ものを売る主体性を消したコンビニ

5月30日の朝日新聞、松原隆一郎先生の「主体性消したコンビニ、重なる日本」から。

・・・1974年に東京・豊洲でセブン―イレブンの1号店が開店してから半世紀。コンビニエンスストアは増え続け、近年は頭打ちとはいうものの、業界全体で5・6万店弱に達している。セブン―イレブンはアメリカが本社だったが日本側が経営方針を換骨奪胎、のちに本社を買収している。日本色の強い経営体だ。帰宅前に一度は寄る、地方都市で見当たらないと不安になるなど、日本人の日常意識に食い込んでいる。

流通はそれぞれの時代に価値を提案してきた。「よい品をどんどん安く」(ダイエー、中内功)や「量から質へ」「無印良品」(西武百貨店、堤清二)、「小売業は平和産業である」(イオン、岡田卓也)といった具合に。
ではコンビニは何を残したのか。誤解されている面があると感じる。コンビニの最大の特徴は、モットーを掲げた流通の雄たちとは異なり、理想や思想を持たない点にある。
コンビニが実現し、いまなお持続しているのは徹底した顧客データの収集と分析だ。武器となったのが1982年に導入されたPOSシステムだった・・・
データの収集と分析を徹底し、結果は過去のものとして短時間で破棄される。コンビニが表現しているのはみずから提案する価値ではなく、顧客の「いま、ここ」の平均的な欲求なのだ。個人の生き方や自由な暮らしを支える装置ではあるが、それは鏡のように私たちの相貌を映し出す。個や自由は私たちが求めるから提供されるにすぎない・・・

ものを作り売る側の主体性を滅却した点で、コンビニは日本文化の到達点である。戦後日本の教育では主体性や個性が重視された。破産も恐れず技術革新に突き進むビル・ゲイツやイーロン・マスクのような個性が生まれないことは日本経済の宿痾であるかのように言われた。その一方で獲得したのは、主体性を消去する文化だった。コンビニは日本そのものの似姿である・・・

厳しい予算要求基準が生んだ弊害

忙しい職場の生産性低下」の続きにもなります。「小さな政府」を目指す方向を続けていると、役所の機能が低下するということです。

税収が伸びず、毎年の予算要求には厳しい制限がかけられています。ゼロ・シーリングやマイナス・シーリングと呼ばれます。各府省は一部例外の項目を除いて、前年度の予算額を基礎として、同額かあるいは一定率の削減を求められます。
新しい事業を考えても、スクラップ・アンド・ビルドの方針の下、既存予算を削減し、財源を捻出しなければなりません。しかし各予算項目は、それなりに理由があって行っているものであり、そう簡単に削減したり廃止したりすることができません。
税収が増えない以上、厳しい予算要求基準はやむを得ない手法ですが、これが続くと、新しい政策を考えることに消極的になります。

私が恐れるのは、このような状況が長年続き、若い官僚たちには、新しい政策を考え実現するという経験がなくなり、その状況が普通だと思ってしまわないかということです。

事業者なら、売り上げを上げて、人を増やし組織を拡大することを目指します。ところが、この30年間の日本は、行政にあっては行政改革という旗印で、企業にあってはリストラという名の下で、縮小することが善とされました。一時的に縮小すること、選択して撤退することはあるでしょうが、縮小を続けていく先にあるのは衰退です。
長期間にわたって売上高と従業員数を削減したことを誇る経営者は、失格でしょう。
同様に、予算と公務員を増やさないことを誇る政府は、国民に向かって「サービスを増やしません」と宣言しているようなものです。

職種が分からない採用

5月25日の朝日新聞に「ミスマッチ解消、「配属ガチャ」減少 総合商社、採用時の確約広がる」が載っていました。

・・・幅広い事業を手がける総合商社では、入社後に配属された分野で長く勤め、その道のプロになることが求められてきた。会社員人生を左右する最初の配属は、会社が適性をみて決めてきたが、近年は事前に配属先を確約して採用する動きも広がっている。運しだいの配属を「配属ガチャ」と不安視する若者が増えたことなどが背景にある。

