投稿者アーカイブ:岡本全勝

『中世イングランドの日常生活』

2024年10月15日   岡本全勝

中世イングランドの日常生活』(2022年、原書房)を読みました。イギリス旅行で、「中世イギリスに生まれ変わったら、どんな生活をしたのだろう」と妄想したことがきっかけです。羊ではなく、農夫に生まれたらと思って、この本を買いました。

表紙に、「生活必需品から食事、医療、仕事、治安まで」と書いてあるとおり、かなり詳しく書かれています。
もしその時代に生まれたら、労働がつらいことや食事がおいしくないこと以前に、衛生状態と医療環境が悪いことに耐えられないでしょうね。21世紀を経験している私だから思うので、それを知らなければ、当時の状況が当たり前と思うのでしょう。
それは、古代や中世の日本に生まれ変わっても同じでしょう。今の時代、それも日本に生まれてよかったことを、改めて感謝しなければなりません。

9月にイギリスに旅行して、早いもので1か月が経ちました。同世代の知人とイギリス旅行の話をしたら、彼曰く「イギリスにいたとき、あそこも行こうと思ったんだけどな。また、来ることができるだろうと先延ばししたんだ。もう行くことはないかな」と残念がっていました。行けるときに行っておかないと、行けなくなります。
教訓「悩んだらやってみる」。参考「変わりたくない日本企業」。この記事が同じ日に掲載することになったのは、偶然です。

変わりたくない日本企業

2024年10月15日   岡本全勝

日経新聞私の履歴書、10月は、ヘンリー・クラビス(KKR共同創業者兼会長)です。企業買収ファンドの仕組みを1970~80年代に創り、発展させました。業績の悪い会社を買い取り、経営者とともに立て直す。新しい事業形態をつくりあげた苦労は、勉強になります。日本では「ハゲタカファンド」と命名して、忌避した時代もありました。

10月14日は「我慢の10年 変わりたくない日本企業」でした。アメリカ、ヨーロッパで業績を拡大し、アジア、日本にも進出しようとします。しかし、日本では手こずります。
・・・日本企業の風土は「We can't(できない)」だった。私やジョージ(共同経営者)は反対の「We can(できる)」だ。いつも「コップの水が半分残っている。もう半分を埋めよう」と攻めている。だが会った日本企業のトップからは「変わりたくない」という雰囲気が伝わってきた・・・

 

秋の3連休

2024年10月14日   岡本全勝

3連休、皆さんはどのように過ごされましたか。多くの地方で、天気にも恵まれたようです。我が家のアサガオは、まだいくつか花をつけています。

私は、孫の都合で少ししか遊んでもらえず、新型コロナウイルス予防接種もしたので(翌日は結構だるい)、おとなしくしていました。
おかげで、連載「公共を創る」の原稿執筆に、集中することができました。この先の構成がまとまらず、困っていたのです。書いては読み返し、加筆することを繰り返しました。早朝から取り組むと、頭がさえていて進みます。午後は、だめですねえ。
まあまあ満足できる形になりました。右筆に見てもらいます。また、鋭い指摘があるでしょう。一人で悩んでいるより、一人で満足しているより、良いものができあがります。

肝冷斎は、野球観戦(こんな時期にやっているのだ)と、現地調査に精を出しているようです。

政治の情報化

2024年10月14日   岡本全勝

10月3日の朝日新聞夕刊で、野口陽記者が「データ化に遅れ 政治資金、分析可能な公開を」を取り上げていました。

・・・自民党派閥の裏金作りは、遅くとも十数年前から続いてきた。発覚したのは、政治資金収支報告書の記載漏れを「しんぶん赤旗日曜版」が報じたからだ。
報告書は全ての政治団体が公開を義務づけられている。派閥のパーティー券を買った団体が購入額を報告書に記した一方、派閥側は販売収入を記載していないケースが多くあったのだ。
もっと使いやすい公開制度なら、不正はより早く見つかったのではないか。米国留学時に現地の制度を見た経験から、そう思う・・・
・・・日本でも国や地方がウェブで報告書を公開しているが、米国に比べると状況は大きく遅れている。
「格差」の要因は公表データの形式の違いだ。米国は、ウェブ上でテキストの検索や数字の集計などの処理ができる「機械可読」の形式だ。日本では、ほとんどの政治団体が機械可読なデータで報告書を作るが、提出する段階で紙にしたり、国などがウェブ公開の際にPDF画像にしたりする。そのため機械可読でなくなり、処理がしづらい・・・
・・・見直しは難しいことではない。報告書を機械可読なデータのまま1カ所に集め、最低限の加工だけ施して公開すればいい・・・

他方で、9月23日の読売新聞東京版は、「墨田区議会「改革度」なぜ1位? AI駆使 情報公開徹底」を伝えていました。
2022年に政務調査費を着服する事件が起き、それへの反省から、区民への説明や区政の透明化を進めたとのことです(読売新聞のウエッブで出てこないので、リンクを張ることができません)。

タクシー運転手の思い出

2024年10月13日   岡本全勝

9月26日の朝日新聞投書欄「ひととき」に、「父を誇りに思う」という話が載っていました。
・・・横浜で一人暮らしをする80歳の父が、個人タクシーを廃業した。沖永良部島から出てきて神戸で働いていた時、亡き母との結婚が決まり、横浜に来たのが24歳。二種免許を持っているならと勧められ、タクシー会社に就職した。
カーナビなんてない時代、右も左も分からない新米ドライバーを支えてくれたのは乗客のみなさんだった。「運転手さん、次の信号、右折ね」など、道案内してくれた上にチップまでくれた、いい時代だったと父は懐かしむ・・・

これを読んで、思い出しました。私が25歳の時だったと思います、自治省の駆け出しの頃の出来事です。上司が、仕事が終わった頃(終わったと言うより、その日の一区切りがついたと言うべきでしょうか)、新宿に飲みに連れて行ってくださいました。
自治省の建物の前で、タクシーを拾います。私が助手席に座って、運転手さんに行き先を告げます。霞ヶ関から新宿ですから、そんな難しい経路ではありません。運転手さんが、道路地図帳を開き始めました。40年前は、カーナビゲーションがありませんでした。
「運転手さん、行き方がわからへんの?」と聞くと、「ええ、まだ東京で仕事を始めたばかりで、不慣れなんです」とのこと。「私が教えるから、出発して」と促しました。道案内しながら、事情を聞きました。

全:よくそれで、タクシー運転手が務まるねえ。
運:そうなんです。この間まで神戸でやっていたのですが、東京に出てきました。
全:試験があるでしょう。
運:ええ。試験官が乗って、行き先を告げられ、うまく行けるかどうか試験があります。2回不合格で、これでだめなら神戸に帰ろうと思っていたんですが。3回目は知っているところが出て、受かったのです。
全:よかったねえ。がんばってね。