許認可官庁の責任

日経新聞私の履歴書、今月は、IIJ会長の鈴木幸一さんです。インターネット草創期の苦労を書いておられます。1993年頃の話です。第13回(10月13日)「郵政省の壁」に、次のように書かれています。

・・・それに拍車をかけたのが、通信の監督官庁である郵政省(現総務省)との堂々巡りの折衝だ。当時の規制ではIIJのようなネット接続企業は「特別第2種電気通信事業者」として、郵政省の「登録」を得る必要があった。登録なしで通信サービスを提供すると無免許操業となり、刑罰の対象になってしまうのだ。

郵政省の係官は登録の条件として「通信は公益事業で、倒産は許されない。当初の計画通り設備投資をし、一方で3年間1件も契約が取れないと仮定しても、会社が潰れないという財務基盤を示せ」という。私は「3年間、契約ゼロなどあり得ない」と反論するが、平行線のままだった。
「そもそも法律には『3年間売り上げゼロでも耐えられる』とは書いていない」と言っても、「これは内規。これまで通信市場に参入した会社は条件を満たしている」。「内規の文書を確認したい」と求めても、「部外秘で見せられない」と断られる。

これではまさに「不条理の迷宮」ではないか。法律の字面では参入自由化をうたいながらも、実際に参入を認めるのは十分な財務力のある大企業だけで、倒産の可能性のあるスタートアップ企業は内規をタテに排除しよう、というのが本音であった。インターネットは従来の通信事業とは根本的に異なる、といくら説明してもムダだった・・・

こんな行政が、まかり通っていたのですね。情報公開法の施行は2001年、行政手続法の施行は1994年です。この項続く

台風19号、想定されていた浸水

今回の台風19号は、予想以上の大雨を降らし、河川堤防が壊れて市街地に水があふれました。想定以上の雨と水量になったようです。すべての豪雨を、堤防で防ぐことは不可能です。津波についても、巨大津波に対しては、防潮堤と逃げることを組み合わせることにしました。
ところが、浸水が想定されていて、被害を抑える方法があったのに、それを怠ったところもあるようです。10月16日の日経新聞「台風19号、想定された浸水 活用途上のハザードマップ」によると。

・・・長野市は2007年3月に洪水ハザードマップを作成し、19年3月に更新したばかり。従来の「100年に一度」の想定に「1000年に一度」も加え、同年夏に広報紙と一緒に各家庭に配布していた。台風19号による浸水地域の周辺は、19年版では最大10~20メートルの浸水が想定されていた。
今回の浸水地域内には県立病院、大型商業施設のほか、JR東日本の長野新幹線車両センターがあり、北陸新幹線の車両120両も水に漬かった。同社は氾濫時に浸水の恐れがあることを認識していたが、車両を「避難」させていなかった・・・

これが事実なら、天災ではなく人災ですね。

政治をどう循環させるか

10月13日の読売新聞、五百旗頭薫・東大教授の「安倍1強後を読み解く 政治の循環 首相の責務」から。

・・・政治の歴史をどう理解し、未来をどう考えるか。私は「循環」がキーワードになっていくと考えています。一方向に良くなったり悪くなったりするのではなくて、複数の政治のあり方をうごめくようなイメージです。
この概念で日本政治を見ると、長期的には三つのフェーズを循環する可能性が高いと思います。今のような「自民党優位」と政権交代を含めた「複数政党の競合」、自民党が崩壊して他党もうまく機能しない「空位」です。
空位は暗い見通しであり、避けなければいけませんが、一番まずいのは循環を止めることです・・・

・・・安倍首相は比較的安定した政治基盤の下で中央省庁を強力に束ね、意欲的な外交を行っています。ただ、後継者を育てて「自民党優位」の状況をうまくつなげていくという循環のための準備は十分ではありません。野党は「多弱」なので、自民党が混乱し支持を失えば、「大空位時代」に行き着きかねない困った状況です。
野党が弱いと、政権内の緊張感は維持できません。首相は後継者だけでなく、野党も育てなければいけないと思うんです。国会で反論の機会を与えて、より実質的な論争をする。衆院解散権の行使は自制して野党に政策を練らせて論戦する。それくらいの度量が必要だと思います・・・

政治家。計画的でなく、その場のやむ得ない決断

10月12日の日経新聞読書欄、岡崎哲二・東大教授のアダム・トゥーズ著『ナチス 破壊の経済』(みすず書房)についての書評「独戦時体制の全体像を詳述」から

・・・第2に、開戦の直接の引き金となったドイツによるポーランド侵攻は、周到に準備された「電撃戦」ではなく、ドイツ経済の切迫した状況と国際情勢の圧力の下での、やむを得ない決断だったことが強調されている。39年、国際収支の制約によってドイツの再軍備が限界に直面する一方、潜在的な敵国である英国、フランス、米国、ソ連の軍備拡張が進展し、ドイツが不利になっていく国際的な軍備バランスの中で、ヒトラーは早期開戦の決断を迫られた・・・

かつてこのホームページで、「強力な独裁者であったナポレオンもヒットラーも、信念であのような国家をつくり、対外戦争を続けたというよりは、その場その場で国民の支持を取り付け、政権を維持することを優先したとみえます。そのために、戦争を続けなければならなかったのです」と書いたことがあります。「社会はブラウン運動4

貧困専業主婦

10月10日の朝日新聞オピニオン欄、周燕飛・労働政策研究・研修機構主任研究員へのインタビュー、「貧困専業主婦のワナ」から。
・・・かつては中流家庭の象徴だった専業主婦。経済の低迷により給料が下がるなどして共働きが増えると、「勝ち組」などと称されるようになった。だが一方で、「貧困専業主婦」と呼ばれる人たちもいるという。新たな格差問題につながると指摘する周燕飛さんに聞いてみた。「貧しくても専業主婦」の何が問題なのですか?・・・

問 その存在に目が向けられてこなかった理由は何でしょう。
答 本人が自ら進んで専業主婦を選び、大きな不満を持っていないため、当事者からの訴えが少ないからでしょう・・・調査では、貧困専業主婦の3人に1人が、とても「幸せ」と感じています。

問 この問題が注目されるようになったのはなぜですか。
答 日本の人口と経済構造が変わり、「夫は外で働き、妻が家庭を守る」という専業主婦モデルが崩れつつあるからです。大卒男性の生涯賃金は、1996~97年のピーク時の8割程度に減っています。世帯の消費額から算出すると、片働きでやりくりするには、およそ年収480万円以上が必要です。しかしこの基準を満たす男性世帯主は約4割しかいません。
同じ学歴の男女が結婚する「同類婚」が増えていることもあります・・・今は晩婚化で、高学歴・高所得者同士の「パワーカップル」が増えています。低学歴同士の結婚で、専業主婦を選ぶと、貧困世帯に陥りやすくなります。

問 国が、個人の生き方に介入してもいいのでしょうか。
答 問題は、本人だけでは気づきにくい「欠乏のわな」があることです。100グラム58円の豚肉をまとめ買いするために、自転車で30分かけてスーパーに行くという女性がいました。こうした生活を繰り返していると、金銭的な欠乏のほかに、時間の欠乏が起こり、余裕がなくなり思考も欠乏します。目先のやりくりで精一杯になると、長期的なことが考えられなくなってしまいます。このような貧困専業主婦には、意識と現実のズレをなくすために、軽い政策誘導が必要だと思います。

原文をお読みください。
最後の「国が、個人の生き方に介入してもいいのでしょうか」は、重い問いです。引きこもりの人などへの支援の場合も、議論になります。