨーロッパ各国への傭兵の供給源でした。たぶん山岳で働く場所が少なかったことが特殊な出稼ぎに向かわせ、山岳育ちで屈強だったことが各国に重宝されたのでしょう。戦前の日本軍でも、田舎の出身の兵隊が強かったとのことです。

そこに、スイスの中立国の成り立ちが説明されています。簡単に言うと、傭兵を要求する各国からの要望に応えるのですが、新教と旧教双方から味方につくようにとの要請を受けて困ります。そこで提案したのが、「スイス国内でそれぞれが傭兵募集をすることは妨げない。しかし国(当時はまだ邦の連合)としては、どちらにも味方しない中立を取りたい」です。各国がこの条件をのんだことから、スイスが中立国になります。なるほど、そのような経緯があったのですね。

京都市の外国人観光客数、50万人から800万人へ

2024年3月25日   岡本全勝

3月18日の朝日新聞夕刊「現場へ!世界遺産の人々1」「京都登録30年、静かな節目」から。

「古都京都の文化財」が世界遺産に登録されて、今年で30周年を迎えます。その課題を追った記事ですが、ここでは、急速な外国からの観光客を取り上げます。
記事によると「統計方法の変更で単純比較はできないが、登録時に年間50万人ほどだった京都市の外国人観光客数は、今や800万人」とのこと。

外国人観光客が増えたなあと感じていましたが、こんなに増えていたとは。京都市民は140万人余り。路線バスはいつも混雑し、迷惑に感じている人も多いようです。
詳しくは記事をお読みください。
世界的観光地になったことはうれしいことですが、住民との共存を考えないといけませんね。

ツバキの花

2024年3月24日   岡本全勝

市町村アカデミーの庭に、去年植えた五色散り椿。人の背丈ほどですが、きれいな花をたくさん咲かせています。ほかの植木と一緒に、係の方が世話をしてくださるのです。小鳥が来て花を食べるらしく、花びらにその痕跡があります。

自宅の鉢植えの五色散り椿は、例年に比べると、今年は花が少ないです。肥料が足らなかったのでしょうか。
玄関脇の紅ツバキは、ちらほらしか咲きません。昨夏の剪定で、切りすぎました。今年は、そのようなことのないようにしましょう。でも、すぐに枝が伸びるのです。狭い空間では、自由に伸ばしてやれなくて。

お向かいの水仙畑は満開です。我が家のチューリップは、葉を伸ばしています。寒の戻りで、桜の開花は遅れそうですね。

やる気を引き出す励まし話法

2024年3月24日   岡本全勝

2月27日の日経新聞夕刊に、日本ペップトーク普及協会 教育普及部副部長・乾倫子さんの「やる気を引き出す励まし話法」が載っていました。部下育ての基本は、しかるより褒めるですが、子育ても同じですよね。詳しくは記事をお読みください。

・・・子どもにしてほしいことをうまく伝えるにはどうしたらいいか。ポジティブな言い方で相手のやる気を引き出す米国生まれの話法がある。スポーツ指導のほか教育やビジネスの現場でも活用されるこの話法を家庭で実践し、子どものやる気を引き出す方法について、日本ペップトーク普及協会の教育普及部副部長、乾倫子さんの助言を紹介する。

この話法は「ペップトーク(Pep Talk)」と呼ばれ、直訳は「励ましの言葉かけ、応援演説」という意味だ。米国発祥で、もともとはスポーツの試合前に監督がロッカールームで選手を励ますための短いスピーチのことを指す。
2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝戦の前に大谷翔平選手がチームメートに投げかけた「憧れるのをやめましょう。(中略)勝つことだけを考えていきましょう」という言葉は、典型的なペップトークだ。

ペップトークは次の4つのステップで進める。
【ステップ1=受容】事実や相手の感情を受け入れ、共感を示す。子どもの気持ちを聞く際はイエス・ノーで答える質問ではなく、「今どんな気持ち?」「何を頑張りたい?」など自分の言葉で答えられる質問をする。

【ステップ2=承認】次にとらえ方をポジティブに変換する。コツは「ない」ものでなく「ある」ものに目を向けること。例えば雨天のとき、「外で体育はできないね」とネガティブにとらえず、「お気に入りの傘が使えるね」とポジティブな面に目を向ける。

【ステップ3=行動】してほしいことを分かりやすく伝える。「走らないで」と伝えると、子どもの脳内には走る場面が浮かんでしまうので、「ゆっくり歩こう」などとしてほしいことをシンプルに伝える。

【ステップ4=激励】その上で子どもの性格に応じた言葉で励ます。「困ったら手伝うからね」と安心感を与える言い方や、「○○ちゃんなら絶対できるよ! 全力でやってみよう」と背中を押す言い方など、子どもが言ってほしいと思う言葉を選ぶのが効果的だ・・・

気象神社

2024年3月23日   岡本全勝

3月17日の日経新聞日曜版に、天気予報が特集されていました。記事に、気象神社が出てきます。
次のようなことが、書かれています。
「現代では祈る内容も多種多様だ。結婚式当日の好天を祈るカップルが多いが、エアコン会社は猛暑を、タイヤメーカーやスキー場の運営会社は降雪を、使い捨てカイロの製造会社は厳冬を祈る」

稲作時代はみんなで、田植えの時期に雨を、それ以外は晴れと適度な雨を祈ったのでしょうが。これだけ多様な、かつ相反するお願いをされると、神様も大変でしょうね。

気象神社は高円寺駅前、氷川神社の境内にあります。氷川神社が我が家の氏神になるので、初詣などに行きます。説明によると、「気象神社は、1944年(昭和19年)4月、大日本帝国陸軍の陸軍気象部(杉並区馬橋地区)の構内に造営されました。軍にとって気象条件は戦略、作戦を講じるのに大事な要素であったため、科学的根拠に基づいた予報がされていましたが、予報的中を祈願するなど、気象観測員の心のよりどころとされていたそうです。
その後、戦後の神道指令で撤去されるはずの気象神社でしたが、調査漏れにより残存。先々代宮司の山本実が受入を決断して、高円寺氷川神社に遷座されることになりました」とのこと。

陸軍気象部は戦後、気象研究所となり、それが筑波に移転した跡地が馬橋公園になっています。孫と遊びに行く場所です。