住友商事は来春入社の新卒採用から、配属先を採用時に確約する「WILL選考」を導入した。採用予定約100人のうち3割程度を対象とする予定で、約30部署から選べる。残りの約7割は、配属先を決めない通常の選考とする。
同社の広報担当者は「配属の希望をかなえてほしい、という学生の声を反映した。最近の学生はキャリア観をしっかり持っており、配属のミスマッチで辞めていく人も増えている」と話す。
各社の取り組みの背景には若者の意識の変化がある。リクルートが今春卒業の学生を対象にした調査(約1300人が回答)で「最初の配属先が希望と異なる場合、希望の仕事に就くまで転職せずに働き続けられる期間」を聞いたところ、「3年以内」との回答が30・8%にのぼり、「1年以内」も4・8%、「5年以内」が16・4%だった。

一方、伊藤忠商事は98年度から事前に配属部門を決める「先決め採用」をしてきたが、応募者が減少傾向だったため、20年度入社から通常選考だけに戻した。学生からは「商社の仕事は多岐にわたるため、希望部門を絞りきれない」「配属は会社が自分の適性を見て決めてほしい」といった声もあったという・・・

6月4日には「こっちの企業「ガチャ」ないぞ 志向に合わせ、配属先や勤務地「確約」」が載っていました。
・・・来春卒業する大学生や大学院生を対象とした企業の採用選考が進んでいる。6月から政府主導の「就活ルール」上で採用選考が解禁されたが、企業の採用意欲は高く、学生優位の「売り手市場」が続く。学生を引きつけようと、入社直後の職種や勤務地を「確約」する企業が相次いでいる。
1日から採用面接を始めた東京海上日動火災保険は、2025年卒業の学生向けにコース別採用を導入した。入社後に経営企画や商品開発などに進むコースや、企業営業などに進むコースなど、配属先によって四つに分けて募集した。
採用担当者は「今の学生は、自身でキャリア形成をしていきたい思いが強くなっていると感じる。コース別採用で、それぞれの仕事についてもあらかじめ深く理解してもらい、学生の志向や適性に合った採用を実現していきたい」という。
パナソニックホールディングス(HD)は25年入社の新卒採用で、約150の選考コースを用意した。関心のある事業会社や職種を選んでもらい、入社後の配属先を「確約」する・・・

岡義達著作集3

岡義達著作集2」の続きです。
岡先生の政治学は、象徴論と分類されるものです。人と人との関係を、意味の共有として考えます。そして、時代を超えた共通項を剔出します。非常に理論的な政治学です。

他方で、時代を超えた理論を追求するので、古今東西の事例を引きますが、例えば現在日本の特定の政治案件分析とは遠くなります。どこにでも適用できますが、逆にそれが限界になります。議論の抽象度が高く、文体とも相まって、とっつきにくいのです。ですがそれ故に、その学風と文章に惚れる人も多かったようです。
読んでみて難しいと感じたら、澤井勇海執筆「岡義達 行動論・象徴論から演技論へ」(前田亮介編『戦後日本の学知と想像力――〈政治学を読み破った〉先に』(2022年、吉田書店)所収)を参照してください。よい読書案内になっています。「岡義達先生の政治学を分析する

岡義達先生は、大学のゼミの恩師です。当時のしんどかったことは「思い出の本、原書講読」に書きました。「思い出の本、その2。岡先生「政治」
先日思い立って、岩波新書『政治』(1972年の第3刷り)を取り出して、読み直してみました。大学時代(半世紀前)に読んだ本には、たくさん書き込みが残っています。当時は本当に難解でした。今では何が書かれているか理解できますが、それでも、難しいところがあります。

そこで、私が書くなら、この内容をどのように書くかを考えながら読みました。たぶん、小見出しをたくさん入れて、この段落では何を書いているかを示すでしょうね。そして岡先生に「岩波新書ですから、もう少し読者に親切に書きましょうよ」とお願いしたでしょう(苦笑)。

 

