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責任者は何と戦うか、その4。身内

2013年9月3日   岡本全勝

内なる敵の第2は、身内です。
戦争にしろ交渉にしろ、責任者は外の敵(相手)と戦っていると、皆さんはお考えでしょう。でも、責任者は、前の敵より、身内(後ろ)と戦っているのです。
最近の例で、説明しましょう。TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉に、日本が参加しました。交渉相手は、諸外国です。では、責任者の「敵」は、外国でしょうか。
象徴的な図が、8月24日の朝日新聞に載っていました。TPPに関する日本の体制です。トップに対策本部長として甘利明担当大臣の写真が、載っています。図ではその下に、交渉チーム約80人・鶴岡公二首席交渉官が左に、その右に、国内チーム約30人・佐々木豊成国内調整総括官がそれぞれ写真入りで載っています。記事には、次のように解説されています。
・・交渉が進めば、政府は関税をなくす農産物の絞り込みを迫られる。反発が強い与党や業界団体への調整や根回しを進めるのが、国内チームの最大の任務だ。
これまでの通商交渉では、各省庁の官僚がそのまま交渉に臨み、各省の利害が優先されがちだった。相手国から「日本は省庁や担当者によって言うことが違う」との苦情もあった・・
そうです。国際交渉にあっては、説得すべきは国内なのです(なお、引用した記事の後段は、先日の「仕組みと戦う」の例です)。
国内での交渉でも、次のような会話が交わされます。
「いや~おっしゃるとおり。あなたの提案に、私は同意するのだけど。その内容では、省内(関係者)を説得できないのですよ・・」
これは、多くの場合、半分は事実、残り半分は相手に譲歩を迫る「手口」です。「部下が収まらない」「関係者を抑えきれない」・・。
完璧に当方の主張が通る、というような交渉はないでしょう。取るものは取り、譲らなければならないものは譲る。応援団に配慮して交渉を決裂させることは、簡単です。しかしそれでは、前に進みません。あるいは、何も得られないまま、一人取り残されます。
しばしば、代表者は、テーブルの向こう側と手を結びつつ、後ろの応援団をどう説得するか、それに悩むのです。それは、相手の責任者も同じです。それぞれが「勝った」という理屈を見つける必要があります。
この延長で言うと、「軍縮交渉ができるのは、ハト派ではなくタカ派である」という通説も、理解できます。ハト派が交渉をまとめた場合、国内世論は、「ハト派は軟弱で、国益を損なって交渉をまとめてきた」と決めつけます。タカ派がまとめてきたのなら、「強硬派の彼らがまとめたのだから、仕方ないのだろう」と納得します。
この項、まだまだ続く。

部下の指導は笑顔で

2013年9月2日   岡本全勝

8月27日日経新聞キャリア・アップ面は、「部下の指導、笑顔と対話で」でした。
「仕事の鬼と呼ばれるほど職務に打ち込むのはいいが、自らが部下を萎縮させる怖い存在になっていませんか」という書き出しで始まり、「マネジャーなど指導的な役割になってから、そんな問題に気づいて組織全体の力を引き出すように自分を変えた人が目立つ」と、実名で実例を紹介しています。
・・営業担当だった20代には、後輩に「どうせ怒られるから、角田さんが退社するまで事務所には戻れない」と恐れられた・・
・・「営業件数は他人に絶対負けない」という自信から、部下にも自分と同じ水準を求めた。営業がうまくいかない部下をみると、「自分にできることをなぜできない」と理由を聞かず、一方的に怒鳴っていた・・

一般論や抽象的な職員研修より、数倍わかりやすい記事です。思い当たる節がある方は、ぜひお読みください。
もっとも、このような部下に厳しい職員(係長や補佐)は、自分の欠点には気づかず、「俺は部下に優しい」という人の方が多いです。我が身を省みて、反省。
そのような職員を上手に指導すること、すなわち自ら気づくように仕向けることが、その上司に求められています。これって、難しいですよ。できる部下(本人もそう思っている)を指導するのですから。
私の経験は、『明るい係長講座』をご覧ください。

情報の爆発を生かす

2013年9月1日   岡本全勝

8月30日日経新聞経済教室は、坂田一郎・東大教授の「IT戦略を問う。高度な人材育成の強化を」でした。
ビッグデータへの期待が高まっています。しかし、期待とは異なり、情報の量と種類の増加に比べて、経済社会で活用されているのは、ごく一部にとどまっています。その背景にある、3つの壁を指摘しておられます。
1つは、技術と人材の不足です。2つめは、情報を有効に生かすビジネスモデルの企画構想力の不足。3つめは、情報の利活用を進めるための社会システムの不足です。
膨大な情報を活用できるかどうか。分析をする側に、それを使ってどのようなビジネスに生かすか、どのような社会問題を解決するかを的確に認識していないと、価値はありません。
「情報科学者の関心は技術に偏りがちであり、市場や課題を深く知る人材との間に溝がある」と、先生は指摘しています。
詳しくは、原文をお読みください。

