投稿者アーカイブ:岡本全勝

異次元緩和で財政規律「緩む」、経済学者64% 

2025年2月6日   岡本全勝

1月18日の日経新聞に「日経エコノミクスパネル」「異次元緩和で財政規律「緩む」64% 経済学者の警戒強く」が載っていました。

・・・日本経済新聞社と日本経済研究センターは47人の経済学者に政策への評価を問う「エコノミクスパネル」の第2回調査の結果をまとめた。2013年以降の日銀による異次元緩和が財政規律を緩める要因となったとする回答は64%に達した。大規模な国債買い入れと長引く低金利の副作用を警戒する声が多かった。

日銀は昨年末、過去25年の金融政策を検証した「多角的レビュー」を公表した。大規模な金融緩和と財政の関係については「財政規律の弛緩(しかん)につながったとの指摘もみられた」との文言をレビューに盛り込んだ一方、具体的な評価は避けた。
エコノミクスパネルによる経済学者への調査は1月9〜14日に実施し、46人から回答を得た。「日銀による大規模な国債買い入れと低金利の継続は、政府の財政規律が緩む要因となったか」との問いに対し、「強くそう思う」(15%)、「そう思う」(49%)の割合が計64%に達した。

「強くそう思う」と答えた大阪大学の赤井伸郎教授(公共経済学)は「真に効果的な政策を見極めるインセンティブを下げ、費用対効果が低い政策が行われてしまう」と述べ、金融緩和が財政運営に与える弊害を挙げた。
日本の政府債務は1990年に国内総生産(GDP)比で米国と同水準の60%程度だったが、その後の低成長下に景気対策を繰り返したことで拡大した。異次元緩和がスタートした13年は229%だったが、23年には249%に達し、主要国で最高の水準にある。
異次元緩和が財政規律に直接影響したかについては慎重な見方も多かった。東京大学の星岳雄教授(金融)は「政府の財政規律は日銀が大規模な国債買い入れをする前から緩んでいた」と述べた。「財政規律が緩んだかどうかについてデータに基づく学術研究を見たことがない」(東大の渡辺努教授)など、関係を裏付ける具体的な根拠は乏しいとの意見も目立った・・・

クレジットカード決済、不審なメール?

2025年2月5日   岡本全勝

毎日、詐欺メールが届きます。多くは、私が使っていないクレジットカードや銀行からの電子メールなので、さっさと削除します。
先日、新聞社を名乗る怪しい電子メールが届きました。
「現在ご利用のお支払い方法で、決済ができない状態となっています。お支払い方法の確認・変更手続きをお願いいたします」とです。
確かにこの新聞社はクレジットカードで支払っていますが、文面がいかにも詐欺メールらしいです。発信者のアドレスなども、巧妙にできています。

で、その新聞社の幹部に、「お宅の名をかたる詐欺メールが来たよ」と報告しました。
その人の返事は、「念のためですが、カード決済をされている場合、クレジットカードの更新時にエラーになることがあるようです。裏面のセキュリティコードの数字が変わるためですが、そうした事情がなければおかしなメールですよね」とのこと。

そういえば、先日、クレジットカードが更新されて、セキュリティコードの数字が変わったなあと、気がつきました。
それで、そのメールを信用して、手続き入り口をクリックしました。どうやら本物のようです。でも、パスワードや第2パスワードを要求されたときは、「これが巧妙な仕掛けなら、困るなあ」と心配になりました。でも、セキュリティコードを更新すると、完了のお知らせが来ました。
本物か偽物か判断がつきにくくなりました。困ったものです。

クレジットカードの期限切れは、ほかの支払いでも、影響が出ました。アマゾンで本を注文したら、クレジットカードの期限切れとの表示が出ました。これは、画面で更新して、終わり。

地方税偏在とその対応

2025年2月5日   岡本全勝

1月30日の朝日新聞オピニオン欄に、砂原庸介・神戸大学教授の「「標準的なサービス」超える自治体施策 東京都の留学助成から考える」が載っていました。
・・・東京都の小池百合子知事は、大学生などを対象に海外留学の費用を助成するという方針を1月に明らかにした。保護者などが都内在住であることなどを条件としつつも、所得制限なしに助成が行われ、1年間で最大300万円を超える規模になるという。
このような方針は、広く若年層に海外生活を経験する機会を提供する一方で、東京に住んでいるかどうかで得られる機会に差異がもたらされる。もともと多様な機会に恵まれやすい東京出身者とそうでない地域の出身者の格差が拡大する可能性もあるだろう・・・

