月別アーカイブ:2026年4月

「はい」か「イエス」か「喜んで」

2026年4月19日   岡本全勝

4月12日の日経紙分別刷り「The STYLE」に、澤芳樹・大阪大学特任教授の「医学の発展 つなぐたいまつ」が載っていました。
・・・心臓病で死なない世界を。大阪大学大学院特任教授の澤芳樹さんは、iPS細胞から作った心筋シートで心臓の機能を回復させる治療法を世界で初めて成功させた。医療スタートアップのエコシステム(生態系)を構築し、先人から連なる医学の進歩を次代につなぐ。
1955年大阪府生まれ。80年大阪大学医学部卒。2020年iPS細胞から育てた心筋シートの移植手術に世界で初めて成功した。大阪警察病院総長や未来医療推進機構の理事長も務める・・・

記事に、次のような文章があります。
・・・命を扱う以上、妥協は許されない。頼まれたら「はい」か「イエス」か「喜んで」。研修医時代に、第一外科の精神をたたき込まれた・・・

私と同じようなことを言っていた人・職場があったのですね。
私が自治省交付税課課長補佐の時に、見込みのある部下職員に仕事を命じる際に、「私は民主的だ、しかし忙しいので、返事は次の二つのうちから選べ。「はい」か「わかりました」だ」と笑いながら指示していました。時に不満な部下は「はいはいはい、わかりましたよ」とふてくされていましたが(苦笑)。後に、後輩がもう一つ選択肢を増やしました。それが「喜んで」です。某居酒屋チェーン店での店員の答えだそうです。

日本の教師は授業に時間を割けない

2026年4月19日   岡本全勝

日経新聞は「知の未来図 3歳から始まる国家戦略」を連載していました。世界各国が未来に向けてさまざまな取り組みをしていることがわかります。それは記事を読んでいただくとして。

ここで紹介するのは、3月31日の第12回「AI時代、インド突出 データが示す未来の頭脳競争力」に載っていた、「日本の教師は授業に割く時間が少ない」の図です。法定労働時間に占める授業時間の割合が、各国別に並んでいます。
イギリスが6割強、フランスが4割強、韓国・ドイツが3割半ば。日本は3割に満ちません。残りの時間を授業の準備に使っているのなら良いのですが、部活や保護者対応、報告書作成などに費やしているのなら、問題です。超過勤務も問題になっています。

人生4分の計

2026年4月18日   岡本全勝

「天下三分の計」は、中国の三国志で有名です。諸葛孔明が劉備に進言した策で、曹操(魏)・孫権(呉)・劉備(蜀)の3人で中国を3分割して支配しようとするものです。

「人生4分の計」は、人生を20年ずつに区切って、自分の生き方を考えてみようという勧めです。『明るい公務員講座 仕事の達人編』第16講でも、書きました。
20歳頃までは、学生でした。一人前になるための勉強の期間です。
20歳前後で就職して40歳ごろまでは、仕事を覚え、社会人として成長します。家庭を持つ人も多いでしょう。
40歳から60歳頃までが、責任を持って活躍する時期です。
そして、60歳(最近は65歳)で退職して、80歳頃までが「第二の人生」です。

先日の職員研修で、40歳くらいの人が多かったので、この話をしました。毎日忙しく暮らしていると、それだけで時間は過ぎるのですが。時間に流されるのではなく、自らの人生を企画しようと勧めました。人生を悔いないもの、実り多いものとするためです。
これまでは、就職すると定年まで勤めるのが標準でした。しかし、転職が比較的自由になりました。他方で会社が倒産したり業績が悪くなることもあります。そうでなくても、希望した仕事ができるとは限りません。会社任せにしていると、それは気楽ではあるのですが、残念な人生に終わることもあります。
これからの職業人生を人事課任せにせず、自分で考えましょうということです。その組織にいるとしても、あるいは転職をするにしても、これからどのような職を選んでいくのかを考えるのです。挑戦のないところに、満足はありません。もちろん思った通りに行くとは限りません。

もう一つは、定年後の人生をも考えようということです。定年までは、人事課が面倒を見てくれます。しかし、退職後は自分で考えなければなりません。どのような職に就くのか、趣味に生きるのか。20年は長いです。

都会の鳥は人間が怖くない

2026年4月18日   岡本全勝

3月31日の朝日新聞夕刊に「都会の鳥は…、人間が怖くない? 東京23区と茨城、逃げ出す距離に差」が載っていました。
・・・春が到来し、鳥の姿があちこちで見られる。「都会の鳥は人が近づいてもなかなか逃げない」とも聞くが、本当なのか? スズメやカラスなど身近な7種の鳥について、動物行動学の研究者が東京都心と茨城県の農村地帯で実験したところ……。

取り組んだのは国立科学博物館名誉研究員の浜尾章二さん。
対象とした鳥は、スズメ、ハシブトガラス、ムクドリ(いずれも遅くとも1920~30年代には東京に生息)、キジバト(東京定着は50年代)、シジュウカラ(同60年代)、ヒヨドリ(同70年代前半)、ハクセキレイ(同70年代後半)の7種。
浜尾さんは2022年(一部は23年)の3月中旬~5月上旬、東京23区内にある12カ所の緑地と茨城県南部の農村地帯の18カ所で実験。人がゆっくりと歩いて近づいた際に、鳥が飛んだり走ったりして逃げ始めたときの距離(逃避開始距離)を、計500羽超で測った。
その結果、7種すべてで東京都心での逃避開始距離は茨城南部よりも統計的に明確に短く、人を恐れず警戒性が低下していると考えられた。例えば、スズメの逃避開始距離は、茨城では平均11・1メートルで、20メートルを超える個体もいたが、東京では平均4・2メートルで10メートル超の個体はほとんどいなかった。種ごとに見ると、東京での逃避開始距離は茨城南部の0・28~0・58倍だった。