8月が終わりましたが、暑さも仕事も引き続き・・

2013年9月1日   岡本全勝

8月が終わって、9月に入りました。しかし、東京の暑さは、あいかわらずです。今朝は、最低気温が29度だったそうです。昼も、35度を超えていました。
復興庁では、8月30日に、平成26年度の概算要求を提出し、また、子ども被災者支援法の基本方針案を公表しました(なお、8月28日には、原子力規制委員会が「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」を設置しました)。もちろん、これらは、始まりでしかありません。
これらを含めて、いくつかの仕事で、区切りがつきました。すると、「次の仕込み」を、しなければなりません。アヒルが池を泳いでいるときには、水面下で水かきをしていて、かつどちらへ向かって進むかも考えているのです。
先週もばたばたしていて、頂いたメールや資料を放置してありました。今日、区切りのついた資料をどっさりと捨て、メールに返事を書いていたら、ある人から、「統括官は、休日出勤禁止だったのではないですか」と、メールで厳しい返事。「あんたも、出てきているじゃないか」と言いたいところを我慢して、「部下には禁止しているけど、本人は例外」と理屈のない返事を出しました。すると今度は、「仕事がなくなったら、どうするのですか」と、これまた厳しい指摘が返ってきました。どうしますかねえ・・。

責任者は何と戦うか。その3。決める仕組み

2013年8月31日   岡本全勝

次は、内なる敵です。その第一は、「仕組み」です。事態だとか仕組みだとか、戦う相手としては不思議なものが出てきますが、私の主張は次のようなことです。
日本は、太平洋戦争(第2次世界大戦)に負けました。もちろん戦った相手は、アメリカなどの連合国です。しかし、責任者という視点から見ると、もう一つの戦いがありました。日本は、「国家としての意思決定過程」と戦っていたのです。そして、それに負けました。日本は、外ではアメリカに対して負け、内では「日本国」に負けたのです。
戦争に至る過程、戦略の失敗、終戦への決断について、その失敗を分析した書物は、たくさんあります。例えば最近の読み物としては、猪瀬直樹他著『事例研究 日本と日本軍の失敗のメカニズム―間違いはなぜ繰り返されるのか』(2013年、中央公論新社)があります(わかりやすい読み物です)。
そこには、何を戦争の目的とするのかの不明確さ。どこの国とどう戦ってどのような終結を向かえるのかについての戦略と方針の欠如。ひと暴れはできるが、その後の見込みのない戦略。長期戦になったら負けるとわかっているのに戦争を始める指導部などが、書かれています。これらは、既に常識になっています。
ではなぜ、そのような合理的な判断ができない政府になったのか。合理的判断がなくても、戦争に突入したのか。
一つの視角は、日露戦争との対比です(これも既に書かれています)。日露戦争も、難しい戦いでした。海軍は日本海海戦に勝利しましたが、陸軍の勝利はきわどいものでした。しかし、これ以上の戦争継続はよくない(できない)と、停戦に持ち込みます。そして、賠償金を得られないことで、国民の大きな不満にも直面します。
日露戦争も太平洋戦争も、ともに明治憲法体制だったのです。天皇が統治者であること、その下で政府や軍部が責任を分かち合っていることも、同じです。
責任者が一人なら、責任の所在と決定過程は明確です。例えば、アメリカのルーズベルト、イギリスのチャーチル。日本では、明治憲法体制では、責任は分散していました。それでも、日露戦争では合理的な判断ができ、太平洋戦争ではできませんでした。なぜか。
日露戦争時には、憲法を補った運用がありました。
明治には、政府と軍部の責任者が、日本国に対して責任感を有していたこと。これに対して、昭和にあっては、責任者たちはそれぞれの集団の代表だったこと。昭和の陸海軍は、それぞれに集団のメンツを競い、それぞれの中では、軍令と軍政が別の動きをします。そして、出先の軍は、中央の指令を無視します。
明治の指導者たちは、幕末と維新を乗り越えてきた戦友であり、政策決定共同体を形成していました。昭和の指導者たちは、それを持っていない、各組織のエリートでした(この弊害は、現代の官民の組織にも見られます)。
ここにあるのは、合理的な意思決定ができない政治メカニズム・国家体制・組織の論理です。
たぶん、当時の政治指導者たちの多くが、負ける戦争を始めたことについて「わかっているのだけど、止められないのだよ」と弁明し、大きな犠牲が出てもなお戦争を止められなかったことについて「私も早く止めたかったけど、できなかったんだよ」と言うでしょう。
では、「誰がその責任者ですか」と聞いても、明確な答は返ってこないでしょう。それが、私の言う「日本は、仕組みに負けた」ということです。
そこから導かれる教訓は、責任者を明確にすることです。そして組織である以上、複数の下部組織や関係組織が関与します。その場合に、意思決定過程を明確にしておくことです。
歴史の法廷を待つまでもなく、事態が進んでいる時に、「誰が、この事態に責任を持っているか」をはっきりさせることです。「私はこの部分は担当していますが、そのほかは所管外です」が繰り返されるようでは、だめなのです。それらを部下として、全体を考え責任を持つ人が必要です。そしてその人に判断をさせるまでの、情報を上げる仕組みが必要なのです。
蛇足。「赤信号、皆で渡れば恐くない」は、「一億総懺悔」に帰結します。そこには、責任者と意思決定がありません。それは、国民の命を預かっている政治指導者、社員の生活を負っている経営者が取るべき道ではありません。
この項、続く。