・・・このような差異はなぜ生まれるのか。直感的には東京の財政力が強いからだ。確かにその通りだが、この差異が何を意味するのか、もう少し考える必要がある。一般に日本の自治体には、国が作成する地方財政計画のもとで積み上げられる「標準的なサービス」のための支出を可能にするような収入が確保されるしくみがある。自治体の収入としてまず地方税などから計算される自治体の標準的な収入があるが、足りない場合には「標準的なサービス」のための支出との差額を地方交付税で埋めることとされているのだ。
東京都の場合、標準的な収入が、「標準的なサービス」のための支出に必要な額を大きく超えている。そのために、地方交付税交付金を受け取らずに「標準的なサービス」を提供できるだけでなく、それを大幅に超えたサービスの提供も可能だ。そして日本では法人税の一部も地方税とされているので、景気が良くて税収が増えるとサービスを提供する余地がより大きくなる。

他方、個人が支払う税金を考える場合、所得や固定資産に対する比率という意味で、地方税の負担が住む地域によって大きく変わるわけではない。たとえば個人への所得税であれば、だいたいどこに住んでいても所得の10%が税となる。ということは、個人から見ればどこでも同じように地方税を払っているのに、多くの自治体では「標準的なサービス」が提供されるのに対して、東京のように法人税が多い自治体では、はじめから標準を超えるサービスが可能になるのだ。
これまで日本では、「標準的なサービス」に多くの内容が含まれ、それを通じて国が地方を強くコントロールすることに批判もあった。地方分権を強調するなら、国と地方の役割分担を見直して標準とされる内容を整理し、東京をはじめとした一部自治体だけでなく、全ての自治体が同じように標準を超える部分について検討できる仕組みを考えていく必要があるのではないか・・・

 元交付税課長としては、意見を述べなくてはなりませんね。
この論考は、東京都が独自の政策を行う財源があることを指摘していますが、その奥にあるのは、地方団体間の税収格差です。

指摘された点は、検討する価値があります。交付税制度は地方団体の税収格差を調整する仕組みとしては、良くできたものです。かつての課題は、まずは財源不足団体対応でした。しかし、財源不足団体の不足分を埋めることはできても、財源が超過する団体から税収を奪うことはできません。東京都のような団体の超過分を減らすには、地方税制を変える必要があります。

20年前の三位一体の改革で、所得課税を3兆円地方税に移しました。これは地方団体間の税収格差を縮める効果がありました。さらに進めるなら、偏在の大きい法人課税を地方税から国税に移し、偏在の少ない個人所得課税を国税から地方税に移すという国税と地方税の税源交換が考えられます。これについては、「地方財政の将来」神野直彦編『三位一体改革と地方税財政-到達点と今後の課題』(2006年11月、学陽書房)所収と、「三位一体改革の意義」・「今後の課題と展望」『三位一体の改革と将来像』(ぎょうせい、2007年5月)所収に書いたことがあります。これらも、古くなりましたね。

地方税制(総務省自治税務局)と交付税制度(自治財政局)の両方をまたいで、検討する必要があります。学者の方々の提案も期待されます。

コメントライナー寄稿第21回

2025年2月4日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第21回「現代日本特殊論」が1月30日に配信され、2月4日にはiJAMPにも転載されました。

私が大学生だった1970年代に、日本文化論が流行りました。私も、わくわくしながら読みました。中根千枝著「縦社会の人間関係」、土居健郎著「甘えの構造」、イザヤ・ベンダサン(山本七平さんとのことです)著「日本人とユダヤ人」、ポール・ボネ(仮名で、日本人らしい)著「不思議の国ニッポン」。もっといろいろありました。京都大学人文研の日本文化論や文化人類学も。角田忠信著「日本人の脳: 脳の働きと東西の文化」も入れておきましょう。
これらは、明治以来続く日本文化特殊論ですが、その後に、日本経済・日本型経営特殊論が流行りました。どちらも、日本は世界の中で優れているのだと、うれしくなりました。

