年別アーカイブ:2024年

夏に稼ぐスキー場

2024年2月2日   岡本全勝

朝日新聞夕刊連載「現場へ!スキー場経営のいま」、1月29日は「絶景いかし、夏にも儲ける」でした。北アルプスのふもと、長野県白馬村にある「白馬岩岳スノーフィールド」が舞台です。

スキーの国内市場は縮小し、同スキー場は2016年に記録的な少雪の影響を受け、前季は11万9千人だった冬季の来場者が約7万7千人に落ち込みました。
しかし、昨季の冬季が12万人、春から秋(4月から11月)は22万人でした。雪のない時期に稼いでいるのです。
山頂の展望台から標高3千メートル近い白馬三山などの山容を眺められることが、売りです。逆転の発想と言ったらよいのでしょうか、経営を立て直した手法は、記事をお読みください。

連載「公共を創る」第176回

2024年2月1日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第176回「政府の役割の再定義ー長時間労働を減らす三つの方法」が、発行されました。

前回から、職場側に必要な変化を議論しています。その第一は、労働時間の短縮です。意識の改革に続き、実際に残業を減らす方法を考えます。
そこには、仕事のやり方の改革、仕事量を減らす、職員を増やす、という3つの方法があります。とはいえ、役所の仕事の多くは法令で決められていて、仕事量は簡単には減らすことができません。

職員を増やすことは、なかなか国民の同意を得ることができないでしょう。
しかし、行政改革を進め、職員を減らし、民間委託や一部は非正規職員に代えてきたことが、行政能力の低下を招いています。

OECDの対日経済審査報告書

2024年2月1日   岡本全勝

1月11日に、経済協力開発機構(OECD)が2年に1度の対日経済審査の報告書を公表しました。ウエッブで「主な結論」をクリックすると、日本語の要約を読むことができます。
日経新聞、1月12日「日本に定年制廃止を提言 OECD、働き手の確保促す」は、次のように伝えています。
・・・経済協力開発機構(OECD)は11日、2年に1度の対日経済審査の報告書を公表した。人口が減る日本で働き手を確保するための改革案を提言した。定年の廃止や就労控えを招く税制の見直しで、高齢者や女性の雇用を促すよう訴えた。成長維持に向け、現実を直視した対応が求められる。

OECDは高齢者や女性、外国人の就労底上げなどの改革案を実現すれば出生率が1.3でも2100年に4100万人の働き手を確保できると見込む。出生率を政府が目標とする1.8まで改善できれば5200万人超を維持できるという。

高齢者向けの具体策では、定年の廃止や同一労働・同一賃金の徹底、年金の受給開始年齢の引き上げを提示した。
OECDに加盟する38カ国のうち、日本と韓国だけが60歳での定年を企業に容認している。米国や欧州の一部は定年を年齢差別として認めていない。
日本で定年制が定着した背景には、年功序列や終身雇用を前提とするメンバーシップ型雇用がある。企業は働き手を囲い込むのと引き換えに暗黙の長期雇用を約束することで、一定年齢での定年で世代交代を迫った。
職務内容で給与が決まる「ジョブ型雇用」は導入企業が増える傾向にある。岸田文雄首相は23年10月の新しい資本主義実現会議で「ジョブ型雇用の導入などにより、定年制度を廃止した企業も出てきている」と述べた。
OECDは年功序列からの脱却などを指摘するが、大企業を中心にメンバーシップ型の雇用は根強い。マティアス・コーマン事務総長は11日の都内での記者会見で「働き続ける意欲が定年制で失われている」と強調した・・・

このほか、次のような項目も提言しています。
・段階的な消費税増税などの税収確保
・年功序列賃金からの脱却
・同一労働・同一賃金の徹底
・非正規労働者の被用者保険の適用拡大

古いホームページの閉鎖

2024年1月31日   岡本全勝

先日、古いホームページを閉鎖しました。2016年11月まで使っていた、ニフティのホームページです。
過去のページは、松島社長に現在のホームページを作ってもらった際に移してもらったので、古いホームページは不要になっていました。
「まあ、しばらくは記念においておくか」と放置してあったのです。7年も経って、もう使うことはない、また加筆もできなくなっていたので、閉鎖しました。

グーグルで「岡本全勝」を検索すると、古いホームページも出てくるようですが、クリックしてもつながらなくなりました。

創造的に「誤読」する

2024年1月31日   岡本全勝

日経新聞日曜連載、若松英輔さんの連載「言葉のちから」、1月13日の「研究・調査・読書〜井筒俊彦の創造的「誤読」」に次のような話が載っています。

・・・井筒俊彦は、稀代の文章家だが、じつに深遠な経験を有する「読書」の人でもあった。「読む」とは何かをめぐって彼はこう述べている。
「書かれている思想だけが読まれるのではない。誤読的コンテクストでは、顕示的に書かれていないコトバも、あたかも書かれてそこにあるかのごとく読まれるのでなくてはならない。」(井筒俊彦「マーヤー的世界認識」『井筒俊彦全集第十巻』)
井筒にとって真の意味で「読む」とは、創造的に「誤読」することだった。正しく読むことが書き手の意志をそのままに受け取ることであるなら、自分は文字という扉の向こう側にある意味と「誤読」的―書き手の意図を超えて―に出会うことを願っている、というのである・・・

大学時代にある教授が、試験問題を採点した結果を説明してくださいました。次のような内容でした。
「私が教えたことを書いていたら、及第点。私が教えたことを基に自分の意見を書いたら、よい評価を与えました」
教科書に書いてあることを答案に書けば満点をもらえると考えていた私には、衝撃でした。