公務員離れ「国家衰退レベル」

5月31日の日経新聞夕刊に「公務員離れ「国家衰退レベル」 世界に学ぶジョブ型とは」が載っていました。しかしこれを訴えたのは、人事院です。記事に次のように紹介されています。「国家公務員の人事制度を協議する人事院の「人事行政諮問会議」は5月に公表した中間報告でジョブ型の必要性を訴えた。現状が続けば質・量ともに人材が不足し「国民の安全な生活に支障を来し、国家の衰退にもつながりかねない」と強調した」。詳しくは記事を読んでいただくとして。

・・・若年層が国家公務員を志望しなかったり早期に離職したりする傾向に歯止めがかからない。職務内容を明確にして成果で処遇する「ジョブ型」の働き方が打開のカギを握る。外国の例に学ぶ。
「大半が主体性のない仕事に感じた。やりたいことをするのに10年はかかる」。2021年度に総合職で経済官庁に入った20代男性は1年足らずで退職した。実力本位で仕事ができる金融系スタートアップに転職し働きがいを実感する。
人事院によると「キャリア官僚」と呼ばれる国家公務員総合職の採用試験の志願者は23年度に1万8386人と12年度に比べて27%減少した。採用10年未満の退職者も18年度から3年連続で100人を超えた。14年度は66人だった・・・

・・・ジョブ型の浸透には報酬の体系の見直しも欠かせない。23年度に採用した国家公務員の8割以上が仕事の魅力を高める対策に「給与水準の引き上げ」を挙げた。
シンガポールは省庁事務方トップの事務次官など幹部候補の養成コースに選抜した人の給与を閣僚や民間の高額所得者の水準に合わせる。政府資料から事務次官の年収は100万シンガポールドル(約1億1500万円)超と推計できる。
同国の国家公務員は30代後半から40代で月5000米ドル(約80万円)以上の手取りを受け取り得る。職務を明確に規定し優れた業績を残すと昇給やボーナスで報いてもらえる。資源が乏しく人材立国を掲げ、国策として公務員の人手を確保する・・・

・・・公務員制度に詳しい荒木尚志東大院教授は「学生は社会貢献への意欲を失っていない」と指摘する。公務員と民間の仕事の垣根がなくなりつつあり、社会貢献の仕事もできる外資系コンサルティングやスタートアップに人材が流れているという。
仕事の魅力や処遇を民間並みに高めれば、中央官庁に人材を呼び込める可能性はある。荒木氏は公務にジョブ型を浸透させ、若者をひきつけるキーワードに「納得感」を挙げる。
日本では若いうちは様々な部署を移り変える「ジョブローテーション」が主流だ。幅広い分野の知見や経験を積める利点がある一方、専門性を身に付け、いかす実感は持ちにくい。荒木氏は「若い世代はこの分野で自分が第一人者になりたいという思いが強い。ローテーションを過度に押しつけては人材が離れる」と話す。全般をこなすゼネラリストが出世しやすい人事は見直しの余地がある。

ジョブ型や民間との交流を拡大する以前の問題として、世界でも特異な日本の国家公務員の働き方を早急に改める必要がある。
人事院によると、22年度に部署ごとに定めた勤務時間を超過した職員は、業務を自己完結できない部署全体の16%、1万2000人ほどだった。閣僚の国会答弁をつくるため議員の質問案を待ち、時に未明まで作業する悪弊は一向になくならない・・・

官僚の不満は、やりがいと給与に集約できるでしょう。企業に勤めた大学時代の友人と比べると、やりがいは主観的なものが入りますが、(企業に勤めた人が全員ではありませんが)給与の差は歴然としています。

これまでは、日本の労働市場では転職は難しかったのです。官僚たちは不満を持っていても、我慢して、「自分たちは国家に貢献しているのだ」と自分を納得させてきました。しかし、転職が可能な社会になると、我慢する必要はなく、自らの技能で転職できるのです。そして、経験年数を基本とした昇進と給与体系は機能しなくなりつつあります。人事院が提言したジョブ型への転換は、一括採用、経験年数による昇進、それに応じた給与体系を壊します。
役所側が働く内容と処遇を変えないと、できる官僚は逃げていきます。いよいよ働き方改革が本格化するでしょう。転職自由社会が与える衝撃です。