6月25日の朝日新聞、ノンフィクション作家・柳田邦男による「立花隆さんを悼む、ジャーナリスト+歴史家の目」から。
・・・一国の政治や社会に内包された巨悪とも言うべき矛盾が、一人か二人の作家あるいは知識人の表現活動によって衝撃的に露呈され、時代の傾向あるいは特質を劇的に変えるという事件は、洋の東西を問わず歴史的にしばしばあった。1974年10月発売の文藝春秋11月号に立花隆氏が発表した「田中角栄研究――その金脈と人脈」は、まさにそういう歴史的な事件だった。
戦後史を振り返ると、60年代まではジャーナリズムの社会に対する影響というものは、オピニオン・リーダー的な評論家や知識人が政治や社会問題について、チクリと気のきいた名句(例えばテレビ時代を迎えた時の評論家・大宅壮一氏の「一億総白痴化」)などによるものだった。それを劇的に変えたのが、「田中角栄研究」だった。
この少し前、たまたま米国では、ワシントン・ポスト紙がニクソン大統領陣営による大統領選挙不正事件(ウォーターゲート事件)を、綿密な証言収集や証拠資料収集によって暴露し、現職大統領を辞任に追い込むきっかけを作り注目を集めていた。公的な捜査や調査に頼らない「調査報道」の力の大きさを示すものだった。だが、立花氏はその事件に影響を受けたわけではなかった。偶然、時期が重なっただけだった。時代の要請が国境を越えて共通のものになっていたと言おうか。歴史の興味深いところだ・・・
・・・しかも氏が強調したのは、単に金脈事件の暴露を羅列したのではない、自民党全体を含めての「金脈の全体的な構造」を、徹底的に資料を漁(あさ)り、証言を集め、それらを分析して解明することを目指したということだった・・・