年別アーカイブ:2023年

古代東北太平洋岸地帯の文化

2023年4月9日   岡本全勝

近江俊秀著『海から読み解く日本古代史 太平洋の海上交通』(2020年、朝日選書)を読みました。
石巻市の五松山洞窟から、古墳時代の墓が見つかりました。発掘調査で、北方系と関東系の人骨が一緒に再葬されていました。また、大和政権からと思われる遺物などが見つかりました。北と南の文化が共存していたのです。大和朝廷側の史書では、蝦夷を軍事力で征服したと書かれていますが、そのような簡単なものではなさそうです。

この本は、太平洋岸を関東から三陸まで、どのように交易があり、文化は交流したか。史書には多く書かれていない時代と地域を、発掘調査、神社や古墳などで、推理します。
奈良で育った私には、知らないことが多かったです。東日本大震災復興に従事したので、土地勘が身について、出てくる場所はわかりやすかったです。

谷三山

2023年4月9日   岡本全勝

谷三山って、知っていますか。日経新聞文化面連載小説「陥穽 陸奥宗光の青春」の4月6日に登場しました。子どもの陸奥宗光が、大和五條(代官所がありました)に学びに通っていたくだりで出てきます。
・・・森鉄之助は大和・高市郡の人で、大和・八木の高名な儒者谷三山に学ぶ・・・

すっかり忘れていました。子どもの頃に「偉い人がいた」と、その名を教わりました。
「江戸時代の後期の儒者。享和2年(1802年)生まれ。慶応3年(1867年)没。通称 新助、のちに昌平と改める。三山は号、別号は、淡庵、淡斎、釈斎。
八木村(現在の八木町)の米屋などを営んだ商家倉橋屋に生まれましたが、幼い頃目と耳を患い、聴力を失いました。ある時、兄の厚亭から小説の無稽を揶揄され、発奮して三山は、独学で正史経学に励み、兄とともに京都に遊学し、猪飼敬所(いかい けいしょ)に学びました。その後、私塾「興譲館」を開き多くの師弟を指導していましたが、これが高取藩に認められ士籍を与えられ藩儒となり、教学を広め、尊王攘夷を説きました。」(橿原市の紹介)。
森鉄之助も高市郡の人だそうですが、知りません。

ついでに、八木の歴史
八木町は、高市郡明日香村の隣の橿原市の中心地です。私にとっては、まぶしい町、商店街でした。スーパーマーケットも本屋もあったのです。村からはバスが通っていて、30分の道のりでした。そのバスに乗って、八木中学校に通いました。その学校は、現在では移転しています。

夢なき者に成功なし

2023年4月8日   岡本全勝

唐池恒二・元JR九州社長の「私の履歴書」、3月31日の最終回に載った、吉田松陰の言葉を紹介します。

夢なき者に理想なし、
理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし。

国際情勢、1930年代との類似

2023年4月8日   岡本全勝

中国とロシアが、アメリカや西欧に対立する最近の国際情勢が、1930年代と似ているという説があります。3月31日の日経新聞、ギデオン・ラックマンさんの「1930〜40年代繰り返すな 当時の日独、現中ロに酷似」も、その一つでした。

・・・対立する2つの陣営が世界に出現したことで新たな冷戦が始まったとの議論が沸き起こっている。新冷戦も米ソの冷戦と明らかに似たところがある。つまり、中ロが米国を中心とする民主主義諸国を敵視する一方、今回もいずれの陣営とも同盟関係を結んでいない多くの途上国(最近は「グローバルサウス」と呼ばれている)が、どちらにもつかないで両陣営の動きをそばで見ている点はそっくりだ。

しかし、歴史を振り返れば米ソ冷戦以上に今の状況に似た時代がある。それは世界各地で緊張が高まった1930~40年代だ。当時も今と同じく、欧州とアジアの2つの権威主義国家が、英米が不当に世界を支配しているとみなし、強い不満を抱いていた。30年代にそうした不満を募らせていたのはドイツと日本だ。
朝日新聞は1941年に日本政府の公式見解を要約する形で、米国と英国が「アングロサクソンの世界観に基づく世界支配のシステム」を押しつけていると訴えた。こうした不満は現在、ロシアの国営放送や中国共産党系のメディアの環球時報が時折伝えている・・・

使えば減るもの、増えるもの

2023年4月7日   岡本全勝

ナゾナゾのようですが。
使えば減るものは、わかりやすいですよね。時間、お金、体力・・・。

では、使えば使うほど増えるものは何か。借金ではありませんよ。
体力も1日で考えると、使うほど疲れて減りますが、長期では訓練を積むと増えます。
頭脳も、鍛えるほどよくなります。それどころか、体力も知能も、使わないと劣化します。