月別アーカイブ:2026年4月

都会の鳥は人間が怖くない

2026年4月18日   岡本全勝

3月31日の朝日新聞夕刊に「都会の鳥は…、人間が怖くない? 東京23区と茨城、逃げ出す距離に差」が載っていました。
・・・春が到来し、鳥の姿があちこちで見られる。「都会の鳥は人が近づいてもなかなか逃げない」とも聞くが、本当なのか? スズメやカラスなど身近な7種の鳥について、動物行動学の研究者が東京都心と茨城県の農村地帯で実験したところ……。

取り組んだのは国立科学博物館名誉研究員の浜尾章二さん。
対象とした鳥は、スズメ、ハシブトガラス、ムクドリ(いずれも遅くとも1920~30年代には東京に生息)、キジバト(東京定着は50年代)、シジュウカラ(同60年代)、ヒヨドリ(同70年代前半)、ハクセキレイ(同70年代後半)の7種。
浜尾さんは2022年(一部は23年)の3月中旬~5月上旬、東京23区内にある12カ所の緑地と茨城県南部の農村地帯の18カ所で実験。人がゆっくりと歩いて近づいた際に、鳥が飛んだり走ったりして逃げ始めたときの距離(逃避開始距離)を、計500羽超で測った。
その結果、7種すべてで東京都心での逃避開始距離は茨城南部よりも統計的に明確に短く、人を恐れず警戒性が低下していると考えられた。例えば、スズメの逃避開始距離は、茨城では平均11・1メートルで、20メートルを超える個体もいたが、東京では平均4・2メートルで10メートル超の個体はほとんどいなかった。種ごとに見ると、東京での逃避開始距離は茨城南部の0・28~0・58倍だった。

では、なぜ都会の鳥は人が近づいてもなかなか逃げないのか。浜尾さんによると、動物は捕食などのリスクを回避するために逃避行動をとる。一方で逃避には、食事を中断するなど、行動面での負担が伴う。そのため、捕食者を避けて安全を図るという利益が十分になければなかなか逃避しないと考えられるという。
浜尾さんは「都会の鳥は東京では著しく警戒性が低下し、大胆になっていることが確認できた。人が危険な動物ではないと学習しているだけなのか、人に追われるリスクがあっても採食し続けなければいけないほど食べ物が乏しいのか。警戒性が低下している直接の原因を解明したい」と話す・・・

『リベラリズムとは何か』

2026年4月17日   岡本全勝

マイケル・フリーデン著『リベラリズムとは何か』(2021年、ちくま学芸文庫)を読みました。別の本を読んでいて、紹介されていたので、こちらを先に読みました。日本語では「自由主義」だと思います。
宣伝文には次のように書いてあります。
「政治理論の本流に位置し、現代において最も重視される思想であるリベラリズム。だが、その中身はどこか曖昧で理解しづらく、「リベラリズムとは何か」という問い自体が一つの争点であり続けてきた。ときに互いに矛盾する内容すらはらむ、この思想の核心はいったいどこにあるのか。本書では、「リベラリズム」という用語自体の歴史的変遷や思想的広がりを五つの層という視点から捉えなおし、そこに七つの中核的概念を見いだしていく」

この論点や分析について、本書の記述になるほどと納得しました。歴史的にどのように変遷してきたかが、よくわかりました。
第一は、君主権力からの解放と個人の自由の確保です。これが、リベラリズムの出発点・核となります。
第二に、市場において自由に経済活動をすることです。契約が尊重されます。
第三は、個人の個性の発展を促進するという考え方で、言論と教育の自由を重要視します。自由は固定的でなく、発展するものとなります。
第四は、第三をさらに発展させます。人間の発展への障害物がより広く認識されます。欠乏、疾病、無知、不潔、怠惰。これら障害物の除去です。国家は積極国家になります。個人と国家は切り離されたもの、対立するものではなくなります。
第五は、権力の分散から、集団の多元性へと転換します。性別、民族、宗教という分類が、否定・排除・無視されるのではなく、保護・参加になります。(本文はより難解なので、私なりに要約しました)

