10月1日の日経新聞経済教室、一條和生・一橋大学教授の「新たな知の探求を目指せ DX実現の課題」から
・・・しかしDXは単なるデジタル技術の活用ではない。究極的には従来の業務、ビジネスモデル、組織、人間、企業文化の変革まで求めるものであり、一朝一夕に実現はしない。スイスのビジネススクールIMDの調査によれば、年々DXのインパクトの大きさに対する認識が深まっているのに、積極的に対応できている企業が3割にすぎないのも、DXに伴う変革が容易ではないからである。
IMDの19年世界デジタル競争力ランキングでは、「企業の俊敏さ」で日本企業は世界最下位の63位である。日本が世界最下位になっている項目は他にもあり、人材の「国際経験」もそうだ。なぜ、人材の国際経験がDXに関連するのか。世界の経営者は「経営の定点観測点」を持っており、それは世界的な経営者の集まりであったり、自分が卒業したビジネススクールの卒業生のイベントやネットワークであったりする。そういう世界的な経営の定点観測点では、いま何が最重要経営アジェンダ(経営課題)なのかを、速やかに知ることができる。
DXが最重要課題だとわかれば、変化への対応は速い。しかし考えてみれば、日本企業における意思決定の遅さや人材の国際経験の不足は今に始まった話ではない。日本でDXの推進が加速されない一因は、実は以前から日本企業の問題として指摘されていたことが、未解決のままで放置されていたことにもある。
平成の時代、日本企業の多くが低迷した「失敗の本質」に学び、長年の日本企業の未解決の問題にメスを入れなくして、DXでの成功はあり得ないと認識すべきである。この30年、ビジネスの世界で日本は負け組であった。世界的な企業ランキングである「フォーチュン500」で、1995年にはトップ50社中21社を占めていた日本企業は、20年はわずか3社だ。以前からランクインしていた企業の競争力の衰退と、新興企業がランクインしないという企業界の新陳代謝の悪さが目立つ。
アフリカなどの新興市場での事業拡大といった、新しい事業機会を育むことができなかったし、製造業におけるモジュラー化の進展など、従来の日本企業の強みを発揮しにくい変化も起こった。特定の戦略原理に徹底的に適応しすぎて学習棄却ができず、自己革新能力を失ってしまったかつての日本軍と同じような状況に日本企業は陥った。
テレワークの推進にしても、ジョブ型雇用への移行、それに伴う新卒一括採用の廃止という人事制度の大変革まで覚悟して踏み切っている企業が、どれだけあるのか。組織活動の鍵は様々な仕組み、制度、組織が連動する(オーケストレーション)することにあり、その下でDX推進のために経営、事業部門、IT(情報技術)部門が一体とならなければ実行は難しい。
出島的に「デジタル戦略部門」を設ける企業も多いが、それが孤立して、他の組織のメンバーがDXを「自分ごと」にできなければ、組織の変革は実現しない。このままではDXは流行に終わり、そうなったならば、日本企業界が本当に破壊されてしまう・・・