月別アーカイブ:2026年8月

実年齢より若く感じる高齢者

2026年8月19日   岡本全勝

8月1日の日経新聞に「シニアの「気の若さ」マイナス7〜8歳 加齢に前向きで4年長生き」が載っていました。

・・・自分は実年齢より若いと感じる傾向を「若年視」と呼ぶ。60代以上では実年齢との差が7〜8歳に広がるという調査がある。気の若さが健康に与えるプラスの影響も分かってきた。

自分をどの程度若い、あるいは老いたと感じるかを主観年齢という。早稲田大学文学学術院心理学コース助手の澤田奈々実さんらは、東京都在住の4500人を対象に、主観年齢の世代変化を調べた。
20代では主観年齢が実年齢を0.2〜1.7歳上回った。30代以降は逆転し、30代で約2歳、40代で約4歳、50代では5〜6歳若く認識。60代以降ではマイナス幅が7〜8歳近くまで広がった。

なぜ年を重ねるごとに、若い方向にギャップが広がるのか。澤田さんによると、背景には心の防衛戦略がある。老いは喪失や衰退など負のイメージと結びつけられやすい。「自分は違う」と心理的に距離を置き、それが実年齢より若い主観年齢として表れるのだという。
男性は50代から60代以降にかけて若年視がマイナス5.1歳から同7.8歳へと一気に進み、その変化幅は女性より大きい。澤田さんは「働き方の違いが影響している可能性がある」と分析する。「50代以降は定年退職が視野に入り老いを意識する。『自分はまだ現役で能力もある』と考え、アイデンティティーを保つのではないか」

こうした心理は以前から知られており、実年齢と主観年齢の差は先行研究と大きく変わらないという。一方で、現在の高齢者は昔より若返っているという指摘もある。
日本老年学会と日本老年医学会は2017年、現在は65歳以上を高齢者としている区分について、加齢による身体機能の低下が10〜20年前よりも5〜10年程度遅くなっていると指摘。65〜74歳を「准高齢者」、75〜89歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」とする新たな区分を提言した。国立長寿医療研究センターの研究によれば、認知機能が良好な高齢者も増えている。

意識も変化してきた。「『老人』『お年寄り』は何歳から?」。博報堂生活総合研究所は1986年から10年おきに60〜74歳に同質問を尋ねてきた。86年時点で「老人」は71.5歳からだったが、2026年には75.9歳に上昇。「お年寄り」も72.8歳から75.8歳まで高まった。
上席研究員の高橋真さんは「今の60〜74歳は、自分たちは老人でもお年寄りでもないと思っている」と解説する・・・

私の子どものころは、60歳を超えると老人でした。平均寿命は男性64歳、女性68歳(1955年)でしたから。71歳は、かなりの老人でした。でも、今の私は、孫から「じっちゃん」と呼ばれても、自分のことを老人とは思っていません。若いときのように、動けず体力はありませんが。

時代は進む

2026年8月18日   岡本全勝

連載「公共を創る」は、本文はひとまず書き終え、まとめに入るために、これまでの議論の振り返りに入っています。そこで、これまでの執筆を再度眺めて、考えています。すると、時代は進み、社会は変わってきたと実感します。
連載「公共を創る」は2019年から書き始めましたが、その出発点となる文章は富山県総務部長時代(1994~1998年)に始まっています。小冊子「地方自治50年 私たちの得たもの忘れてきたもの」(1997年、富山県職員研修所)に、当時の考えをまとめたのです。

交付税課長補佐時代に『地方交付税・仕組みと機能-地域格差の是正と個性差の支援』を書いて交付税の機能と成果を考え、戦後日本社会の発展と地域の発展を評価しました。ちょうど戦後50年でした。富山県に赴任し、地域の実情も確認できたので、それをも含めて考えを整理しました。「公共を創る」第41回の図表2「富山県の変化」はその時、県職員の協力を得て作ったものです。豊かな社会、全国で一律の行政サービスを達成し、次は何をするべきかを考えていたのです。

