10月12日の日経新聞経済教室は、小林慶一郎・慶応大学教授の「長期停滞、対症療法脱却を」でした。そこに、30年間の経済低迷の理由が述べられています。分かりやすいです。特に、2010年代の原因を、人的資本の劣化だと指摘しておられます。
・・・ここで、過去30年の経済低迷の原因として想定できるものを列挙してみよう。1990年代は不良債権、00年代は不良債権処理の後遺症、低金利環境による過度なリスク回避、10年代は人的資本の劣化であろう。
90年代には、不良債権処理が遅れたために不確実性が日本全体にまん延し、様々な問題を引き起こした。05年に不良債権問題は正常化したが、15年間も処理にかかったことで後遺症が残った。企業活動が萎縮し、低成長が長引いたのだ。
90年代末の銀行危機のあと、雇用を重視する日本企業の伝統は崩れ、非正規雇用が急増した。一橋大学の深尾京司特命教授らの22年の研究によると、00年代には非正規雇用が増えたことなどで賃金が下落し、労働分配率が低迷した。この時期に人的資本への投資が低迷し、その結果が時間を経て顕在化したのが10年代の低成長だと指摘している。
00年代に不良債権処理で虚弱化した経済をゼロ金利で支えたことは、短期的には効果があっただろう。しかし想定外に長くゼロ金利が続いたため、景気刺激効果は薄れ、副作用も出てきた。低金利環境が経営層のリスク回避を過度に助長し、低成長をさらに固定化したのである。
雇われ経営者の立場で考えれば、低金利で資金調達できるのだから、低収益でもリスクのない事業をしておけば債務不履行を起こしてクビになることはなく、老後も安泰である。だから、リスクのある事業にあえて挑戦しない・・・
・・・低金利が低成長をもたらす副作用は、低金利環境が長引くことで生じる。経済や企業経営を活性化するために、四半世紀も続くゼロ金利環境を、段階的に正常化する道筋を考えなければならない。
次に人的資本の劣化については、独マンハイム大学のトム・クレッブス教授が03年の論文で理論モデルを提唱している。クレッブス教授は、賃金所得の変動リスクがなんらかの理由で増大すると、人的資本の蓄積が減ると指摘している。
労働者にとって、人的資本投資(教育や研修を受けることなど)のリターンは賃金なので、賃金の変動リスクが増えるということは、人的資本投資のリスクが増えるということにほかならない。人々はリスクの高い投資(自分の人的資本を増やす投資)を避けるので、経済全体で人的資本が減少する。つまり、賃金の変動リスクが上昇すると、人的資本投資が減少し、経済成長率が下がる。
クレッブス教授の議論は、00年代に日本で非正規雇用が増えて雇用リスクが上昇したため、人的資本が劣化して経済成長率を押し下げたことを示唆している。もちろん、本人の選択による人的資本投資の減少だけでなく、非正規雇用の労働者に対する教育訓練コストを企業側が削減したという要因も、人的資本の劣化に影響したとみられる・・・