年別アーカイブ:2026年

阪神ファンは忍耐強くなる

2026年5月23日   岡本全勝

先日、ある新聞記事に「阪神ファンを長年やっている人は、忍耐強くなる」という趣旨のことが書かれていました。
近年は阪神タイガースが強いですが、長い間、弱かったです。宿敵である巨人は、9連覇を達成するなど強かったです。近年は面影がありませんが。
強いチームを応援していると、負けると悔しく、元気もなくなります。しかし弱いチームを応援していると、負けても「いつものことか」と腹が立ちません。とはいえ、負け続けていると、ファンが離れてしまいます。

私は、かつては近鉄バッファローズ、それがなくなってからは楽天ゴールデンイーグルスを応援しています。そんなに熱心なファンではありませんが。
まだ達観できず、負けると悔しいです。忍耐強くなりません。
本当の野球ファンは、勝ち負けではなく、選手のプレーぶりを評価するのでしょう。「肝冷斎観タマ記

革新的な科学の発明10

2026年5月23日   岡本全勝

5月16日の日経新聞別刷り「何でもランキング」は「人類を飛躍させた科学の発明」でした。ウエッブでは「インターネットは何位? 人類史に残る「不連続」イノベーション10選」という表題です。
・・・世界人口が雪だるま式に増えたこの300年あまり。人類の発展の背景には、それまでの常識を全く過去のものにしてしまう革新的な発明があった。人々の暮らしを変え、人類史に大きなインパクトをもたらした科学技術のイノベーションのうち、いま知っておきたいものを専門家が選んだ・・・

それによると、第1位は窒素肥料。農作物の収穫量を大幅に改善し、食糧難を乗り越えました。
第2位は、ワクチン。過去半世紀で1.5億人の子どもを救ったとのことです。
第3位は、蒸気機関。産業革命の推進力になりました。
第4位は自動車、第5位は抗生物質、第6位はインターネット、第7位は発電機、第8位は転炉、第9位はトランジスタ、第10位はマイクロコンピュータです。
みなさんなら、何を挙げますか。

立命館大学で講義

2026年5月22日   岡本全勝

5月22日は、立命館大学へ講義に行ってきました。毎年呼んでもらっています。
私に期待されているのは、学問的知識を教えることではありません。官僚がどのような仕事をしているか、どのような職業人生を送っているかです。ただし、抽象的な体験談では理解しにくいので、東日本大震災対応を中心に具体的な話をします。それも、スライドを見せることで、百万言費やすより理解してもらえます。

組み立ては大きくは変えませんが、回を重ねると、学生たちが興味を持つことや知ってもらいたいことが磨かれます。なので、だんだん「進化」するのです。
今日も、100人もの学生が熱心に聞いてくれました。聞きっぱなしにしないために、質問も考えてもらいます。予告したこともあり、鋭い質問が続きました。みんな、よく考えています。話している方も、やりがいがあります。

コロナ禍にみる政治と専門家との関係

2026年5月22日   岡本全勝

5月17日の朝日新聞「コロナ5類から3年 いま考えるべきこと」「ワクチン開発や専門知、生かせる国へ」。
・・・新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の経験を踏まえ、いま何を考えるべきなのか。「創薬」と「政治と専門知」について、聞きました・・・

牧原出教授の発言「どれが最適解、決めるのは政治」から。
・・・コロナ禍は、政治と専門家の関係がどうあるべきか、という大きな課題を残しました。
感染拡大と医療逼迫が深刻化するなかで、東京五輪の開催の是非などをめぐり、政権と専門家の意見の対立が表面化する場面もありました。専門家が「前のめりだ」と指摘されることもありました。首相の記者会見では、同席した専門家が説明する場面が多かったため、専門家がコロナ対策を決めているかのように国民には映りました。
専門家は科学的な知見にもとづいて意見を述べる。それを採用するかどうかは政治が決める。採用しない場合は、その理由も含めて政治の側が説明する――。本来はこれが政治と専門家の関係のあり方でしょう。