では、なぜ都会の鳥は人が近づいてもなかなか逃げないのか。浜尾さんによると、動物は捕食などのリスクを回避するために逃避行動をとる。一方で逃避には、食事を中断するなど、行動面での負担が伴う。そのため、捕食者を避けて安全を図るという利益が十分になければなかなか逃避しないと考えられるという。
浜尾さんは「都会の鳥は東京では著しく警戒性が低下し、大胆になっていることが確認できた。人が危険な動物ではないと学習しているだけなのか、人に追われるリスクがあっても採食し続けなければいけないほど食べ物が乏しいのか。警戒性が低下している直接の原因を解明したい」と話す・・・

『リベラリズムとは何か』

2026年4月17日   岡本全勝

マイケル・フリーデン著『リベラリズムとは何か』(2021年、ちくま学芸文庫)を読みました。別の本を読んでいて、紹介されていたので、こちらを先に読みました。日本語では「自由主義」だと思います。
宣伝文には次のように書いてあります。
「政治理論の本流に位置し、現代において最も重視される思想であるリベラリズム。だが、その中身はどこか曖昧で理解しづらく、「リベラリズムとは何か」という問い自体が一つの争点であり続けてきた。ときに互いに矛盾する内容すらはらむ、この思想の核心はいったいどこにあるのか。本書では、「リベラリズム」という用語自体の歴史的変遷や思想的広がりを五つの層という視点から捉えなおし、そこに七つの中核的概念を見いだしていく」

この論点や分析について、本書の記述になるほどと納得しました。歴史的にどのように変遷してきたかが、よくわかりました。
第一は、君主権力からの解放と個人の自由の確保です。これが、リベラリズムの出発点・核となります。
第二に、市場において自由に経済活動をすることです。契約が尊重されます。
第三は、個人の個性の発展を促進するという考え方で、言論と教育の自由を重要視します。自由は固定的でなく、発展するものとなります。
第四は、第三をさらに発展させます。人間の発展への障害物がより広く認識されます。欠乏、疾病、無知、不潔、怠惰。これら障害物の除去です。国家は積極国家になります。個人と国家は切り離されたもの、対立するものではなくなります。
第五は、権力の分散から、集団の多元性へと転換します。性別、民族、宗教という分類が、否定・排除・無視されるのではなく、保護・参加になります。(本文はより難解なので、私なりに要約しました)

連載「公共を創る」で、西欧近代憲法から現代憲法へと哲学が変化してきたこと、日本国憲法が80年前につくられその後改正されていないこと、行政が現代憲法の思想に止まっていてその後の社会の変化・新しい課題に対応できていないことを論じています。この本を読んで、リベラリズム・自由主義の意味・意義が歴史的に変化していることを確認して、参考になりました。
例えば、イギリスの自由党が19世紀に支持を受け、20世紀になると凋落します。戦う敵、目指す社会像が変化していたのです。また、「進化」の過程で、それまでのリベラリズムの限界や問題、過ちが見えてきます。

政治思想は、その時々の社会課題に対応するために、内容を変えてきたのです。数学の定義はあらかじめ決まっていますが、政治思想はそうではありません。そして、対立する思想があって初めて、その意味が確定します。その点では、対立する思想との違いを説明してほしかったです。本書では、競合する他のイデオロギーからの挑戦を受けているとして、保守主義、ナショナリズム、社会主義、緑の政治、原理主義、ポピュリズムを挙げています(203ページ)。追加するなら、全体主義、独裁主義、権威主義などもあるでしょう。

ところで、リベラリズムを解説すると、ほぼ西欧の政治史になりますが、日本が出てくるか所があります。
38ページに次のような記述があります。「実際、「リベラル」というラベルを誇示する一部の政党はリベラル派とはほど遠い。その例が、日本の自由民主党であり、この政党は中道府は保守政党である」。
204ページには次のような記述があります。「現在、多くの保守的、社会民主主義的、ナショナリズム的、またはポピュリズム的(政治)システムー特にヨーロッパとアメリカ大陸の、またオーストラリア、ニュージーランド、インド、日本でもーにとって、立憲主義と法の支配を受け入れながら、明白ないし一義的にリベラルなイデオロギーを採用しないでいることは、ごく普通のことになっている」。
学問、特に輸入学問の世界に閉じこもった概念や議論で終わると、リベラリズムも国民の実践には結びつかないでしょう。「日本におけるリベラリズムの位置」

本文は220ページほどの文庫本なのですが、内容は大きかったです。読み終えるのに結構な時間がかかりました。原文が、特にその言い回し(構文)がそうなのでしょうか、日本語訳が「堅く」て、理解するのに少々難渋しました。
類書に、宇野重規ほか編『リベラリズム 基礎からフロンティアまで』(2026年、東大出版会)があります。