年別アーカイブ:2024年

講義の収録

2024年1月30日   岡本全勝

昨日29日に、市町村アカデミーで、講義の録画をしました。
市町村アカデミーでは、コロナ禍で集合・対面研修が難しくなり、オンライン研修も取り入れました。また市町村からは、「千葉まで行くのが時間がかかり、オンライン研修を増やせないか」との要望もあります。
本校の特徴は、
・最高の講師による最新の講義、だけでなく
・課題演習や討議による参加型学習
・全国の市町村職員との人脈づくり
なので、集まってもらうことが本筋です。
とはいえ、遠くから集まることの困難さ、多くの人に学んでもらうことを考慮して、試行としていくつかの講義を録画して、市町村から見ることができるようにします。その第1陣の一つに、選ばれたのです。悪い部下たちです、学長を働かすとは。

私は、画面の向こうにいる人たちに向けて話すのは嫌いです。内閣人事局の幹部候補研修など経験はあるのですが。聴衆の反応を見て、話したいのです。笑いを取って、集中してもらうとかも。質疑応答も重要だと考えています。それができないと、どうも乗りが悪いのです。

職員にサクラとして座ってもらい、その人たちに語りかける形を取りました。ただし担当者からは、「職員を見ずに、カメラに向かって話してください」との注文がつきました。講義の途中で職員を指名して、質疑をしたかったのですが・・・。
市町村から見ることができるように、準備中です。

デジタル国際収支、5兆円の赤字

2024年1月30日   岡本全勝

1月16日の日経新聞1面連載「昭和99年 ニッポン反転(11)」は「デジタル小作人、米に貢ぐ5兆円 稼ぐ日本「壊」より始めよ」でした。

クラウドなどアメリカの情報産業への依存が高まり、日本の国際収支は5兆円を超えます。デジタル化を進めるほど、アメリカ企業への支払いは増えます。記事ではそれを「デジタル小作人」と表現しています。

・・・クラウドの草分けは米アマゾン・ドット・コム。リスクを取って赤字覚悟の投資を重ね、コンピューターサービスの新市場を創出した。01年にはメインフレーム(大型汎用機)で世界シェア4割を握っていた日本の影はもはやゼロに近い。
日米の明暗を分けた誤算は何か。変化の速さというデジタルの本質を見失った点にある。マサチューセッツ工科大学のマイケル・クスマノ教授は「日本はソフトウエアを製造業として捉えてしまった」と指摘する。

米企業はサービスを運用しながら顧客と対話を重ね、失敗をいとわずに自らの意思と知恵で新たなサービスを素早く作り変えていく。対照的に日本はIT(情報技術)企業が顧客から丸投げされた提案を、忖度しながら作り込む。
顧客に納める以上、ミスは許されない。綿密に擦り合わせるため、時間がかかり技術は陳腐化する。失敗を避けるもたれ合いの構造が生まれ、進化を阻んだ。
オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士が開発した国民文化を測るモデルがある。日本は不確実性を回避する傾向がロシアなどに続いて高く、世界で2番目に完璧さを好む国だ。逆に変化を恐れない傾向が顕著だったのは北欧。デジタル競争力ランキングの上位に名を連ねる・・・

タテ社会をヨコに生きる

2024年1月29日   岡本全勝

1月25日の読売新聞夕刊「追悼抄」に加藤秀俊先生が取り上げられていました。私は大学時代に先生の著作に触れ、目を開かされました。
記事には、「生まれつきの好奇心と独学の精神、「タテ社会をヨコに生きてきた」と自負する行動力が持ち味だった」とあります。そうですね、先生の研究やかつての京都大学人文研には、専門分野を超える独自性がありました。

私も、そうありたいと思っていました。広く天下国家のことを議論できると思って官僚になったのですが、タテ社会である行政、そして各省ごとの縦割りは厳しい世界でした。縄張り争いなどをしていたのです。
そのような中で、違った世界の人との付き合いは、視野を広げてくれました。「異業種交流会」という名の夜の飲み会も、身内や同業者との懇談(傷のなめ合い)よりずっと勉強になりました。

時に私の言動について、「官僚らしくない」「霞が関の治外法権」という評価をうけましたが、私にとっては勲章でした。「出すぎた杭は打たれない」という座右の銘(?)もありました。
タテ社会をヨコに生きることはできませんでしたが、タテ社会をナナメに、そしてタテ社会を少しははみ出して生きることができたようです。