ところが、平成時代になって、本屋から日本人論が消えてしまいました。日本人は変わっていないの。それは、日本特殊論は、日本が西欧に追いつく際の心の支えとして読まれていたからではないでしょうか。
「西欧に追いつけ」と努力する際に、「和魂洋才」を信じたかったのです。ところが、西欧に追いついたことで、日本特殊論を掲げる必要がなくなりました。他方でアジア各国が経済成長に成功し、西欧化の成功は日本独自のものではなくなりました。ここに日本特殊論は終わってしましました。

近年は、違った日本特殊論があるように思えます。
日本人の勉強熱心、長時間労働は大きく変わっていません。しかし、経済は一流から三流に転落しました。日本はやはり特殊な国です。ところが現代の日本特殊論は、本屋に並びません。新しい特殊論は元気が出ないからでしょう。

日本人論が日本人向けの消費財であり、時代によって変化してきたことは、指摘されています。青木保著「日本文化論の変容」(1990年、中央公論社)、船曳建夫著「「日本人論」再考」(2003年、NHK出版)。
しかしこれらは、日本人論が流行した時代を取り上げていて、その後に廃れたことは書かれていません。そこを指摘したかったのです。

AI時代の「達人の技」

2025年2月4日   岡本全勝

1月13日の日経新聞経済教室、今井むつみ・慶応義塾大学教授の「AI時代に学ぶ「達人の技」」から。

・・・今の生成AIは、インターネット空間のテキスト情報を教科書として学習する。文法的に間違いない文を流ちょうに生成するという点では、人間を上回るようになったかもしれない。
人間は長い文を生成するときに主語が何かを途中で忘れてしまい、主語と目的語が一致しない文を作ったり、単語の選択をうっかり間違えたりしてしまうことが頻繁にある。
しかし、生成AIは大量の情報を並列に超高速で計算できる。記憶力も人間に比べれば無尽蔵と言ってよい。だから、今の生成AIはまず文法の間違いをしない。他言語への翻訳もたちどころにしてくれる・・・

・・・「カンマの女王『ニューヨーカー』校正係のここだけの話」という本を読んだ。米誌ニューヨーカーは米国の知識人が読む雑誌として名高い。洗練された英語に定評があり、文章は何重にもチェックされる。著者のメアリ・ノリス氏は同誌の最終的な文法チェックをする校正者だ。
ニューヨーカー誌には通常の文法の正しさの許容度より厳しい独自ルールがある。校正者はこのルールブックを頭にたたき込んでいて、ほとんどの場合、それを順守して文章を整える。
しかし一流の校正者の本領は、作家が規範を逸脱したときにどうするかの判断にある。ニューヨーカー誌に寄稿するのは並の作家ではない。もちろん一流の作家もうっかりミスをする。ミスなのか意図的な逸脱なのか。一流の作家がルールを逸脱したとき、校正者はその意味を考え抜く。そして逸脱したほうが作家の表現したい意味が伝わると判断すれば逸脱を許容する。
一流の達人があえてする逸脱を人は独創性と受け止め、その人の味と感じる。しかし逸脱が程度を過ぎれば誤りか理解不能と思われてしまう。独創性は、ギリギリの線での規範からの逸脱なのである。分野を問わず、ギリギリの線がどこかを直観的に見極められるのが本当の達人である。

認知科学では一流の達人と、普通の熟達者の行動や心の働きの違いが研究されてきた。普通の熟達者も仕事を早く正確にそつなくこなすことができる。両者を隔てるのは独自の味(スタイル)を確立しているかどうかである。ギリギリの線での逸脱を可能にするのは柔軟で臨機応変な判断力であり、それを支えるのは優れた直観である。
ここで、一流の達人とは「各分野に単一の基準で全員を比較した時にトップの人」ではないことを言っておきたい。一流の達人たちはそれぞれ異なる軸で規範から逸脱し、独創的である。だから、その分野には多様な達人の集積がある。そこに面白みも味も生まれるし、協同してプロジェクトを行う意味も出てくる・・・