5月16日の日経新聞オピニオン欄「ネット空間に分断の危機 識者に聞く」は、考えさせられます。
・・・インターネットで国内外の情報を手軽に閲覧できるのは、ネット空間を国際的な公共財としてIT(情報技術)企業や各国政府が協力してきたからだ。それがロシアのウクライナ侵攻や強権的な政治体制の広がりで揺らいでいる。ネット空間は「分断」を避けられるのか、ネット管理の国際団体や識者などに尋ねた・・・
ICANN CEO ヨーラン・マービー氏
民間非営利団体「ICANN」の役割は2つに絞られる。ひとつはコンピューターをインターネットに接続できる環境を保つこと、もうひとつはネット上の住所といわれるドメイン名を使って、人々がお互いを探しあえる状況を維持することだ。これ以外の役割は持ち合わせていない。
ウクライナ政府は2月末にロシア政府発の偽情報やプロパガンダを防ぐため、ロシアに割り当てられた「.ru」ドメインの取り消しなどの措置をICANNに要請した。
深刻な内容と受け止めて真剣に協議し、迅速で明快な回答を心がけた。ただ、技術的に不可能ということもあり、従来の姿勢を貫く形となったのが実情だ。政治的な判断ではない。
インターネットは約35年という短い期間で、世界の利用者がゼロから52億人へと急拡大した。しかも、機能不全に陥ることもなかった。技術的なシステムが機能し続けることは珍しい。非中央集権型の運営方式を採用していることが成功の理由だと考えている。
世界には多くの通信網があり、どのような情報が流れるべきかといったルールはそれぞれの通信網が決めている。ICANNは異なる通信網のコミュニケーションに必要な「共通言語=インターネットプロトコル(IP)」を管理する中立的な存在で、誰かを遮断することは目的ではない。
日常生活の違法行為はネットでも違法であり、こうした明確な悪には対応できる。だが、何が悪なのかといった定義を決めるのは私たちの仕事ではなく、選挙で選ばれた政治家が担うべきだ。ICANNのような技術団体が「だれが悪人か」と判断を下すのは適当ではないと考えている・・・
慶応大教授 村井純氏
インターネットを巡り起きる課題にどう対処するかは、狭義のインターネットと広義のインターネットに分けて考えるべきだ。
「狭義」はIPアドレスとドメイン名で、ICANNが運用を担うネットのインフラ部分だ。「広義」はその上に広がる各種のアプリケーションやサービスで、SNS(交流サイト)やメディアも含む。
課題ごとに対処方法をインフラ側で決めるか、その上に広がる社会で決めるか考えなければならない。
例えばフェイクニュースやコンテンツの海賊版を止めるため、インフラとしてのネットを遮断するのはどうだろうか。その選択はあり得るだろうが、ネットが教育や健康などでも大きな役割を果たしていることにも注意すべきだ。
別の対応方法も考えられる。ネットで流通する情報に、著者は誰なのかという情報をひも付けることだ。情報にトラスト(信頼)を与えて、(トラストがない)フェイクニュースへの対抗とすることは技術的には可能だ。欧州連合(EU)では取り組みを進めようとする動きもある。
解決策をどの層で作るのかは今後しっかり整理した方が良い。例えばサイバー攻撃なら、狭義のインターネットの層で対応している。ネットの専門家が国籍を問わずに情報共有する仕組みが機能している。
ネット空間の統治については、国連のインターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)があるが、国連は政府間の調整機関で、IGFもまだ議論の場にとどまっている。
狭義のインターネットはどの国の政府の管理にも属さないという考えで運用が図られてきた。政府間調整とは異なる、グローバルな統治の場をつくる挑戦は今後さらに必要になる・・・