生活保護基準額決定過程を明らかにしなかった

2024年1月29日   岡本全勝

1月24日の朝日新聞に「生活保護減の決定過程、説明責任は 名古屋高裁判決、「ブラックボックス」と国を批判」が載っていました。

・・・生活保護の基準額を2013年から段階的に引き下げた国の決定を違法とした昨年11月の名古屋高裁判決は、異例の手法をとった国の決定過程を「ブラックボックス」と批判した・・・
・・・まず一つ目は、一般の低所得者世帯との均衡を図る「ゆがみ調整」だ。この調整は、専門家らが入る厚生労働省審議会の検証結果を踏まえたものだが、同省は独断で調整幅を一律に半分のみとする処理をした。この結果、基準を上げるべき世帯も十分に上がらず、全体で90億円分の保護費が削減された。さらに、こうした対応をしたことを、同省は国民や審議会の委員にも知らせていなかった。
判決は半分にすること自体は「厚労相の裁量権に属する」と認めた一方、専門家の検証結果を変更することは「非常に重要な政策判断」で、「明らかにして是非を問うことが必要不可欠」だったとする。
16年に北海道新聞が報じるまで3年以上、2分の1調整の事実が伏されていたことを「ブラックボックス」と表現し、「国民に知らされず、専門家も検証できなくされていた」と指摘。情報公開に後ろ向きな姿勢に対し、「国民や専門家からの批判を避けようとした可能性も十分に考えられる」とまで言及した。

二つ目の「説明不足」に挙げたのが、厚労省が独自指数をもとに、08~11年の物価下落分を反映させた「デフレ調整」(580億円分)。テレビやパソコンなど保護世帯では支出が低い品目も、同省は専門家に諮ることなく、一般世帯の消費支出をもとに下落率を算出。07~08年には物価が上昇していたが、そこは考慮せず、08年以降の物価下落だけを反映させていた。
判決は専門家の検証を経ないだけでは「過誤、欠落があると言えない」としつつ、その場合は「全体が具体的に説明されなければならない」と指摘。国は妥当性を主張したが、「判断の過程の全体が具体的に説明されているとは言えない」と認定した。
当時の厚労省担当者は口頭弁論で、役所の意思形成過程に関わるとして多くの証言を拒否した。判決は「ブラックボックスにしておいて、専門技術的知見があるから検討の結果を信用するよう主張することは許されない」と強調した・・・

客観的、公正性が、官僚の矜持だったのですが。これは、どうしたことでしょうか。役所の中のどの段階で、このような作業と非公表が決められたのでしょうか。

東京奈良県人会130周年

2024年1月28日   岡本全勝

昨日27日は、東京奈良県人会130周年記念会に行ってきました。県人会がつくられて130年になるそうです。明治26年(1893年)に山田三良さん(後に東京帝大教授、学士院長)がつくられました。山田さんは、東大法学部時代に「戦前のえらい人だ」と知っていましたが、隣町の高取町出身だとは、県人会に入って知りました。

私は20年ほど前に、先輩の命により入会しましたが、不熱心な会員でした。昨日は都合もつき、130周年とのことで参加しました。100名近くの参加で会場は満員、最後に記念撮影をしたのですが、全員で並ぶのが大変でした。

新しくできた県人会の歌、「まほろばのうた」が披露されました。会員による作詞、平井景さんによる作曲です。歌詞の中には、飛鳥も出てきます。大仏さまの柱穴をくぐるという、経験者しかわからない話も(笑い)。子どもの頃、初めてくぐるときは、怖かったです。
しかし旋律は今風の歌で、素人には難しいです。平井さんとアンサンブルによる演奏・歌唱に続き何度も合唱すると、だんだん歌えるようになりました。この歌とほかに演奏してくださった曲も、ドラムが鳴り響く乗りのよい曲で、盛り上がりました。
平井さんによると、「よくある行進曲風や誰でも歌えるような歌にはしたくなかった、カラオケで歌うとみんなに自慢できるような歌」にしたそうです。楽譜をもらっても、私のフルートで吹けるかな(笑い)。歌ってくださった松本英子さんに、「曲のここの箇所って一拍おかず、素人に難しいですよね」と言ったら、「そうですね」と同意してくださいました。

平井景さんは初めて挨拶しましたが、有名なドラム演奏者で作曲家なのですね。私の知っている範囲だと、NHK「美の壺」の音楽とか。奈良高校出身で、奈良にもこんな才能のある人がいるんだと驚きました。ほかにも、各界の著名人や東京で活躍している人たちと、挨拶をしてきました。「今日新幹線で移動したけど、ウェッジにあんたが出ていたので読んだよ」と言ってくださる方も。

奈良県を紹介する施設「奈良まほろば館」は、新橋駅の東口にあります(港区新橋1丁目8-4)。物品販売だけでなく、上質なレストランがあり、情報発信にも力を入れています。話題や観光には事欠かない故郷です。