連載「公共を創る」で、西欧近代憲法から現代憲法へと哲学が変化してきたこと、日本国憲法が80年前につくられその後改正されていないこと、行政が現代憲法の思想に止まっていてその後の社会の変化・新しい課題に対応できていないことを論じています。この本を読んで、リベラリズム・自由主義の意味・意義が歴史的に変化していることを確認して、参考になりました。
例えば、イギリスの自由党が19世紀に支持を受け、20世紀になると凋落します。戦う敵、目指す社会像が変化していたのです。また、「進化」の過程で、それまでのリベラリズムの限界や問題、過ちが見えてきます。

政治思想は、その時々の社会課題に対応するために、内容を変えてきたのです。数学の定義はあらかじめ決まっていますが、政治思想はそうではありません。そして、対立する思想があって初めて、その意味が確定します。その点では、対立する思想との違いを説明してほしかったです。本書では、競合する他のイデオロギーからの挑戦を受けているとして、保守主義、ナショナリズム、社会主義、緑の政治、原理主義、ポピュリズムを挙げています(203ページ)。追加するなら、全体主義、独裁主義、権威主義などもあるでしょう。

ところで、リベラリズムを解説すると、ほぼ西欧の政治史になりますが、日本が出てくるか所があります。
38ページに次のような記述があります。「実際、「リベラル」というラベルを誇示する一部の政党はリベラル派とはほど遠い。その例が、日本の自由民主党であり、この政党は中道府は保守政党である」。
204ページには次のような記述があります。「現在、多くの保守的、社会民主主義的、ナショナリズム的、またはポピュリズム的(政治)システムー特にヨーロッパとアメリカ大陸の、またオーストラリア、ニュージーランド、インド、日本でもーにとって、立憲主義と法の支配を受け入れながら、明白ないし一義的にリベラルなイデオロギーを採用しないでいることは、ごく普通のことになっている」。
学問、特に輸入学問の世界に閉じこもった概念や議論で終わると、リベラリズムも国民の実践には結びつかないでしょう。「日本におけるリベラリズムの位置」

本文は220ページほどの文庫本なのですが、内容は大きかったです。読み終えるのに結構な時間がかかりました。原文が、特にその言い回し(構文)がそうなのでしょうか、日本語訳が「堅く」て、理解するのに少々難渋しました。
類書に、宇野重規ほか編『リベラリズム 基礎からフロンティアまで』(2026年、東大出版会)があります。

東京目線の災害報道

2026年4月17日   岡本全勝

4月1日の朝日新聞「社会と新聞をつなぐ 新パブリックエディターに3氏」。
・・・朝日新聞社のパブリックエディター(PE)に1日、飲料メーカー・チェリオコーポレーション社長の菅(かん)大介さん(44)、京都大学大学院法学研究科教授の曽我部真裕(そがべまさひろ)さん(51)、クリエーティブディレクターの辻愛沙子(あさこ)さん(30)が就任しました。新聞への期待や注文、新PEとしての抱負を聞きました・・・

菅大介・チェリオコーポレーション社長の「前向く力、もらえる記事を」から。
・・・忘れられない報道があります。2011年の東日本大震災直後から6週間、自社の飲料計17万本を被災地に届けました。そのさなか、朝日新聞出版の週刊誌AERAの表紙に、「放射能がくる」との見出しと防護マスク姿の人のアップ写真が掲載されたのです。
衝撃を受けました。被災地で人々が寒さに耐えていた時期です。被災地に思いを寄せることなく、東京からの目線で恐怖をあおっているのではと怒りがこみ上げました。「AERAイコール朝日新聞」と受け止めていた私はそれ以来、朝日新聞から距離を置くようになりました・・・

