4月18日の日経新聞オピニオン欄、西條都夫・上級論説委員の「日本企業の「偽りの優しさ」 自己決定重視に転換を」から。
・・・「人は城、人は石垣」と言ったのは武田信玄だ。経営の神様と称された松下幸之助は「事業は人なり」という言葉を残した。アベグレン教授は終身雇用などを日本的経営の三種の神器と定義し、日本企業が世界に飛躍した1980年代後半には伊丹敬之教授の『人本主義企業』がベストセラーになった。
いずれも人材の重要性を説く経営思想だが、今の日本企業とそこで働く人の関係性は互いを高めあうような生産的なものだろうか。残念ながら答えは「ノー」だ。
アジア太平洋14カ国・地域を対象にしたパーソル総合研究所の調査では「現在の職場で継続して働きたい人」も「転職意向のある人」も日本が最低だった。つまり今の仕事にたいして愛着はないが、かといってそこを抜け出して新天地に飛び込むほどのエネルギーもない。そんな無気力さの浮かび上がる結果である。
米ギャラップによると、熱意をもって仕事に取り組むさまを示すエンゲージメント指数で日本は139カ国のなかで132位に沈んだ。日本人には受け身の真面目さはあっても、自発的に仕事に向き合う積極性に欠けるのだ。
「楽しい・わくわく」「自信・誇り」といった正の感情より「心配・不安」「怒り・嫌悪」など負の感情をより多くの人が職場で頻繁に経験する――そんな結果を報告したのはリクルートマネジメントソリューションズ(RMS)だ。ネガティブな感情が支配する職場から、大きな成果が生まれないのは自明である。
データを並べていくときりがない。働く人の気持ちや意欲に問題があるのは、もはや疑う余地がないだろう。以前は仕事熱心と称賛された日本人が、なぜこんな事態になってしまったのか。
人的資本の重要性を唱える一橋大学の伊藤邦雄CFO教育研究センター長は「日本の経営者は『人に優しい』という言葉の意味を取り違えてきたのではないか」と指摘する。経営不振の事業があってもそれを閉じたり売ったりするのは「社員がかわいそう」と尻込みする。経営人材の早期選抜に消極的な会社が多いのも「選に漏れた人がふびん」というある種の恩情がある。
とはいえその事業や人を本気で育てるつもりはないので、経営資源は配分しない。結果は「ビジネスはじり貧。社員は飼い殺し状態になり、自己研さん意欲も湧かない。こんな誰も得しない状態が多くの会社で長く続いてきた帰結が今の停滞ではないか」と伊藤氏はいう。
こうした偽りの優しさから抜け出して、職場を活性化するキーワードが「自己決定」だ。働く人一人ひとりが自らの選択に覚悟と責任を持ち、自律的にキャリア形成するのが本来の姿である。人事部の言いなりではなく、自ら選んだ仕事なら熱心に取り組むのは当然だ。「やらされ感」から解放され、生き生きと仕事をする人が増えれば、職場と会社は活気を取り戻す。
仮に失敗しても自発的な挑戦ならそこからの「学び」は大きいはずだ。最近のジョブ型雇用の流行は、日本の職場でもついに自己決定の重要性が認識され始めた証しである。自分の進路に迷う若い世代には、選択を手助けする環境整備が会社の役目だ・・・