上野誠著『万葉学者、墓をしまい母を送る』

上野誠著『万葉学者、墓をしまい母を送る』 (2022年、講談社文庫)を紹介します。友人が勧めてくれたので、読みました。

上野誠・奈良大学名誉教授による、親族の死と葬式をめぐる考察です。
・半世紀前の祖父の自宅での死と地域での葬式と、最近の母の病院での死と家族だけの葬式。その民俗学的比較。
・遺体を湯灌する際の怖さ。
・祖父がつくったとても立派なお墓と、それが維持できなくなり墓じまいをすること。その民俗学的、経済学的考察。
・両親の面倒を見ていた兄の死で、実家を離れていた弟が高齢になった母を引き取り、見取り、葬式を出すこと。その体験談。
大家族が核家族になり、自営業が勤め人になり、子どもたちが家を離れます。地方都市での商店・問屋が成り立たなくなり、大きな家やお墓を維持できなくなります。私の体験と一部共通することがあるので、身につまされる思いで読みました。

1960年の明日香村、おばあちゃんが死んだときは、親族と隣近所をあげての葬式でした。座棺(丸い風呂桶のようなもの)に収め、籠に乗せて、葬列をつくって、山の上の墓地まで行きます。土葬です。近所の人が集まって料理をつくり、墓を掘りに行きます。仏壇の前で、おばさんたちが念仏を唱え、大きな数珠を繰ります。その輪の中に座らされた記憶があります。
村でも、その後は火葬になり、葬式は家から出すのではなく、斎場を使うようになりました。このあたりは、上野先生と同じです。

お墓は、山の上の埋め墓とお寺の境内の参り墓の二つありましたが、岡本の墓は近年に、参り墓に集めました。村の地主で名家だったので、お寺の境内の一番良い場所に大きな石の墓があります。私の曾祖母が建てたそうです。
本家の当主(伯父)と跡取り(いとこ)が亡くなり、次男だった私の父が本家の屋敷や墓の管理をし、父の死後は私の弟が管理をしています。長男である私は東京にいて、勤め人なので、まったく役に立ちません。弟夫婦に感謝です。
戒名をもらうのに多額のお金が必要であることについて、上野先生はお寺を維持するために必要だと説明しておられます。その点は納得しますが、大きな家やお墓の維持は、地主制度がなくなり、自営業をやめて勤め人になると、子孫にとって負担は大変になります。

「立派な墓をつくると家は栄える」と言うことについて、上野先生は「家が栄えると立派な墓がつくられる」と読み替えておられます。私の若いときも、見合いの聞き合わせ(相手の家の近所に行って、その家がどのような家かを調査する)の際に、お墓を見るとその家の格が分かると聞いたことがあります。昭和は遠くなりました。