作為の失敗、不作為の失敗2

作為の失敗、不作為の失敗」の続きです。
不作為の失敗の一つに、改革の遅れがあります。環境が変化しているときに、それへの対応に失敗するするのです。改革が必要なのに、それを先送りするのです。
「茹で蛙」(ゆでガエル)といわれるように、徐々に起きる変化は気がつきにくく、対応に失敗することが多いようです。

バブル経済崩壊後の日本の改革の遅れは、これに該当するでしょう。いくつもの行政改革が行われましたが、まだまだ十分ではありません。
また、政府予算も地方財政も、毎年大きな赤字を積み重ねています。歴史的にも諸外国比較でも、突出しています。しかし、歳出はいろいろな理由でふくれあがり、他方で消費税をはじめ税負担は先進国では最低水準です。後世に子や孫からは、恨まれるでしょうね。

日本企業も、技術の進歩や国際競争の激化に対応できず、地位を落としています。電機メーカーが代表でしょう。
責任者たちは「私は間違ったことはしていない」と弁明するでしょうが、従来の路線を続け、転換しなかったことが間違いだったのです。しなかったことの失敗です。しかしその時点では間違いは目立たず、後になってからツケが回ってきます。
「だれも悪くなかったのに、組織は衰退した」です。企業なら業績が悪化し、倒産するのでしょう。国家の場合は、子孫にその負担が回ります。

成功した組織ほど、改革は難しいです。それまでの成功を捨てなければなりません。そして組織の長や責任者たちは、旧来の組織の中で出世してきた人たちです。旧来型の発想が身についた、旧来のエリートなのです。

当事者は大局的に物事を見ることができなくなり、部外者の方がその状況をよくわかることもあります。岡目八目です。
政治家や官僚の評価は、10年か20年後にわかるのでしょう。後世の人から「なぜあの時やらなかったのですか」と問われた時に、明確な説明ができるように心がける必要があります。「気がつかなかった」も「仕方なかったんだよ」という言い訳は、無責任です。「そのときの勢いで(進んだ。止めなかった)」とは、責任者の言う言葉ではありません。