投稿者アーカイブ:岡本全勝

若者ホームレス、社会的自立支援の必要

2014年4月6日   岡本全勝

読売新聞夕刊が、4月1日から「若いホームレス」の連載を始めました。
ネットカフェに寝泊まりし、衣類など全財産を詰めたバッグをコインロッカーに預けて、毎朝、出社する40代の男性が紹介されています。本人は、自分自身のことを「隠れホームレス」だと、表現しています。
「ホームレスになるのは就労が難しい高年者」という常識に、異変が起きているのだそうです。ホームレスの自立支援を行うNPOの窓口に、20~30歳代が目立つようになりました。2010年の調査では、若者ホームレス(40歳未満)の50人のうち、路上だけで暮らすのは12人で、多くはネットカフェや終夜営業店と路上を行き来しています。3人に1人は一人親家庭の出身です。国の調査では、2007年時点で、ネットカフェで寝泊まりするホームレスは、5,400人と推計されています。他方、路上などで過ごすホームレスは、自治体の調査で、2013年には8,000人です。
宮本みち子・放送大学教授は「困窮した若者には、失業保険と生活保護しか用意してこなかった」と指摘しています。若者の社会的自立支援は、家族と職場が担ってきたからです。政府は、2009年から新たな支援を始めました。家賃補助は、既に11万人が利用しました。しかし、保証人が無く、アパートを借りることができない例もあります。

ところ変われば、国民皆保険

2014年4月6日   岡本全勝

4月1日の読売新聞が、オバマケアの加入状況を伝えています。
アメリカでは、医療保険が国民全員加入ではありませんでした。何度か試みられましたが、実現しませんでした。単純化すると「金持ちは民間保険に入り、貧乏人と高齢者は社会保障で。普通の人はそれぞれに」という考え方です。個人の独立や、自主判断を尊重するお国柄です。
2010年にようやく「医療保険制度改革法」ができ、保険加入を義務づけました。無保険者にはペナルティが科せられます。2013年10月から加入申請が始まり、これまでの半年間で600万人が加入したそうです。もっとも、改革前に無保険者が4,900万人いたと言われているので、まだまだ国民皆保険には遠いようです。記事では、保険料が高額だから入らないとか、ここ数年は病院に行っていないから入る価値がない(!)という例が、紹介されています。
日本では、昭和36年(1961年)に国民皆保険になりました。子どもの頃から良く風邪を引いて、お医者さんのお世話になっている私は、日本に生まれて良かったです。

今日のクスッ

2014年4月6日   岡本全勝

昨日の「触ってください」に引き続き、笑える話を。
今日、地下鉄に、小学校低学年くらいの男の子が、マスクをして乗ってきました。しばらくして、マスクを外して、くしゃみをしました。
お父さんが、「なぜマスクを外すの」と聞いたら、男の子が「(マスクをしながらくしゃみをすると)マスクが冷たくなるんだもの」と答えました。
街に出ると、いろいろおもしろいことに出会います。

皇居乾通り

2014年4月5日   岡本全勝

今日は、キョーコさんのお供をして、皇居乾通りの一般公開に行ってきました。新聞報道にあるように、昨日の初日は、金曜日にかかわらず、5万人を超える人出でした。「さて、今日は何時間、待つのだろうか」と思いつつ、東京駅から坂下門方向に向かったら、既に人人人・・。
列は内堀通りを南下して、祝田橋の手前で西に曲がり、桜田門手前から北向きに。そこで、3つの枠(1つの枠に何百人入るでしょうか)に入れられ、それぞれの枠から、順次前進して次の4つの枠へ。そこから、順次、手荷物検査とボディチェックを受けて、坂下門へ。2時間半かかりました。その間、通り雨に降られもしました。
上空から見たら、すごい集団が見えたでしょう。後でニュースを見ると、9万人の人出だったそうです。まあ言ってみれば、初詣の明治神宮、大阪万博の時の月の石を見る行列並でした。
列を作るためのロープが張られ、警察官が上手に誘導して、混乱はなかったです。ボディチェックは、男性は男性警察官に、女性は女性警察官に受けます。ところが、男性の列に混ざってしまったおばさんが、女性の列に並び直すのがいやならしく、男性警官に向かって「触ってください」と、コートの前をはだけました。若い警官は困った顔をして、「ご協力をお願いします」と、女性の列に連れて行きました。
乾通りも、これまた人人人。桜はきれいでしたが、大臣や総理のお供をして車で通るときは、人気のない寂しいくらいの場所なので、全く印象が違いました。

お子様ランチ

2014年4月4日   岡本全勝

昨日に続き、日本の生活文化について。
3月29日の朝日新聞夕刊「あのときそれから」に、「お子様ランチ登場」が載っていました。
昭和5年(1930年)、東京日本橋三越本店で、「御子様洋食」が誕生しました。富士山ライスとスパゲッティ、クリームコロッケ、サンドイッチです。富士山型のライスには、登頂旗が立っています。基本的には、今と変わっていませんね。翌昭和6年には、上野松阪屋で、「お子様ランチ」が登場します。
1960年代、上野松阪屋では、日曜には1,300食も出て、4~5人でてんてこ舞いで、オムレツを焼いたのだそうです。私も、子どもの時、お子様ランチはわくわくしました。その後、我が家の子どもたちも、喜ぶ定番でした。いろんなものが入っている、子ども向け「松花堂弁当」か「幕の内弁当」なのでしょうね。
また、3月15日の日経新聞「こどもランキング」は、「お弁当に入っていたらうれしいおかず」の順位でした。皆さんは、何だと思いますか。
第1位、ハンバーグ。第2位、鶏の唐揚げ。第3位、ウインナー・ソーセージと卵焼きです。
私が子どもの頃、卵焼きやウインナーは、遠足の時のごちそうでした。他には,焼き魚とかかまぼこでした。私は昭和30年生まれです。今の若い人は、当時のムラの暮らしを、理解できないでしょうねえ(笑い)。ウインナーと言うより、ソーセージだったと思います。ハンバーグは、あったのかなあ・・。もちろん、マクドナルドもミスタードーナッツも、ファミリーレストランも回転寿司ありませんでした。
記事に戻ると、第4以下は、次の通りです。
5位、豚カツ。6位、豚肉のショウガ焼き。7位、ミートボール。8位、照り焼きチキン。9位、エビフライ。10位、牛焼き肉。ぜいたくな子どもたちです。