感染対策と社会経済活動とどちらを重視するか。コロナ禍の後半では、医療・公衆衛生などの自然科学と、経済などの社会科学の専門家の間で意見を一つにまとめることが難しくなりました。
私自身は、別々に議論してそれぞれの「最適解」を出すやり方もあったと考えています。意見の違いを国民からも見えるようにし、最後は政治がどちらをとるか決める、というかたちです。

一方で、異なった分野の専門家と日常的に交流を深め、互いの考え方を理解することは重要だと思います。
いつ何が起きるのか、予測不能な時代です。パンデミックと大震災が同時に起きる「複合災害」も念頭に置かねばなりません。そのときに政治は、専門家のもつ「専門知(専門的知見)」を読み解く力が求められます。ポピュリズム(大衆迎合主義)では乗り切れないことは明らかで、こうした課題は、現在の高市政権にも向けられていると、私は考えます・・・

連載「公共を創る」第259回

2026年5月21日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第259回「これまでの議論ー成熟期における日本の変化」が発行されました。前回から「平成の変化」を見ています。一番の特徴は、経済の停滞です。成長を続けていた経済が、マイナス成長になりました。

歴史を振り返ると、一国の産業の発展は、繊維や日用品といった軽工業から出発し、鉄鋼、電気製品、自動車、化学といった重工業に進みます。日本もこの過程をたどりました。後発国がこの過程を進むと、先進国は賃金の差で競争力を失い、軽工業から撤退していきます。そして、国内での産業構造の転換が進みます。日本はこの産業化で成功を収め、電気製品や自動車では当時の世界一になりました。ところが世界では、次なる産業への転換が始まっていました。情報通信技術(IT)産業や情報技術を利用した金融業の高度化です。日本は、この分野での企画と競争に負けました。
日本は、1990年代半ば以降、経済成長が止まりました。しかし、他の先進諸国は、緩やかながら成長を続けています。直近では一人当たり国内総生産(GDP)は、米国8万6千㌦、英国5万3千㌦に対し、日本は3万2千㌦です。そしてアジアでは、シンガポール9万1千㌦、韓国3万6千㌦、台湾3万4千㌦です。

なぜ、日本だけが停滞したのか。そこには次のような要因が考えられます。
一つは、産業転換に遅れたこと。それは、追い付き型産業の成功の裏面でもあります。
もう一つは、産業界と政府が「縮小路線」を続けたからです。企業は、バブル経済の三つの過剰(雇用、設備、債務)を処理した後も、設備投資など事業拡大に消極的な姿勢を続けました。業績が良くなっても、内部留保を増やすことにことに熱心で、人件費の増額や新たな投資には使いませんでした。国も地方自治体も、新自由主義的改革として「小さな政府」「行政改革」の名の下、職員数削減、給与の据え置きを続けました。株主も国民も、それを選んだということです。その結果、30年にわたって、国民の所得は増えなかったのです。
昭和後期を表す言葉が「拡大」「成長」とするなら、平成時代を表す言葉は「縮小」「萎縮」ではないでしょうか。

産業構造の変化は、地方の経済を直撃しました。それまで地方の経済を支えていた要素のうち、三つのものがなくなりました。工場の地方分散、公共事業、米の買い支えです。

日本経済と社会が、成長期から成熟期に入りました。平成の初め頃に、それを表す小話がありました。「昭和の成長を主役として引っ張ってきたが、平成時代になって、権威を落とした三つの業種を上げよ……答えは、百貨店と銀行と官僚」というのです。
経済成長期に、百貨店は憧れである消費の展示場や情報の提供者として、銀行は産業拡大の資金配分の司令塔として、そして官僚は経済社会発展の設計者として、それぞれ主役であり象徴だったのです。しかし、経済発展に成功することによって、その役割を終えていったのです。