市道補修を民間に一任

2026年4月17日   岡本全勝

3月31日の日経新聞に「市道補修は民間に「お任せ」新潟県三条市、エリアごとに5年契約」が載っていました。
・・・新潟県三条市は土木部門の人手不足に対処するため、民間への包括委託で発注業務を大幅削減している。簡易な補修などは5年間の長期契約でプロに一任し、市職員の負担軽減とインフラ維持を両立させている。どのように「官民分担」が進んでいるのか、記者が寒さの厳しい同市の現場で探った・・・

通常は、道路など自治体が管理する施設は、自治体職員が現場を確認して、補修工事の範囲などを指示する仕様書を出します。土木業者から見積もりを取って、発注します。
三条市では、市内を4区域に分けインフラの補修や巡回を民間企業に包括委託しています。費用が130万円未満の案件は市が個別に指示せず、受託企業が判断し作業します。背景には、自治体の職員特に技術職員の不足があります。
企業による作業の成果評価をどうするか(作業不足、作業過大など)など課題はあるでしょう。

連載「公共を創る」第256回

2026年4月16日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第256回「これまでの議論ー社会・経済システムの大転換を成し遂げるには」が発行されました。これまでの議論のおさらいを続けています。
第2章で提案した社会の見方の転換の一つは、施設やサービスだけでなく人や社会が持っている文化や気風の重要性を認識することです。私たちは公共施設を社会資本と呼びますが、暮らしを支えているものはそれらにとどまりません。関係資本と文化資本も重要であり、それらは社会の問題も生んでいます。

日本の文化や習俗を分かりやすく表現するために、「この国のかたち」という司馬遼太郎さんの言葉をお借りしました。この概念を使うと、同じように法制度や市場経済を導入しても国によって運用と成果が異なることを、説明することができます。また、憲法や法律には定められていない文化や習俗に、国民の行動と思考が縛られることも整理しやすくなります。
例えば、憲法第24条第1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めています。しかし最近まで、実態としては二人の合意だけでは結婚できず、親の許しが必要でした。そして結婚後は、多くの家庭で夫婦は平等でなく、夫が「主人」として振る舞うものでした。しかし、結婚の仕方や家庭内での夫婦の位置付けは、この数十年で大きく変わりました。

司馬さんの「この国のかたち」という言葉とその観点は、政府も大きく扱うことになったのです。2001年に実行された中央省庁改革の方針を定めた「行政改革会議最終報告」に、「『この国のかたち』を再構築することこそ、今回の行政改革の目標である」と書かれたのです。

次に、「第3章 日本は大転換期」では、長期的な視点から日本社会が大きな転換期にあることを説明しました。そこで取り上げたのは、「行政の前提となっている社会の変化」です。私たちが政策を考える際に前提としていた日本社会がどのように変わったのか、またその中で国民は行政に何を求めているのかを話題にしました。
本稿で対象としている課題は、国民の意識や世の中の仕組みが、経済と社会の実態的な変化に追い付いていないことでした。変化について考える際には、政治と行政制度の変化ではなく、国民の暮らしがどう変わったかに視点を合わせてきました。歴史学で言うなら、政治史ではなく社会史といわれる領域です。

対象とした期間は、第2次世界大戦後を中心にしました。終戦直後の戦後改革は、いま議論している政治や行政とその前提となる社会に関して、革命とも言うべき大きな改革でした。この国のかたちの枠組みが、ここで決まりました。その後、憲法をはじめとする統治に関する制度は、大きく変わっていません。しかし、社会の方は、制度とは少しズレながら、大きく変わりました。
その際に、特に二つの期間の変化を取り上げました。その一つは、戦後約40年間(昭和後期。1945~1989年)の変化、すなわち戦後改革と経済成長期の変化です。「昭和の変化」と呼びましょう。もう一つは、その後の平成時代の30年間(1989~2019年)と現在に続く令和時代(2019年~)の変化、すなわち成熟社会時代の変化です。「平成の変化」と呼びましょう。この二つの時期に、日本社会の変化が進行したのです。