呼び起こされる遠い思い出

先日、と言ってもかなり前になりましたが、テレビで京都の老舗旅館を取り上げていました。内容も興味深かったのですが、その一画面に引きつけられました。障子に西日が当たり、四角い桟の影がLの字型にいくつも障子紙にさすのです。
とても懐かしい思いがこみ上げてきました。子どもの頃に、なんとなく眺めていた記憶です。
合わせて思い出すのは、西日が障子の間から畳の上に入る光景です。言葉に表現できない、理性では説明できない感情がこみ上げてきました。

私がその後に暮らした家は、集合住宅や現在の家を含めて、畳の部屋はありましたが、障子のある部屋がありませんでした。洋風の作りで、窓にはアルミサッシが入り、障子がありません。遠い昔の子どもの頃の記憶が、呼び起こされたようです。

プルーストの名作『失われた時を求めて』の冒頭に、有名な場面があります。紅茶に浸したマドレーヌの味から、幼少時代の記憶がよみがえるのです。それと同じようなことでしょうか。
ゆったりとした土曜日の朝のことであり、このような感慨に浸ることができました。先日は、真言の「ぎゃてい」から、子どもの頃の薬師寺での参拝を思い出しました。このようなきっかけで、半世紀前のことを思い出すとは、人間の記憶とは不思議な機能です。