今日は、日本大学大学院の講義第3回目。だんだん調子が出てきました。一つには、講義が具体の内容に入ってきたことです。私がこれまで考えてきたことや、いま問題意識を持っていることをお話しするので、どんどん調子が出ます。省庁改革、分権改革、三位一体の改革、経済財政諮問会議など、いくつもの改革に参加し、見せてもらったことに感謝しなければなりません。もちろん、総理大臣秘書官という経験も。
もう一つは、院生さんたちも、私の授業に慣れてきて、反応や発言がどんどんかみ合ってきたからです。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
自治大卒業式
今日は、自治大学校で卒業式がありました。3課程合同です。
税務専門課程・税務会計コースは、通信研修が3か月、宿泊研修が3か月です。このコースは簿記会計を中心として、試験に合格すると、税理士試験の科目が一部免除されます。よって、大変厳しいコースです。
税務専門課程・徴収事務コース(8月19日記事参照)は、地方税徴収の幹部を養成するコースです。6週間の宿泊研修です。先にも書きましたが、ロールプレイング(9月7日の記事)など、実践的な研修をしています。
第1部第2部特別課程は、通信研修4か月、宿泊研修3週間です。長期間に家庭を空けることが難しい女性を主な対象としています(9月8日の記事)。
今日の卒業生は、合計260人余り。全員それぞれに、卒業証書をお渡ししたいのですが、これだけの人数では時間がかかるので断念。
皆さん、充実したお顔でした。涙ウルウルの方も、何人か。講堂を出てからも、立ち去りがたいようでした。最高水準の難しい講義や、頭と口を使う演習など。それぞれに大変だとおっしゃいます。当然です。それが、皆さんの力になるのですから。明日からは、地方行政の第一線で活躍してもらいます。がんばれ、卒業生。
日本は本当に不安な時代か
読売新聞9月30日夕刊健康欄、内田樹さんのインタビューから。
「日本中が不安や閉塞感に覆われているように思います」との問に対し、
・・いつの時代でも将来への不安はあったと思います。バブルのころのほうが僕は不安でした・・60年安保のころには、日本は戦争に巻き込まれるんじゃないかという不安があった。それに比べると、今の不安は大したことはありません。
・・今の日本は、未来の予見可能性がきわめて高い。他国からの侵略や内乱、通貨の暴落などの可能性はほとんどない。戦後65年で今ほど変化の幅や選択肢が限られている時代、言い換えると社会システムが安定している時代はない。不安というより、退屈です。それは安定の代償です。
「日本は今も世界第2位の経済大国なのに、豊かさを実感できません」との問に対しては、
・・これだけ豊かでまだ足りないというのは、貪欲です。世界に類のないほど安全で、環境に恵まれ、平和な国になったことを評価すべきです。持っていないものを数え上げる人間と、持っているものを数え上げる人間では、行動の姿勢が違います。あれがない、これがないと不満を言う人間は、誰かが何とかしてくれるのを待っている・・
「どんな社会を目指すべきですか」との問に対しては、
・・先進国はいずれどこも経済成長が止まり、人口が減ります。日本が少し先を行っているだけです。右肩上がりの成長が終わっても、日本には十分余力があるので、資源をうまく回せば住みよい国をつくれる。みんながそこそこ幸福に生きるにはどうしたらいいかが、国家目標になります。
この問題を解決した先行事例がないから、みんな不安になっていますが、日本は世界の先頭を行っているのだから、モデルがないのは当然です。世界の範となるモデルを構築するトップランナーだという国民的合意ができれば、不安も閉塞感も吹っ飛びます・・
詳しくは原文をお読み下さい。夕刊とインターネット版では、少し内容が違うようです。
ドイツの政治
(ドイツの政治)
日経新聞連載「ドイツの未来図」9月30日の記事から。
・・9月14日、連邦議会(下院)でショイブレ財務相は、信念のように繰り返した。「ドイツは正しい道筋を歩んでいる」
2011年予算案などに航空会社や電力会社への増税策を盛り込んだ。政権公約の所得減税も凍結。ドイツ産業界の猛反発や、欧州域外での「景気に響く」との懸念は意に介さない。
5月、荒れた市場への対抗措置も強硬策だった。国債の空売り規制の強化へ、法案概要を銀行協会など約50カ所に電子メールで一斉送信。金融市場で反対論が巻き起こっても「池の水を抜くのに、何で池に住むカエルの意見を聞かなくちゃならんのだ」と黙殺した・・いつも目先より将来に目を向け、国家の「持続可能性」を意識していると自認する。
・・「社会的市場経済は世界のモデルケース」とメルケル首相が力を込めるほど、自らの経済制度に自信を持つ。経済学者オイケンの提唱に基づいて、1950年代にエアハルト経済相が確立した思想は、市場原理を尊重しつつ、政府が「経済秩序」の枠組みづくりを担うと位置づけた。それを東西統一後も、主要政党は尊重。「市場の暴走」への政府介入を当然視する・・
ドイツ東西統一と新しい分断
9月29日の日経新聞は、「ドイツの未来図-東西統一から20年」を連載していました。ベルリンの壁が崩壊したのが1989年、東西ドイツの統一が1990年でした。あれよあれよという間の出来事でした。東西冷戦は半永久的に続くと考えていた私にとっては、本当に驚きでした。世界の多くの人にとって、そうだったのではないでしょうか。
私が読んだ本では、高橋進著『歴史としてのドイツ統一』(1999年、岩波書店)が、勉強になりました。その中で、高橋先生は次のように書いておられます。・・戦後のドイツ外交を研究してきた者として、ドイツの統一は、私が生きている間はありえないというのが、染みついた公理であり、1989年11月9日のベルリンの壁の開放をみても、統一はまだ遠いという思いを拭い去ることはできなかった・・
東ドイツの格差をどう埋めるのか、大きな問題だったのですが、記事では、東西格差是正はもはや大きな政治課題ではないと、書いています。大変な努力をして、ここまでに至ったのでしょう。メルケル首相が、東ドイツ出身でしたよね(去年、総理のお供をして、ベルリンの首相府に行きました。モダンで大きな建物でした。首相のスタッフの官僚たちと、拙い英語で話をしたことを、思い出します)。
それに代わって、移民をドイツ社会にどう溶け込ませるかが、課題になっています。詳しくは記事をお読み下さい。これは、フランスでも大きな問題になっています。
日本は、島国でもあり、移民を極端に制限しているので、これほど大きな問題にはなっていません。しかし、定住外国人は地域の大きな課題になっています。また、日本が国際化するに従い、西欧の後を追うことになるのでしょう。