経済成長外国比較」の図も、その時から使っています。元は経済企画庁の資料です。まさに鯉の滝登りのように、右肩上がりで成長し、アメリカに追いつき追い抜きました。1991年にバブル経済が崩壊したのですが、この図では1995年まで成長しています。円ドル相場の影響もあります。当時は、「経済成長を遂げた日本」という誇りと「この経済成長が続くとして、次に何をするのか」かが、私の問題意識でした。

その後、長期停滞に入り、「経済成長外国比較」の図では1995年から横ばいになります。「経済成長の軌跡2024」も、作りました。戦後の経済成長を「高度経済成長期」「安定成長期」の2期に分けて説明し、第3期はいずれまた復活するのだろうと思っていました。ところが「失われた10年」は「失われた20年」になりました。
第1期、第2期とも偶然18年間だったので、第3期も18年の2009年が区切りがよいと思ったのですが、そうはなりませんでした。それどころか2008年はリーマンショックが起きて、さらに悪くなりました。「経済成長の軌跡2024」では、経済専門家の意見を聞いて、2012年を仮の区切りとしています。

さて、最初の議論に戻ると、「戦後日本社会の発展と地域の発展」は、最初は「素晴らしい成功を収めた日本」として書き始めたのですが、現在となっては「その後は長期停滞し、国際的にも中位の国になった」と書かざるを得ません。成長した第1期と第2期を会わせて36年です。その後の長期停滞は2026年で35年になり、ほぼ同じ期間なのです。いつの間にか、経済成長は遠い昔になりました。35年前は、若い人にとって大昔でしょう。「経済成長の軌跡2024」では4期に分けていますが、今作るなら、1991年を境に前期と後期の2つに分ける方がわかりやすいでしょう。
「公共を創る」も、書き続けているうちに、内容や主張に変化を加えなければならなくなりました。今、これまでの議論を振り返り要約しているのですが、構成なども変える必要があるなあと考えています。あらためて「時代は進む」と思います。
この項続く

テック企業が国家を乗っ取る

2026年8月18日   岡本全勝

7月29日の朝日新聞オピニオン欄、マリエッチェ・スハーケ(テック政策研究者)さんの「これはテック・クーデター」から。

・・・シリコンバレーなどのテック企業が、国家に並ぶ力を獲得したと言われて何年もたつ。いや、目の前で起きているのは、国家の権能自体を企業が乗っ取る「クーデター」なのだ――。元欧州議会議員でテック政策研究者のマリエッチェ・スハーケさんの訴えだ。民主主義が統制を奪い返す道は残っているのか。

―「クーデター」とはまた強い言葉ですね。
「かつて国防や諜報、インフラ開発といった領域は、公共の責任を負った政治と政府の専売特許でした。しかし今は海底ケーブルの開発・敷設から戦争での爆撃ターゲットの決定、さらには機密情報の真偽の選別までテック企業が担っています」
「有権者に選ばれたわけでもない企業が、監視や抑制もないまま、正当なプロセスを経ずに国家権力を奪取してしまっている。これはまさにクーデターです。テック企業の独善だけでなく、それを許してきた政治指導者たちも批判されるべきです」

―米起業家のイーロン・マスク氏が典型例でしょうか。
「彼は衛星通信サービス『スターリンク』のウクライナ側への提供を一時拒み、ロシア寄りの『和平案』を示しました。たった一人の富豪が地政学的な決定権を持ち、国際法を無視して自らのビジョンを世界に強制できる現実が生まれています」
「マスク氏に限りません。米データ解析大手パランティアはイランなどでの軍事作戦の選定に関与しているだけでなく、コロナ禍では『誰を優先的に治療すべきか』というトリアージまで担いました。膨大な情報と資本、独自のイデオロギーに基づき、一企業とそのCEO(最高経営責任者)が、民主的な政府を追い越して支配力を持つ社会が構想されているのです」

―なぜテック企業がここまで権力を握ったのでしょう。
「共和・民主両党とも、企業に自由を与えすぎました。『既存勢力に挑戦する革新の旗手』というナラティブ(語り)は魅力的だったのです。バイデン前政権時には独占禁止法を厳しく適用する努力をしましたが、成功を収めるに至っていません」

―欧州連合(EU)はテック企業の権力を警戒し、数々のデジタル規制を導入しました。
「EUの規制は誇るべきものですが、あまりにも後追いでした。今日はAI(人工知能)法、明日は量子法といった具合に、技術の進展をそのつど追いかける立法には限界があります。人員や予算も不足してきました。そして、競争力向上などの名目で、その規制自体が今や突き崩されようとしています」
「EUもロビー攻勢に対抗しきれていません。同僚議員が規制修正案を一度に120件も出したことがありますが、それはテック企業の提案と全く同じものでした。露骨な例ですが、私がより懸念するのは、学会や市民団体への支援といった『目に見えにくい形』でも企業の影響力が膨らんでいることです」

―対する欧州も、自前の有力なプラットフォームを持てていない弱みがあります。
「私たち欧州人は長く、規制がより良い景色をもたらすと信じてきましたが、それだけでは期待される結果を出せなかったのは事実です。自ら『作りあげる』ことへとかじを切らなければなりません。独自の技術基盤を築いて選択肢を持たなければ、真の主権は得られません」
「そもそも欧州はデジタル技術で米国に依存し、関係を信頼しすぎていました。しかし今や、テック企業だけでなく米政府までもが欧州の規制を攻撃し、EUの正統性そのものを揺さぶっています。『クーデター』が民間企業による権力の乗っ取りにとどまらず、さらに進んだ段階に入ったといえます」

日本社会の平等を支えたもの3

2026年8月17日   岡本全勝

日本社会の平等を支えたもの2」の続きです。
平等と言っても、政治的平等、経済的平等、社会的平等、さらには家庭内での平等などがあります。
政治的平等は、憲法で確保されました。もっとも、男女格差による不平等は、政治の面でも続いていました。政治家に女性が少ないのです。
経済的平等は、経済成長によって、かなり達成されました。しかしここでも、男女格差は続いています。女性幹部は少なく、非正規雇用は女性が多いのです。そして、非正規雇用の拡大で、格差が広がっています。
社会的平等も、形式的には憲法で達成されました。残っていた実質的な格差は、経済成長などで減りました。が、男女の不平等は戦後半世紀も放置されました。政府によって男女共同参画が進められ、解消に向かっています。教育での男女格差も続いていました。大学進学率に男女差があったのです。近年は解消しました。家庭での男女の役割分担は、まだ続いているようです。障害者への差別も残っているでしょう。
「ムラの外の人」への差別も続いています。外国人などがそれにあたるでしょう。
ここで私が述べた「戦後達成した平等」は「昭和の平等」と言えるでしょう。

1 このように見ると、これまでの憲法学や経済学、政治学での「平等」は一面的でした。
平等や自由という概念は、絶対的に定まるものではなく、その時代時代に求められる、あるいは達成したものを指しているようです。そして一定のものを達成すると、次に欠けているものが見えてくるのです。
2 「ムラ型社会」「横並び志向」が支えた日本の平等は、農村や会社内では平等を支えました。また経済成長期には、各家庭の経済的平等、学歴の平等を支えました。しかしそれは他方で、男女格差を隠していました。また、才能や努力による競争を認めない方向での力が働きました。極端な場合は「悪平等」です。
3 この記事の表題は「日本の平等を支えたもの」です。経済成長期に強化され、それに適合した「ムラ型社会」「横並び志向」は、現在の社会と適合しなくなっています。すでに「昭和の平等」は崩れつつあります。さて、これからはどのようになるのでしょうか。

電柱王国日本

2026年8月17日   岡本全勝

8月10日の朝日新聞小学生ニュース欄に「無電柱化で通学路を安全に」が載っていました。ウェブ紙面では、読むことができないようです。
無電柱化とは、電線や通信線を地中に入れて、電柱をなくすことです。電柱は道路を狭くし、台風などでは倒壊の恐れがあり、さらに景観を損ないます。近くの高円寺商店街も、きれいな街灯を並べているのですが、その前をたくさんの電線が邪魔をしていて醜いです。
欧米に行くと、街並みがきれいですが、理由の一つはこの電線がないことです。もう一つは看板の有無。

記事には、いくつかの都市の無電柱化率が載っています。ロンドン、パリが100%です。
そして、香港、シンガポールが100%、台北が96%、ソウルが50%です。
対して、東京23区は8%。アジアの中でも、遅れています。
輸出額、韓国と台湾に抜かれる